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第13話
「なんか、最近の葵くん……前とちょっと違う」
「ど、どこが?」
いきなり楽屋で真剣な表情の悠陽にそう言われて、葵はあからさまに動揺して上擦った声で聞き返してしまった。
「ん~……魔力の感じが少し変わったかな」
まだ雅弥がきていないからか、悠陽が言葉を誤魔化すことなく指摘してきた。
(さすが、魔界の王子……そんな微妙な変化に気づくんだ)
正直、雅弥から生き血を貰うようになってから、確かに葵には色々と変化が現れ始めた。
魔力が強まってきたおかげか、前よりも日差しを浴びても体力が持つようになってきたし、倦怠感もあまり感じなくなってきた。
「それに顔色も前よりいいよね」
そう言って今度は誠にグイッと下から覗き込まれて、葵は僅かに仰け反る。
血色がいいのは生き血のおかげで貧血状態が少なくなったせいだろうが、何だか誠には余計なことまで見透かされそうで怖い。
実は、雅弥相手に吸血行為を行っていることを、葵はみんなに話していなかった。
別にそれ自体は隠すことでもないが、それに付属する色々な出来事をどう説明すればいいか悩んでいるうちに、話すタイミングを逃してしまったのだ。
(だって、人間であるミヤビを巻き込んでしまったのは俺のミスだし)
それに自分と雅弥の関係は誠と純みたいな恋人同士とはちょっと違って、葵は生き血を吸う練習、雅弥はラブシーンのためにお互いに肌を重ねているなんて……恥ずかし過ぎてみんなに言えるわけがない。
(でも、ミヤビが俺の正体を知ってて、みんなもそれを知っているって説明してあることくらいは話しておいた方がいいのかな?)
そんなことを思って葵が油断していると、後ろからいきなり誰かに抱きつかれた。
「顔色もだけど、葵ちゃん……なんか色っぽくなってない?」
「うわぁっ!」
純に覆い被さるように後ろから顔を覗き込まれたのと、言われた内容に対して葵は必要以上に驚いてしまった。
『色気』に関しては、最近雅弥からも抱かれる度によく言われていたが、それはただのムード作りのリップサービスだろうと思っていたのに、淫魔である純の言葉となると、また意味が違ってくる。
純の何気ない一言で、悠陽と誠の視線が葵へと集中する。
「色気……ねぇ」
葵と同じ種族で淫魔の純を恋人に持つ誠の探るような視線に、葵は耐えきれずに大声を出した。
「いや、実は俺、吸血行為が出来るようになったんだよ!」
雅弥とのおかしな関係を誤魔化すために、葵は正直に事実を白状する。
すると、今度はみんなが驚いたような視線を葵へと向けてきた。
「本当に?……ついにだなぁ、葵くん」
「おめでとう、葵ちゃん!」
「あ、ありがとう」
素直に祝福してくれる純に、少し戸惑いながら返事をする。
「あれだけ力加減を怖がってたのに、よく挑戦したもんだね。相手は人間?」
「うん……まあね」
誠からの質問に、雅弥の名前を出すべきか迷ったけれど、結局、葵は曖昧に誤魔化してしまった。
なんだか下手すると自分から余計なことを言ってしまいそうで怖かったのだ。
(いや、一応『人間』って括りでは嘘じゃないもんな)
葵はそう自分自身へと心の中で言い訳をする。
「だから、色気なんて気のせいだよ。変わったように見えるのは生き血が飲める……あ」
「おはよー」
葵の言葉は、楽屋のドアを開けて入ってきた雅弥と目があったことで止まってしまった。
「…………」
楽屋内に微妙な空気が流れる。
明らかに今のは雅弥に聞かれたと、みんなが気づいていた。
(どうしよう、今が説明するタイミングか?)
葵がそう悩んでいると、誠がいつものブタの貯金箱を手にしたのが見え、それに気づいた雅弥が先に動いた。
「葵くんの血のことなら、俺も知ってるから。まあ、俺が葵くんから強引に聞き出しちゃったみたいなもんだし、代わりに俺が払うでいい?」
そう言うなり、雅弥はサッと財布から出した小銭を貯金箱へと入れてしまう。
その光景を悠陽と純が驚いたように眺めながら、葵と雅弥へと交互に視線を送ってくる。
(ミヤビにバレたって言ってなかったもんな……そりゃ、驚くよね。しかも、いくら信じてもらうためとはいえ、何でミヤビに罰金のことまで話したんだ、俺!)
