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第4話
レン・スバルは、与えられた自室の二段ベッド、その下段に身体を預けた。
本来は部隊用の部屋であるが、今は上官であるカンナも席を外しており、彼にとっては退屈な時間がやってきた。
女性恐怖症の彼も、あまり多く友人はいない。働いていた経験こそあるが、それも恐怖症の影響で長くは続かず、結局友人と呼べる人はいなかった。
だが彼は人との関わりが好きだった。だから人に嫌われないように、普段は元気に振る舞っていようと考え、それを癖としてしまったのだ。
「……カンナ隊長、優しかったな、ハイ」
食堂に案内される時、握られた手の温かさを思い出した。
手から脳に伝わる温もりは、彼の心をも温め、そして彼を潤していた。
――この胸に宿る気持ちを何と言うのだろうか。
そう考えながら、少しだけ重たいまぶたを下して、彼はいつの間にか眠りについていた。
そんな部屋に戻って来たカンナは、手に一枚の書類を持っていた。
食堂から自室へ戻ろうとした時に忘れ物をしたことに気づき、先ほどまで執務室に戻っていたのだ。
手にしていた書類は報告書だ。
彼が先日遭遇したプロスパー【ウォレン】との戦闘データをコピーして貼り付けたものと、そこに書き加えられた敵の情報だ。
先日戦死なされたシエンと共に行っていた作戦は、いわゆる視察任務の一つであった。
RV放射能が蔓延している外界は、その放射線量に応じてレーダー類の使用が難しくなる。センサーやソナー、及び目視による確認は、艦から測定するよりプロスパーを用いた方が効率が良いのだ。
その作戦任務中に、ウォレン四機と遭遇――つまり発見されたと言う事だ。
今や艦艇はミューレ所有領土に近しい位置まで進んでいる。その段階においても追撃は確認されない。
――対話した部分こそ報告していないものの、敵パイロットであるセルンは生きており、こちらの情報を掴んでいる筈と、報告をしたのだが。
「泳がされてる……って事なのかも」
小さく呟いた後に。カンナは部屋の灯りが未だに灯っている事を確認した。まだレンは起きているんだろうか、と視線を寄越すが、彼はその綺麗な寝顔を見せながら、吐息を静かに漏らしていた。
「……俺も寝るか」
そんな彼の寝顔に癒されて。カンナは部屋の灯りを消して、二段ベッドの上段へと昇り、身体を預けた。
初めて部下を持ち、二段ベッドの上段に寝転ぶ感覚。
その感覚を楽しむ暇もないまま、彼は微睡みの中へと意識を落とした。
**
作戦は、予定通り実施された。
グリニッジ標準時の23時に、艦艇【トール】から静かに行動を開始した、四機のタスク。
その内の二機はクラスワン装備のアサルトライフルと四連装ミサイルランチャーを装備していたが、残りの二機はクラススリー、腰部のアタッチメントにマウントされている小型拳銃を装備するのみ。
そのクラススリーの機体を操縦するカンナは、無線機を使わずに機体の右手を僚機の肩部に乗せ、そのまま接触回線を通して通信を行った。
「レンさん、聞こえる?」
『は、ハイ! 聞こえます、ハイ!』
「これから敵領土のかなり近くまで接近する。支援部隊が発見されると面倒だから、今後の通信は全て接触回線を使って」
無線通信を傍受されれば、その分支援部隊が危険に晒される可能性がある。その危険性を極力排そうと言う措置だ。
『りょ、了解しました、ハイ!』
「落ち着いて。万が一の時は戦闘しなくていい。まずは機体操縦をこなせるようになればいいんだから」
俺なんか初陣でさっそく戦闘有りの作戦だったけどな、と冗談交じりに笑ったカンナの声に、レンも僅かに笑みをこぼした。
それが幸いしてか、レンの操縦は綺麗なものとなった。
作戦前に話はしていたが、ホバークラフト走行では稼働音が激しい分、敵に見つかりやすい難点があるから、人型兵器であるプロスパー特有の両脚部を用いた移動を開始する、レンが操縦を行うタスク。
その後ろに最初は付いていたが、後に操縦が問題無い事を確認すると、レン機を追い越して前方に立つ。
「……しっかし、俺も怖い位落ち着いてるよな」
戦闘をしなくても良い支援物資調達とはいえ、作戦は作戦だ。先日初陣を果たしたばかりで二度目の出撃となるのに、彼は自身を守る事より僚機であり、部下のレンを守る事を最優先に考えている。
「……あいつと戦って、自信がついたかな」
今はこの場に居ない少年兵・セルンの事を思い出しながら、操縦桿を握りしめて地理を確認する。脚部移動では二時間弱かかるので警戒はまだまだ必要ではあるが、今の所静かな物だ。
気を引き締めながら機体を前進させ、進む事丁度二時間半。
呆気ない程に何も無く、四機は支援部隊の艦艇【ブローカー】と接触し、その艦内から支援物資を取り出した。
水、食料、その他弾薬などが詰め込まれたコンテナを二つずつ、カンナとレンの機体アタッチメントと接続。この後は出来るだけ敵に捕捉されないように、物資を運搬しなければならない。
