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第6話
トール艦内の一部屋に、カンナは姿勢を正したまま、立ち尽くしていた。
部屋の中にはカメラが幾つも点在し、カンナの動きを逐一見逃さない。カンナは冷や汗を流しながら、ゴクリと口内の唾を飲み込んだ。
「これは、軍法会議、という物でしょうか」
『それ程大それたものではない。落ち着きたまえ』
落ち着けるもんか。カンナはグッと目の前のカメラを睨むようにしながら、スピーカーより聞こえる声にそう反論したい気持ちを堪えた。
『ただ君は作戦行動中、敵パイロットと仲良く談笑していた記録が残っていてね。それについての弁明を聞きたいのだ』
「談笑と言う程軽やかではないと思いますし、弁明と言っても自分にやましい事はありません」
『ふむん。ではなぜ敵パイロットも君も、相手の名前を知り得ている?』
「それは」
『君の報告書は少ない。二枚だけ。一枚はシエン曹長――失礼。シエン准尉が戦死された君の初陣と、後のレン二等兵の初陣となる二つだけ。その中に君が敵と会話をしたと言う報告は無いが、それに付いてはどう弁明する?』
反論できない。確かに報告書に全てを記したわけでは無い。
「申し訳ありません。自分の初陣にて、敵パイロットを撃破した後、互いに協力して生還する事を第一と考えました。その際に会話をして名を聞き、また名を答えました」
『では報告書に書くべきではないのかね? 敵と話した会話の記録まで正確に。それを怠った事を怒っているのだよ私は』
「仰る通りです。ですがだからと言って、敵と内通しているわけではありません」
『おや、疑っているように聞こえたのかな。それは失礼した。安心したまえ、これは軍法会議では無い。その事実確認をする場では無いのだよ』
嫌味たらしくカンナへと言葉をかけた、身も知らぬ相手の声に、苛立ちが積み重なっていく。トールにはいわゆる偉い人々がいないので、軍法会議が出来ないだけだろう。
『だが、その話題とは違う部分で、君の事は我々作戦司令部でも話題になっているのは事実だ。その会議は行われるだろう』
「ぜひその話題を、お聞かせ願いたいのですが」
『いやなに。君の隊にぜひ、ミューレ本国フィルター施設の占拠部隊へ着任してもらいたくてね』
来たか、とカンナは表情を引き締めた。
軍法会議にかけられると同義である、いわゆる左遷勧告だ。
「最前線送り、という事ですね」
『端的に言えばそうなるな。だが君の力量は素晴らしい。きっと我がセバルタの為に、その力を発揮してくれると信じているよ』
いちいち嫌味たらしい。つまり最前線に行ってさっさと死ねと言ってるようなものだ。
この戦争では最前線は二つある。
それはミューレとセバルタ、両アンダーグラウンドへ通じる門近隣に在するフィルター設備だ。
RV放射能が問題視され、その放射能汚染を恐れた人類は、地中深くに地底都市アンダーグラウンドを設立、RV放射能を含んだ空気を除染するフィルター施設を設置した。
両国の最終的な狙いは、敵国のフィルター装置を占拠し、服従させる事。
その為両国の守りはどうしてもそこに集中する。
RV放射能が蔓延している今の地上では、長距離弾道ミサイルによる正確な爆撃は行えず、プロスパーを用いた戦争となるのが常であるが故、旧世紀のミサイル攻撃を用いた戦争より、どうしても攻めるより守る方が容易い。両国にとっての前線は、どうしても両国フィルター施設付近となってしまうのだ。
『正式な決定は後々になるだろうが、そう時間はかからないだろう。予め君の意思を確認したいのだが――受けてくれるかな?』
受けなければどうなるのだろう。
カンナは悪あがきにそう言ってみようかと思ったが――その答えは明らかだ。
軍法会議にかけられ、銃殺刑にされる。
自分一人の命だけならば安いもので、部下であるレンの命も怪しいものだ。
自分一人が死ぬだけならばいい。
だが、今やカンナは、一人の上官なのだ。
その責務を、果たさねばならない。
「――わかりました。ですが、条件が一つだけ」
**
カンナが部屋を退室すると、そのドアには一人の青年が立っており、カンナの戻りを待っていた。
「隊長、お疲れ様です。ハイ」
「レンさん、待っててくれなくてもよかったのに」
「自分も、隊長に聞きたい事があるのです。ハイ」
レン・スバルだ。彼は、先日までの元気な表情を崩し、その眉間に皺を作っていた。
「じゃあ、執務室に行こうか」
彼の背中を叩いて歩き出す。第五十四作戦部隊の執務室に着いたカンナは、設置された大きなソファに深く腰かけた。
「座りなよ」
「いえ、ここで。ハイ」
そのソファの前で立ったまま、レンは姿勢を整えて、カンナへと尋ねた。
「……失礼ですが隊長は、敵の内通者、なのでしょうか。ハイ」
「これは軍法会議だったのか」
そう苦笑したカンナは、首を横に振った。
「俺は、腐ってもセバルタのパイロットだ。そんな事実は微塵もない」
「では、信じていいのでしょうか。ハイ」
「こんな上官で信じられないのは分かるけど、それだけは信じて欲しい」
お願いだ、と頭を下げたカンナに、レンは慌てて「ハイッ!」と声を張り上げた。先ほどまでとは違って、今やオロオロとしている姿が面白くて、カンナも笑みを浮かべた。
「信じます。自分は隊長の部下ですから。上官を一番に信じるのは、部下であるべきです、ハイ」
「本当にありがとう。優しいな、レンさんは」
レンの言葉が、本当に嬉しかった。先ほどまでの事を忘れられるほど、優しい気持ちが彼を潤した。
「でも……敵の事を知っていて、それを黙っていた事も……その敵に好意を持たれている事も……それも事実、なんですよね。ハイ」
「そう、だな。それも事実だ」
「では隊長はどうなのですか。その敵を、隊長は好いているのですか?」
いきなりなんだろうと思った。顔を上げて彼の目を見ると、どうにも迷っているようにも見える。
「……好きとか嫌いとかじゃあ、ないんだ。アイツ……セルンって言うんだけど、アイツはまだ子供でさ。俺より最低でも三歳は年下だろってくらい。もしかしたらもっと下かもしれない。そんな子供を前にして、本気で戦えるわけないだろ」
「隊長。貴方は先ほども言っておりましたが、セバルタのパイロットなのです。幾ら子供だとはいえ、目の前の敵を倒すのが、我々の仕事です。ハイ」
「そんなの、大人のやる事じゃないだろ」
「その罪は子供を戦争に参加させるミューレの罪です。奴らの罪を正す為に、我々は完膚無きまでに、奴らを叩かねばならないんです。ハイ」
「でも……俺には、出来ない」
カンナは、今まで何も知らなかった。
だが彼より物を知らぬ少年に出会って、自分が大人である事に気が付いた。
十八である彼より、さらに年下の少年を。
カンナは殺す事など、倒す事など出来ない。
例えそれが、敵であるとしても。
「……忘れる事は、出来ないのですか? ハイ」
「忘れる?」
「その子供の事を、忘れて下さい。そうすれば貴方は戦える。その少年を知らぬ内に倒すことが出来る。隊長にはそれだけの実力がある。その実力があると、信じています。ハイ」
お願いしますと頭を下げたレンに、顔を上げてくれと言おうとした。
だが顔を上げてくれと頼む事は、少年の事を――セルンの事を忘れると、約束するようなものだ。
それは難しいとカンナは考えて。
顔を上げてくれと頼む事が出来ずに、少々の時間が経過した。
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