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第5話

 カンナとレンは、自身の機体を一度停止させると、カンナ機からアタッチメントが排出される。そのアタッチメントをレン機に装着し直すと、一度その重量チェックを行う。そのチェックに約一分。 「いける?」 『い、いけます、ハイ!』 「じゃあ走る! 頼むからすぐ呼んで来てくれよ!」 『分かりました! 全力で走ります、ハイッ!』  最後に『ご武運を!』と言葉を残したレン機が、ホバークラフト走行を再開し、母艦への帰路を全力で走っていく光景を見据えた。 カンナは、腰部にマウントされていたプロスパー専用の小型拳銃ユニットを装備した上で機体を翻したが、すぐにカメラが、ウォレンを捉えた。 あれから五分と経過していないのに、既に視認できる範囲まで接近しているとは。カンナは、流れる冷や汗を不快に感じながらも、小型拳銃の引き金を引いた。 発砲。放たれた一つの弾丸を、軽く腰部を左に逸らすだけで避け切ったウォレンは、その手に掴んでいるサブマシンガンの銃口をカンナ機へ向けると、その引き金を引いた。 ばら撒かれる銃弾を、ランダムにジグザグ走行を行いながら回避したタスクの機体を制御させながら、その地を駆ける。 最大速度でウォレンへと接近戦を仕掛けるタスクは、右腕部に格納されているダガーナイフを取り出して、そのナイフを軽く振り込んだ。 躱される。だがそれは想定内だ。 すぐに右脚部を用いて、ウォレンの左脚部を蹴り付けると、バランスを崩して地に両腕を付けた敵機。 その背中に向けてダガーナイフを突き刺そうとするが、その動きをまるで見切っていたかのように、地面につけた腕を用いてその場で機体を回転させ、仰向けになった段階でダガーナイフを持つタスクの腕を強引に掴んだ。 「こなくそぉ!」 切先を何とか押し付けようとするタスク。 その切先から何とか逃れようとするウォレン。 二機はしばし、そうしてプロレスを続けたが、後にウォレンの右脚部がタスクの腹部へ叩きつけられた。蹴り付けたと言っても良い。 蹴り飛ばされた影響で、ダガーナイフを落としてしまったタスクは、反対に相手が落としたのだろうサブマシンガンを拾い上げ、その銃弾をばら撒きついでに、今まで手に持ったままだった小型拳銃の引き金も引く。 サブマシンガンの数発が、ウォレンの左脚部を貫いたが、それ程ダメージは無いようだ。あまりに口径が小さいと、プロスパー相手にダメージは見込めない。 だがそれでいい。カンナとて今勝つ事を意識していない。増援が来るまで持ちこたえればいいのだ。 敵の動きを待つように、その場で腰を落として反応を待つ。相手が動けば即座に動けるようにしているので、すぐに撃墜される事は無いだろう。 「さあ、来い……!」 時間稼ぎはまだ始まったばかりだ。 コックピット内で荒く息を吐いていたカンナは――自身の耳に届いた、一つの通信を聞いた。 『カンナ――貴方は、カンナでいいか?』  一瞬、その声が誰か分からなかった。 幼い男の子の声だ。澄んだ清水が流れるような綺麗な声は、カンナの耳から脳内に入り込み、そしてその人物を頭に映し込んだ。 「……お前、セルン。セルンか!?」 『そうだ。ようやく会えた、カンナ』  彼は嬉しそうにそう呟きをこぼして、そのウォレンの手を差し伸べた。 『一緒に来て、カンナ。ボクは貴方に、ミューレへ来てほしいと思ってる』 「何を」 『またボクに、キスを教えて欲しい。またボクに、いろんな事を教えてほしい。ミューレの人たちは何も知らない。何も教えてくれない。  ――ボクは、貴方が欲しい』  いきなりの言葉に、脳は理解が追いついていなかった。 ミューレに来てほしい。それはセバルタを脱し、ミューレに与しろと言う意味だろう。 キスを教えて欲しい。いろんな事を教えて欲しい。それは、何も知らぬ子供の探求心から来る欲求を意味するだろう。 ――貴方が欲しい。 それは、セルンがカンナが欲しいと、告白している事を意味するのだろう。  カンナは言葉を失っていた。 なぜ彼はこうして、自分に手を差し伸べているのか。 なぜ彼は自分を、それほどまでに欲しているのか。 どれほど時間が経過したのか、カンナには分からなかった。 機体は何時までも同じ態勢を維持している。 カンナの言葉を待っているのか、セルンも口を閉じたまま、何も言わない。  だからこそ、カンナは彼に、一つだけ尋ねた。 「お前は、オレが好き、なのか」 『スキ――分からない。その感情も、ボクに教えて欲しい』 「無理に決まってんだろ。俺はお前の敵で、お前は俺の敵なんだぞ」 『だからセバルタを離反して、ボクの元へ来てほしい。