「急ごう。幾らなんでも絶対見つからない保証はどこにも無いんだから」
『はい!』
返事も段々、溜める事が無くなってきた。カンナは「よし」と小さく呟いた後に、そのまま機体を母艦であるトールへと向け、少し早足ながらに駆けだすと、その姿を追いかけてくるレン機。さらに背後からは、警戒を強めた護衛の二機が追いかけてくる。
しばし、十五分ほど前進をした時。
背後から爆発音。それをソナーが観測した。
いやソナーで観測するまでも無い。外部カメラを通じて、視認でも、その耳でも確認している。
『た、隊長、あれ!』
レンが、接触回線を用いながら、現在状況を確認、報告しようとするが、中々言葉が出なかったようだ。カンナが頷き、言葉に出す方が早かった。
「――ブローカーが、墜ちた」
爆発は、先ほどまでいた支援艦ブローカーから発生していた。
プロスパーが撃墜した程度では、爆発音が聞こえる距離では無い。答えは自然と、艦艇の撃沈だと思考できた。
『カンナ機、確認は』
「済んだ。恐らく敵襲!」
護衛を務める、第五十作戦部隊の部隊長を務めるメグリ曹長の声に短く答え、彼はレン機の背中を押し、ホバークラフト走行を開始する。
『た、隊長!? ハイ!?』
「敵襲! 急いで母艦へ戻る!」
『ハ、ハイ!』
カンナ機に続いて、レン機もホバークラフトを稼働させて、スピードを上げた。護衛機も二機、二人の機体に隣り合わせてアサルトライフルのチェックを行っている。
その時。
一機のタスクが爆ぜた。
レン機に隣接し、その機体を守っていた第五十作戦部隊の機体だ。
名も知らぬ隊員が、声を上げる事も無く戦死していった光景を、隣で目の当たりにしたレンは、思わず目を見開いて愕然としながら、なおも操縦桿を前に倒している。
『た、隊長! 僚機が、僚機が!』
「落ち着いて! ジグザグ走行するんだ!」
『カンナ機、敵機は一。こちらで仕留めるので、お前たちは先に行け』
カンナ機を護衛していたメグリは、機体を反転させてそのカメラ情報を一部、カンナとレンの機体へ送信する。
無線送信で送られるデータは、一機のプロスパー・ウォレンを映し出していた。
「アイツ、早いぞ……!」
ホバークラフト走行をしながらジグザグに走る、敵のプロスパーであるウォレンは、その右手に持つサブマシンガンの弾倉を交換すると同時に、左手と肩部で固定されているランチャーユニットを展開し、その引き金を放った。
一発のミサイル弾頭が、カンナ機かレン機に向けて放たれたようだが、その弾頭をライフルで撃ち落としたメグリ機。
メグリ機はその肩部に搭載された四連装ミサイルランチャーの弾頭を四発連続で放った後に、アサルトライフルの引き金も引いた。
だがしかし。なおもその機体は慌てる事は無い。
放たれたミサイルランチャーの弾頭を、サブマシンガンから放った弾幕で撃ち落としながら、尚も足を止めずにライフルから放たれた銃弾すら避け切った。
あまりの回避能力に、レンが『あぁ……!』とうめき声を上げている。
『え、エースです……あいつ、絶対エースパイロットです、ハイッ!』
「レンさん、ちょっと黙って……!」
『で、でもっ。こっちは重し二つも抱えてて、しかも自分は新米ペーペーで……!』
「レンさんはオレが絶対守る! だから黙って走れ!」
力強く、迷いを感じさせぬ勢いを付けながらマイクに向けて叫ぶと、一瞬で言葉を止めたレンが、小さく『ハイ』と答えた。
距離は少しずつ離れていく。今はメグリ機が足を止めているから。……だが。
(メグリは墜ちる。絶対墜とされる……!)
実戦を多く経験した名うてパイロットは、敵の動きだけでその力量を把握できると言う。だが敵機の動きは、新米に毛が生えた程度のカンナでも、手に取るようにわかる。
――敵はエース中のエースだ。メグリ程度の腕一人で、対処出来うる筈もない。
「……レンさん、重量、あとどれ位耐え切れる?」
『え、えーっと……コンテナを後二つ程度なら大丈夫です、ハイ』
「アタッチメント交換、二分でやる。出来る?」
『で、出来ると思いますけど……そ、それって自分を捨石に……!』
「逆! 俺が足止めする。レンさんは物資持って急いでトールに戻って、応援申請をお願い!」
『き――危険ですよ隊長! ハイッ!』
「俺たちの任務は、コンテナ四個の運送と、母艦の安全だ」
ただでさえ、支援艦を撃沈されている状況が痛いのに、この上でコンテナまで奪われれば、もう本国に帰るまでの食糧すらないだろう。
脚部移動では無く、ホバークラフト走行に切り替えた事が幸いして、母艦までの距離はあと三十分程度だ。
その間に応援申請を行い、敵パイロットを撃破出来れば、今の状況を何とかカバーできる。
「命令だ。今からアタッチメント交換を行う。迅速に」
『は……ハイ』
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