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戯れ(???×柊)

「これを飲めば良いのかい?」 「ええ、貴方に飲んで頂きたいのです。残念ながら拒否権は無いので宜しくお願い致します」 そう言って四本の小さな瓶を柊さんに渡した。瓶は透明で中の薄紅色の液体がよく見える。きっちりと蓋をしている筈なのに、瓶からほんのりと甘い香りがする。 「良い匂いがするね。なんだいこれは?」 「媚薬です。催淫剤とも言いますね。即効性に定評があるものをご用意致しました。この程度の量ならば副作用や後遺症などはありませんのでご安心ください」 「…………」 柊さんは明らかに私を警戒しだした。全く飲む気配が無いどころか、この先の言葉次第では瓶を叩き割られてしまうだろう。勿論、力づくで無理矢理飲ませる事もできるし、弱点を知り尽くしているから脅しのネタは幾らでもある。だが、私が見たいのは怒りや恨みに満ちた顔ではない。どうしようもない熱に耐える顔が見たいのだ。身体が熱くて疼いて堪らない貴方は一体誰を求めるのか、どうやって強請るのか。或いは独りでその身を慰めるのか…… 「私と二人きりなのが嫌ならば、貴方を守る者も呼びましょう。誰が良いですか?」 「あの子達に何をする気だ?」 「どうしましょうかね……」 私がそう返せば、柊さんの表情は更に険しくなった。少々怯えも混じっている。嗚呼……残念ながら脅す形になってしまった。まあこれも一興と言う事か。 「早くお飲みくださいな。日が暮れてしまいますから」 柊さんは眉間に皺を寄せて私を睨み、漸く瓶の蓋を開けた。 「一つ、言い忘れていました。媚薬はちゃんと一本ずつ飲んでくださいね。貴方がどれだけ薬に弱いかを確かめたいので」 私がそう言っても、柊さんは返事をせずに一気に中身を飲み干した。まずは一本。 「如何ですか?」 「甘ったるい……そして若干身体が熱くなってきた」 柊さんは私から数歩距離を取りながらそう返した。若干、と言ったが既にかなり熱いだろう。震える手で二本目の瓶を掴み、再び一気に飲み干した。 「ッ……うぅ……っは」 「お辛いですか?」 「それ以上近づかないでくれ」 その声は酷く弱々しい。既に涙目で、壁に寄り掛かってやっと立っていられるような状態だ。私を睨み続けているつもりだろうが、先程までの気迫は全く感じない。まるで私を誘っているかのようだ。 「あと二本残っていますよ」 「分かってる……ッ」 三本目の媚薬を一口で飲んだ数秒後、柊さんは膝から崩れ落ちた。ガシャン、という金属音が部屋に響く。恐らく彼の義足だろう。自分を抱きしめるように両腕を掴み、蹲っている。 「あと一本」 「も……無理だ……」 「あと一本。それだけですよ」 柊さんはどうにか楽になろうと身動ぐだけで、媚薬を飲もうとはしていない。 「貴方が飲まないのなら私が飲みますよ。ただし私は薬が効きやすい体質でね。貴方のように我慢はできないと思います。もしかしたら、貴方を求めてしまうかも知れませんね」 漸く目が合った。柊さんは顔を紅潮させ、瞳を潤ませながら私を睨んでいる。いや、私を求めている。その姿は先にこちらの理性が飛んでしまいそうな程に艶めかしい。左目を隠す長い髪と目尻や口元に薄っすらと刻まれた皺がより一層劣情を掻き立てた。まるで情事の最中のような表情で肩で息をしている。 「それでも飲まない、と言うならば返してください」 柊さんはゆっくりと身体を起こし、瓶の蓋を開けた。だが、いつまで経ってもそれを口にする事はない。震えているのは身体に力が入らないからだろうか、何かに耐えているからだろうか。或いは、理性を失う事への恐怖か……それでも、やがて決心したように四本目の媚薬を喉へと流し込んだ。 「あ……あ……あ"」 柊さんの瞳からぼろぼろと零れ落ちた涙が頬を伝い、畳へと吸い込まれていく。他人(わたし)がいなければとっくに理性を手放して楽になっていただろう。 「……ッ、もう、充分……だろッ」 暫く経ってから途切れ途切れに柊さんは言った。もう許してくれと言わんばかりの訴えだ。残念ながら誰かの名を呼ぶ事も声で私を求める事もなく、これ以上の痴態を晒す事もなかった。 「ええ、貴方の強さには完敗です。あと三時間もすれば効果は切れますよ」 柊さんのすぐそばの障子戸の方からニ、三人の足音が聞こえる。そろそろ退散するべきか。 「では、私はこれでお暇致しますね」 足音が聞こえた方とは反対の障子戸を開けて部屋を出る。振り返ると、柊さんはもう私を見てはいなかった。私は一礼をして障子戸を閉める。それと同時に若い男の声が聞こえた。椿の声だ。 「柊さん!? どうしました? 大丈夫ですか?」  椿と一緒に入ってきたのは紫陽花と向日葵の筈だ。さて、もう限界を迎えた彼は誰の手に堕ちるのか…… 「まあ、それを決めるのは私ですがね」 きっと今頃は若き花魁の手で何度目かの絶頂を迎えている頃だろう。私は一人微笑み、華乱を後にした。

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