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第2話-5
ぽかぁん、という沈黙が訪れた。
遊矢が怒っていたのは、翔太郎が俺をハグしていたから……らしい。
────なんだよ、それ。
今までそんなこと気にしたこともなかったくせに。
「仲良さそうだな」って、いつも俺と翔太郎に言ってくれてたじゃねぇか。
急に言い出すなんて、それって、それってなんだか…、
「なんか高橋、嫉妬してるみたいだな!」
ニカッという効果音がつきそうな笑顔の翔太郎は、「なんだよぉ、可愛いとこあるのなお前!」と打って変わって何故だか楽しそうである。
嫉妬、と聞いて俺は一人ドキドキしていた。
同じことを考えてしまったからだ。
あぁ、クソ。
また自惚れてしまう。
翔太郎は、俺を安心させるように軽く頭をぽんぽんしてから解放してくれた。
まだ背中のシャツを掴んだまま翔太郎を見上げる。
陽だまりみたいな笑顔を浮かべていた。
ボソッと、俺にだけ聞こえる声で囁く。
「旦那のお迎え来たぞ、大」
「だから、旦那じゃねぇって」
言いながらつられて微笑む。
翔太郎から離れて「…ありがと、な」とそっぽを向きながら感謝を述べた。
面と向かってはいささか恥ずかしい。
抱き合ってて言うのも、アレだが。
「仲直り、して来いよ」
翔太郎が一歩横にズレる。
その先にはもちろん、俺が恋焦がれてやまない男──遊矢がいる。
床を見つめて固まった。
緊張で心臓がうるさい。
握り締めた手がしっとりと汗ばんでいるのを感じる。
それでも翔太郎が作ってくれた機会を無駄には出来ない。
…………なんて、勢いで話せたら苦労しねぇ。
冷静になった今思い出された、3日前の痴態の数々。
いっぺんに記憶から蘇ってきて顔が熱くなる。
そもそも、別に喧嘩をしていた訳ではない。
だから「ごめん」とはちょっと違う気がする。
なら、なんて言えばいい…?
────これ、もしかして俺告白しなきゃいけなかったりするの、か…?
どうしよう。
ただでさえ望みの薄かった道が、立原さんという彼女の出現で塞がってしまった。
でも後退すらさせて貰えない。
翔太郎が背中を押してくれたからだ。
もしかして、いやもしかしなくても詰んでるこの状況。
黙りこくってしまった俺を見守る、翔太郎や下校しようとしていた生徒たち。
ぐるぐる頭を巡る色々な心配事。
すると、どうした事だろうか。
少しあった距離を縮めてきた遊矢が前触れなく俺の腕を掴んできたのだ。
驚いて反射的に顔を上げる。
あの日以来合うことすらなかった視線がかち合い、呼吸どころか瞬きも忘れて。
音を立てて波打つ鼓動が耳まで響くから余計に強く。
好きだと、…溢れてしまいそうで。
「こいつ、もらってく」
遊矢、嫌じゃねぇの?
あんなことあったからもう口聞いてくれねーって覚悟してたのに。
そのまま引っ張られた。
痛いけど、正直かまってくれるだけでうれしいとか思ってる俺はたぶん末期だ。
「マユちゃん、悪いけどお付き合い解消な」
「え?! ちょっと、遊矢せんぱい!」
「おい遊矢いいのかよ?!」
「大成はちょっと黙っとけ。早く行くぞ」
先を急がんとする遊矢。
しかし空気を読むことを知らない馬鹿は慌てて俺の空いていた腕をしっかりとホールドしてきた。
「いやいやいや! 大はこれから俺とアイス食うんだよ!仲直りはしてもいいけど、それとこれとは話が違うからな?!」
まさに、田んぼにそびえ立つカカシ。
両手に花ならぬ、両手にイケメン。
どこぞの恋愛アプリゲームのスチルみたいな絵面だ。
困惑する俺を挟んで、見えない火花を散らす2人。
「なんだよお前ら! 柴犬も食わない争いしてたんじゃねーのかよ!」と大型犬みたいに低く唸る翔太郎。馬鹿だ、ほんと。
「何言ってんだよ? これからこの前出来なかったデートするんだ、邪魔すんな」とまだ若干お怒りモードな何様俺様遊矢様様。
「遊矢せんぱぁい、別れるなんてイヤです〜! あんなことやそんなことまでした仲でしょ〜?」と涙目のきゃわいい系代表になれそうなふわふわ立原さん。
「やめて! みんな、俺のために争わないで!!」と裏声で訴える取り立てた特徴も無い俺。
翔太郎と遊矢が俺を引っ張り、俺を引っ張る遊矢を立原さんがさらに引くという『おおきなかぶ』さながらの光景は控えめに言って地獄絵図。
誰が収拾をつけるんだ…?
てか、さしずめ俺はデカいかぶか?
え? この中じゃ大きさなら下から数えた方が早いって?
喧(やかま)しいわ。
チビなのは自覚してるけど、これでも165cmはあるんだぞ………四捨五入すれば。
時間が経つに連れて口論は遊矢が優勢に。
馬鹿日本代表の翔太郎は語彙が消えていき、代わりに俺を掴む腕に力がこもる。
馬鹿力に加減が無くなると、鍛えていない人間の腕なんて早々に悲鳴を上げるのだ。
「ちょ、痛てぇって翔太郎!」
「わっ悪ぃ!」
手を離した翔太郎は痴漢と疑われたように両手を顔の横まで上げた。
すかさず俺を引き寄せた遊矢は壊れ物を扱うかのように抱きすくめる。
「鳴海────お前に、大成はやんねーよ…?」
跳ね馬よりも暴れる心臓。
脳まで侵食してくる匂いや温もりなどの遊矢に関する、五感が感じた全て。
俺はそれらに、すごく弱い。
「………大成」
さらには耳元で切なげに囁かれて。
「んっ」
思わず小さく漏れた声。
────やべ、聞こえたかッ?!
焦って顔を上げれば遊矢は少し目を見開いた後、花開くように微笑む。
「…………エロいやつ」
聞こえてたみたい、です。
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