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また逢う日まで(彼岸花と柊)
ねえ、何で泣いてるの? 如何してそんな声で僕の名前を呼ぶの? 分からない、分からないけど辛いよ。
―ねえ、聞いて。僕は此処に居るよ。僕が死んだのも出ていったのもあなたのせいじゃないよ。僕が勝手にやったんだ。なのに何でそんなに自分を責めるの?―
部屋に響くくらいに叫んだのに、ちっとも聞いてくれない。ちらりとも僕を見ない。仕方ない。僕はもう死んでしまっているのだから。それでもこの人には笑ってほしくて、僕は何度も声を掛けた。
―いい加減顔を上げなよ。そんなんで仕事できるの? ほら、手が止まってるじゃん。僕が見ててあげるから早く筆持ちなよ―
―あっ、そうだ聞いて。さっきあの双子がまた着物交換してたよ。絶対お客からかうよ。早く止めた方がいいよ―
―ねえ……僕は幸せだよ。お母さんにも会えたし、もう辛い事も苦しい事も無いよ。ねえ見て、ほら、指で刺しても障子破けないんだよ! 凄くない?―
「本当だ。凄いね」
僕が障子を指で突くと、泣き笑いの顔の柊がやっと返事をくれた。
―やっと僕に気付いた?―
「本当にそこに居るのかい? 僕の都合のいい夢かな?」
―夢じゃないよ。僕は此処に居るよ―
「そうか……君はそんな風に笑うんだね。まるで子供みたいだ」
―馬鹿にしてるでしょ?―
僕はわざと頬を膨らませて見せた。柊はまた目を潤ませる。全く、どれだけ泣くつもりだこの人は。どちらが子供か分かりやしない。
「ずっと……君に謝りたかった……大事にできなくてごめんね。寄り添えなくてごめんなさい。君が出ていったあの日、ちゃんと追い掛ければ良かった。してあげられる事は沢山あった筈なのに何もしなかった事、本当に後悔している。すまなかった」
―何で柊が謝るの? 全然あなたのせいじゃないのに。僕が勝手に出ていって勝手に死んだんだよ?―
「出ていく原因を作ったのは僕だろう」
―違うよ。ほら、頭を上げてよ。泣きすぎたら干からびるよ―
あいにくその涙を拭ける物は持ってない。僕の着物の袖すら水滴を吸ってはくれない。
―ねえ、僕が生まれ変わったらさ、また此処で働いてもいい? 今度はちゃんと最後まで働くからさ。また真っ赤な着物で見世に並びたいな。いい?―
「できる事ならこんなところに来なくてもいい環境にいてほしいのだけれど」
―ええ、じゃあ買う側?―
「うーん……それならいいよ」
―この商売上手め―
「そんなつもりじゃなかったよ」
―あははははは―
僕が笑うと、柊もつられて笑った。やっと晴れやかな顔をしてくれた。全く、あんな顔ばかりじゃあこっちも成仏できやしない。でも安心した。きっともう大丈夫。
―僕、次は上級花魁になってみせるからさ。僕の性技が凄いの、知らないでしょ? これでも再来店率高かったんだからね!―
「だから次はこんなところに……」
僕は柊の口を手で塞いで額に唇を当てた。勿論、すり抜けてしまうからあくまでも振りだけど。
―もう行くから。じゃあね! また泣いたら承知しないからね! 僕が戻るまでちゃんと営業しててよ―
自分の体がだんだんと薄くなって無くなっていくのが分かる。柊が何か叫んでいるみたいだけどもう聞こえない。僕の肩を柊の腕が貫く。でもきっと空を掴むだけだろう。あーあ、また泣くのかなと思ったけど、最後はちゃんと笑ってくれた。
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消えていく彼岸花に必死に手を伸ばしたけれど、肩を掴む事も止める事もできなかった。彼が一瞬悲しそうな顔をしたから、悔しい気持ちを噛み締めて無理矢理笑顔を作る。そうしたら彼も笑ってくれた。「大丈夫だ」と言わなくては。安心してあちらに行ってほしい。そしていつか、また会おう。
「失礼致します。柊さん、どうかしましたか? 叫び声が聞こえた気がしましたが」
「何でもないよ。大丈夫」
「そうですか?」
障子戸の向こうから北野の心配そうな声が聞こえる。僕はもう一度「大丈夫」と返した。
「そうですか。何かあったらすぐに呼んでくださいね?」
「うん。ありがとう」
少し経ってから障子戸に映っていた影が消えた。僕は文机に向かい、筆を持つ。だが文字を書く前にふと思い出してまた筆を置いた。先に問題児達に会わなくては。彼岸花が言った事が本当ならまた客に悪戯を仕掛けている筈だ。
僕は立ち上がって部屋を出た。
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