後輩の男らしい態度に、庇ってもらった葵は何だか恥ずかしくて雅弥の顔が見れずにいた。
すると、誠は雅弥が知っているということにはたいして驚いた様子も見せずに言った。
「さすが雅くん! かっこいいねぇ。コレを管理している私としては、払ってもらえれば誰でもいいから」
その言葉に葵は反論しかけたが、そういえば以前に王子である悠陽からもお金を取ろうとしていたのを思い出して、注意するのをやめた。
葵が呆れていると、今度は純が何気なく言った。
「でも、葵ちゃんが吸血出来るようになったなら使わないんじゃない? そのお金」
「何、そのためのお金だったの? これ」
純の言葉に雅弥が少し呆れたように聞いた。
「うん。生き血を吸えない葵ちゃんがそれで血を買ってたの」
「へぇ~……」
そう言いながら雅弥の視線が葵へと向けられる。
その瞬間、もし、ここで雅弥が葵に自分の血を吸わせていることを言い出したら、みんなになんて説明をしたらいいのかと葵は悩んでしまった。
特に同じ吸血鬼で、吸血行為の副作用に関しても理解している誠あたりからは余計な詮索までされそうだ。
(頼む、ミヤビ。俺とのことは黙っててくれ!)
そんな思いを込めて雅弥を見つめ返すと、雅弥は何事もなかったように葵に向かって言った。
「良かったね、節約できるようになって」
「お、おう」
笑顔で雅弥にそう話しかけられ、なんだか拍子抜けしてしまった葵は一言だけ答えた。
自分と雅弥の変な契約がみんなにばれないかと葵は変に動揺してしまったが、雅弥本人はたいして気にした素振りも見せていない。
それどころか、別に葵とのことをみんなに話すつもりも最初からなさそうだ。
改めて考えると、自分と雅弥の関係はいったい何なのだろうか?
葵からしてみれば、雅弥は生き血を吸わせてくれる相手で、その雅弥がいるからこそ、葵は吸血鬼としての能力を維持出来る。
では、雅弥から見た葵の存在とは何なのか?
最初は恋愛ドラマに慣れるためと言って関係を持ち、実際、あの後に雅弥は主演ドラマの話を引き受けることにしたようだが、正直、ここまで濃厚なシーンを製作者側が雅弥にやらせるとも思えない。
それならば、葵は身近なところで性欲処理出来る相手?
でも、いくら避妊の心配がないからとはいえ、同じグループでしかも同性同士なんて、マスコミにばれた時のリスクは大きい。
だったら、まだ本命のあの女の子と噂になった方がましな気がする。
(ミヤビ……何、考えてるんだろう?)
「……ちゃん? 葵ちゃん!」
「……え……あ、何っ?」
雅弥のことを考え込んでいた葵は、いきなり純に顔を覗きこまれて我に返った。
「もう、みんなスタジオに移動始めてるよ」
そう言われて周りを見渡せば、もうすでに葵と純以外のメンバーは楽屋から消えていた。
「ぼーっとして、どうしたの? 体調、悪い?」
「あ~……何でもない、大丈夫」
葵の答えに、純はまだ少し心配そうに見つめてくる。そんな純に何て言い訳するかを考えていると、葵はふと思いついたことがあった。
今は同じ魔界の者だとわかっているが、少し前まで純は『人間』として人間界で過ごしていたはずだ。
その状態で、最初は誠のことをどう思っていたのだろうか。
魔界のことや純が人間ではないことを説明されて、それを全て納得して受け入れる。
二人が出会ってから、純が誠の吸血のパートナーになるまでに何があったのか、葵は二人から詳しく聞いたことがなかった。
「なあ、純。仕事終わりに時間あるか? ちょっと、相談したいことあるから、どこかで飯でも……無理かな?」
純なら、人間である雅弥の考えが少しは理解できるかもしれない。
そう思った葵からの誘いに、純は驚いたようだ。
「葵ちゃんが俺に相談なんて、珍しいね。いいよ、俺でよければ聞くよ。でもそれってふつーの相談?」
純からの質問の意図を葵が疑問に思っていると、二人しかいない楽屋だというのに小声で純が言った。
「魔界のことなら、人に聞かれちゃまずいでしょ。俺んち、来る?」
普段は危なっかしいくらいに天然なのに、たまにこうやって鋭い指摘をしてくる純の感性には驚かされる。
「ん、その方が助かる内容かも。お言葉に甘えてお邪魔する。あっ、他のメンバーにも絶対に内緒だからな!」
「わかってるって♪」
純からの気遣いに感謝しつつも、一応、葵が口止めをしておくと純は笑顔で答えた。
やっぱり、同じ魔界で育っただけに悠陽や誠には、逆に相談出来ないこともある。
魔界の者でありながら、人間界の方が馴染みある純の存在にホッとしながら、葵はその日の収録へと挑んだのだった。
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