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第16話

 昨夜は純の家に泊めてもらった葵は、朝に一度自宅へと帰りレギュラー番組の収録へと向かっていた。  結局、葵の悩みは完全には解決しないまま、逆に純の言葉が大きなしこりとして葵の心の中に残っている。 「おはよー」 「あ、葵ちゃん、おはようございます」    楽屋へと入ると、すでに来ていた誠がすぐに挨拶を返してくれた。  どうやら、まだ純と雅弥は来ていないようだ。 「おはよ、葵くん。マコが魔界に戻ったの知ってる?」    誠の隣りで眠そうにしていた悠陽がいきなり聞いてきた。 「あ、うん、純から。内容までは知らないけど」    荷物を置きながら葵が答えると、誠が真剣な様子で話し始めた。 「二人とも、狼男の一族……ウルフ族の件は知ってますよね?」 「確か、俺達が子供の頃から続いてる争いだよな」    葵の言葉に誠が小さく頷いた。  誠の言うウルフ族の件とは、ウルフ族の中で起こっている争いのことだ。  狼男の属するウルフ族は、元々気性の激しい者達が多い一族ではあるが、今の長がしっかりとみんなをまとめて、穏やかに暮らしていた。  けれど、葵達が子供の頃にその平穏な暮らしに反発した一部の狼男達が反乱を起こし、ウルフ族内部で戦争が始まったのだ。 「でも、それって最近は落ち着いてたんじゃないの?」    さすがに魔界の王子としては気になるのか、悠陽が真剣な様子で誠に聞いた。  確かに悠陽の言うとおり、最近のウルフ族は冷戦状態にあり、特に目立った動きはなかったはずだ。 「それが、水面下で動きがあるみたいなんですよ」  誠が言うには、どうやら近いうちにウルフ族での世代交代があるようで、次期候補者を反乱者達が狙っているとのことだった。  でも、その肝心の次期候補者の姿が魔界で確認できないらしく、もしかしたらウルフ族の争いが人間界にも及ぶ可能性があるかもしれないから、注意しておくようにとの王家からの連絡だったようだ。 「次期候補者が人間界に来ているとしたら、それを追って反乱者が来るかもしれないってことか」 「まあ、気性の荒い狼男を野放しにするわけにはいかないですよね」    誠がめんどくさそうにそう言うと、悠陽も真面目な表情で言った。 「しばらく、夜釣りは控えておとなしくしてるかなぁ」    相変わらずマイペースな悠陽の態度に、葵は自分が気を引き締めなければいけないと決意する。 (魔界でそんな事件が起こっているなんて、個人的に悩んでる場合じゃないな。もし、王子である悠陽くんにも被害が及ぶようならお供の俺がなんとかしないといけない)    そう思った瞬間、楽屋のドアが開いて雅弥を支えた純が入ってきた。 「おはよ~」 「って、どうした? 何かあったのか?」    慌てて葵が二人に駆け寄ると、悠陽と誠もそれに続いて集まってきた。 「何でもない。大丈夫だから」    弱々しい声でそう答えた雅弥は、明らかに大丈夫そうではない。 「顔色、悪いですね。少し横になった方がいい」    誠の言葉に悠陽は座布団を枕代わりに用意して、葵と純で雅弥の身体を支えそこへと横にならせた。 「収録遅らせられるか、ちょっと確認してきます」    そう言って、誠はすぐに楽屋から出て行った。  残された葵達は弱った雅弥を前に様子を見守ることしか出来ない。 「大丈夫? ミヤ」 「熱はないみたいだけどな」    心配そうに呟く純に、悠陽は雅弥の額に手を置いて確認しながら答えた。  すると、雅弥がゆっくりと目をあけて言った。 「大丈夫だって……ただの疲れだよ」    本人はそんなことを言うが、ここまで弱るくらいに最近の雅弥のスケジュールが詰まっているとは思えない。  それどころか、連ドラが始まることに備えて仕事量だってセーブしているはずだ。 (いつもは熱があっても、気丈に仕事をこなすくせに。こんなに弱ってるミヤビ、初めて見たかも)    葵が漠然とした不安を抱えていると、楽屋のドアが開いて誠が顔を出した。 「まだ準備も終わってないから、三十分くらいなら遅らせられるって。俺はその間に変更点の打ち合わせしておくからマサくんは休んでな」 「悪い……その間にちょっと顔洗ってスッキリしとく」  そう言って立ち上がろうとする雅弥を悠陽が横から支えた。 「僕もついてくよ」 「ありがと、リーダー……すぐ戻るから」    そして、葵達にそう言うと、誠に扉を押さえてもらいながら雅弥と悠陽も楽屋から出て行った。  楽屋に残された葵と純の間に静かな空気が訪れる。 「なあ……ミヤビに何があったの?」    雅弥と一緒に楽屋に現れた純に問いかけるが、純も詳しくは知らないらしく困ったように答えた。 「俺も廊下で会っただけだから。ちょうど前を歩いてたミヤに挨拶しようとしたら、なんかフラフラしてて。そのまま崩れ落ちそうになったから慌てて支えたの」    純の話を聞く限りでは、純が雅弥を見つけた時点ですでに雅弥の具合は悪かったようだ。  一体、いつからあんな状態だったのだろうか? 「本当に大丈夫か? あいつ……」    ポツリと呟いた葵の疑問に、純も不安そうに言った。 「なんか、いつものミヤらしくないね。最近、何かあったのかな?」 (最近、ミヤビにあったこと……?)    何気なくその言葉を頭の中で繰り返した途端、葵は突然あることに気がついた。  最近の雅弥に以前と違った変化があったとしたら、あれしかないのではないだろうか。 「葵ちゃん、どうかした?」 「……ごめん。ちょっと俺も出てくる」 「えっ、ちょっと、葵ちゃん!」    驚いたように自分の名前を呼ぶ純を振り返ることもなく、葵は楽屋をあとにした。  そのまま葵の足は、たぶんスタジオにいるであろう誠の元へと向かっていた。  今すぐ、誠に確認しておきたいことがある。  もしかしたら、雅弥の体調が悪くなった原因は自分にあるかもしれない。  最近の雅弥にあった一番大きな変化とは、自分の血を葵にくれていることなのではないだろうか。  今まで吸血行為をしたことがなかった葵はあまり気にしたことなかったけど、自分達の吸血行為が人間に影響する可能性はどれくらいあるのだろう。  一回に吸う量さえ気にしていれば大丈夫だと思い込んでいたが、もしかしたらそれだけでは駄目だったのかもしれない。 (なんで、今までそんな大事なことを考えなかったんだ……俺がもう少しミヤビのことを気にかけていたら、もしかしたらこんな状態にはならなかったんじゃないのか?)  そんな考えが、自然とスタジオに向かう葵の足を早くさせていた。

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