ボクの近くに居て欲しい』 「だから無理に決まって――」  最後まで言葉を紡ぐ前に。 ウォレンはホバークラフト装甲を開始し、即座に後方へ下がった。その頭部に搭載されたバルカン砲の砲身を上空へと向けると、引き金を引いて銃弾を乱発した。 上空で爆発が舞った。何時の間にやら放たれていた四連装ミサイルランチャーの弾頭が、バルカンに貫かれて爆発したのだ。 『隊長から離れろ――ミューレっ!』  アサルトライフルを掴みながら、ホバークラフト走行で急速に近づく、一機のタスク。コンピュータが機体識別を開始し、その機体がレンの駆るタスクだと識別した。 「レンさん!」 『増援は無理って言われたので、急いで戻ってきました、ハイッ!』 「む、無茶すんなよ!」 『まだ作戦任務中ですんで無断出撃じゃないです! それに、隊長に万が一があれば、自分は』 「っ、前!」  セルンの駆るウォレンは、その巨体をホバークラフトの高速移動でレン機へと近付いてくると、ダガーナイフを右手に持ったまま、レン機のアサルトライフルを切り裂いた。 銃口を切り裂かれ、急ぎそれを排除したレンは、チッと舌打ちを漏らした上でカンナ機の前に立って、同じくダガーナイフを構えた。  ウォレンは、その動きを見据えた上で、さらにダガーナイフを振り込む。遠慮のない斬撃を、何とか同じダガーナイフで防ぎ、いなしたレン機だったが、そこから技術の差が明暗を分けた。 ダガーナイフが弾かれた瞬間、ウォレンはその巨体をレン機へと追突させ、地面へ体を預けたレン機に向けてダガーナイフを逆手持ちし、今にもコックピットへ突き刺そうとした。 その時には、カンナが自身の機体を動かしていた。 レン機を庇うように立ち塞がりながら、無防備な姿を晒した。 今にもダガーナイフの切先が、カンナ機のコックピットを襲うと思われた――が。 ウォレンは、そのナイフを止めた。 動きを止めたのだ。 『――カンナ。貴方はボクを否定するのか』 「否定するわけじゃない。だけど俺はセバルタのパイロットで、彼の上官だ。部下の命は……オレが絶対に守る」 『そうか。貴方が守りたいものは、ボクの守りたいものでもある』  ナイフを収めたウォレンは、その機体を翻し、走り去っていく。 その姿を眺め、見えなくなるまでレン機を守るように立ち尽くしたカンナは、フゥッと一息ついた。 「良かった……レンさん、怪我は」 『隊長。なんで、敵と仲良く話してるんです? アイツ、誰なんですか……?』  えっ、と。カンナは一瞬、レンの言葉の意味を理解しようと頭を働かせたが、その真意は一瞬で把握できた。 レン機の脚部と、カンナ機の脚部は接触していた。その接触回線が開き、セルンとの会話が、レンにも聞こえていたのだ。 『隊長……教えて下さい、ハイ』  レンの問いかけに、答える事が出来ない。 カンナとレンはしばし、その場で動く事も、話すことも無かった。 ** 「敵支援艦を補足・撃墜に成功し、タスク二機の撃墜も確認。お手柄だな、セルン」 「ありがとうございます」  ミューレ第三作戦司令部の作戦立案室で、一人の男性がデータを参照しながら笑みを浮かべた。 セルンの上官であり、第三作戦司令部の司令であるマーク・ジョルジュだ。八頭身の高い身長と、その米系の顔立ちが印象強い、中年男性だ。 「だが解せないのは――この残った二機の撃墜を諦めた理由だ」  セルン機のウォレンから読み取ったカメラデータを参照し、二機のタスクを見せたマーク。 一機は地面に体を預けているが、もう一機は装備と言う装備を持たず、地面に体を預ける機体を、ただ守るように立ち塞がっている。 「データを参照しているのならば分かって頂けると思いますが――その前面のパイロットは、自分と一騎打ち出来るレベルのパイロットです」 「ほう、それは興味深い」 「もし彼をセバルタから離反させ、ミューレの戦力に加える事が出来れば、それは多大な戦力となり得ると思いませんか?」 「思う。君はそれが出来ると考えたと、そう言うのか?」 「出来ます。自分が成し遂げてみせます」  力強い、セルンの言葉に。マークもフっと笑みを浮かべて、頷いた。 「良いだろう。我がミューレは何時でも人材不足だ。セバルタのパイロットだろうが、戦力となり得るのならば、私は大歓迎だ」  その言葉を最後に礼をして、セルンはその場から退室する。その姿を見据えた上で――マークは一つ、言葉を落とした。 「大人を利用してるつもりか? 悪ガキが粋がるものだ。――私がお前を、利用するだけだと言うのに」  マークの元には、一つの音声データが残っていた。 それは敵兵と話し、彼を欲する想いの丈をぶつける、セルンの声に他ならなかった。

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