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第17話
「マコ!」
葵がスタジオへと行くと、ちょうど打ち合わせを終えたのか、スタッフが頭を下げて誠から離れていくところだった。
「どしたの? 葵ちゃん」
あきらかに走ってきたであろう葵の姿に、誠が少し驚いたように聞いてきた。
そんな誠に駆け寄り、葵はそこがどこかも忘れて問いかけた。
「俺達の吸血行為が人間に影響する可能性はどれくらいある? マコならわかるだろ?」
「ちょっと葵ちゃん! こっち来て」
この発言には、さすがの誠も慌てたようで周りを見ながら葵の手を引っ張って、その場を逃げるように離れた。
誠に手を引かれたまま廊下の隅へと移動したところで、やっと手を離した誠が振り返った。
「ここなら平気かな……いったい、どうしたの? いきなりあんなところで吸血の話するなんて」
「ごめん! でも、それより質問に答えて。大切なことなんだよ」
最初は怒っている様子を見せた誠だったが、あまりにも葵が必死に聞くので、何かを感じ取ってくれたのだろう。
少し戸惑ったように答えてくれた。
「人間に影響する可能性って言われても……俺だってほとんど純さん相手にしかしたことないし。今まで人間相手に何か影響あったことはないよ」
「同じ人間から、複数回、吸血したことってある?」
その問いに誠は少し考えてから口を開いた。
「俺はないけど……」
「……けど?」
急に口を閉ざした誠に葵がその先を促すと、誠は少し言いづらそうに言葉を続けた。
「それって無理なんじゃないのかな?」
「どういうこと……?」
「だって、人間相手だと一回に吸いすぎると殺しちゃうでしょ? それを何回に分けたとしても、やっぱり人間の身体じゃいつまでもは耐えられないと思うし」
誠のその言葉が、葵の想像を確信へだんだんと変えていく。
本当はこんな質問をしたくない。
でも、これだけはちゃんと自分自身が知っていないといけないことだから。
そう覚悟を決めて葵は誠へと聞いてみる。
「じゃあ、同じ人間に吸血行為を繰り返したら……?」
「あくまでも予想の範囲だけど……」
そして、しばらくの沈黙のあと、誠が静かに言った。
「衰弱させて殺してしまうか……同じ吸血鬼として仲間に引き込むかのどっちかだと思う」
その言葉を聞いた瞬間、葵は自分の中で何かが崩れ去っていく感覚を感じた。
◆ ◆ ◆
『ごめん、そんなわけだから。しばらくは血をあげられないけど』
「いいって、気にするな。それよりミヤビ、お前は自分の体調を心配しろ」
電話越しに申し訳無さそうな表情で謝っているであろう相手を想像して、葵は努めて明るく答えた。
『うん、ありがと』
「じゃあな」
そう言って通話を切ると、葵はそのまま自分のベッドへと倒れ込んだ。
結局、あの後三十分遅れで収録を開始したものの個人的には散々な結果だった。
集中しようと思ってもなかなか出来なくて、みんなにも心配かけたかもしれない。
そして、収録が終わると同時に、雅弥は心配したマネージャーに半強制的に帰宅させられ、ろくに会話も出来なかった。
それを気にした雅弥が、葵へと電話をしてきたのが今だったのだ。
「自分の体調が悪いくせに、俺の血の心配なんかしてんな、バカ……」
その場にいない雅弥にそう怒ると、泣きたくもないのに目が潤んでくる。
雅弥が体調を崩した原因は葵なのに、雅弥本人はその葵の心配をしている。
(バカ……俺はお前に心配してもらえる立場じゃないんだぞ)
『衰弱させて殺してしまうか……同じ吸血鬼として仲間に引き込むかのどっちかだと思う』
もちろん、雅弥を殺すつもりなんて絶対にない。だけど……同じ仲間として雅弥といれるとしたら。
昼間、誠の言葉を聞いた瞬間、それより前に純に聞かれた質問を葵は思い出した。
『じゃあ、相手が人間じゃなくて同じ魔界の者だったとしたら? いつも一緒にいられる存在だってわかったら、葵ちゃんはどうするの?』
あの時は絶対にありえないことだからと否定していたけど、それが、もし可能であるとしたら……正直、心が揺らがなかったといえば嘘になる。
(でも、それは俺のエゴでしかないから)
葵が雅弥といたいと願うことは、人間である雅弥の存在を殺してしまうことだ。
そんなことになったら、葵は絶対に自分の吸血鬼としての能力を後悔することになる。
雅弥には雅弥のいるべき場所があって、それを自分が奪うことは出来ない。
そう考えた結果、葵はもう雅弥から血をもらうことはやめると決意した。
雅弥から血をもらう代わりに、葵は雅弥に抱かれる。
そんな契約から始まった自分達の関係は、きっとこれで終わりになるだろう。
そうなれば、プライベートで二人で会うこともなくなるし、雅弥の部屋に行くこともなくなるはずだ。
「だから……人間なんて好きになるなって言ってたじゃん」
まるで他人事のようにそう呟くと、堪えきれずに涙が溢れてきた。
きっと、もう葵が雅弥以外の生き血を吸うことはないだろう。
自分の吸血鬼としての能力よりも、人間である雅弥の生活する場所を守りたい……そう思ってしまった葵は、魔界の王子のお供としては失格かもしれない。
でも、それくらいに葵は雅弥のことを好きになっていた。
(こんな状況になって、やっと自分のミヤビに対する気持ちを認めることが出来るなんて)
誠と純みたいに、せめて雅弥の部屋に自分が通っていた証が一つでも残せないかなんて未練がましい考えを断ち切るように、葵はその夜を泣いて過ごした。
(この涙と一緒に、ミヤビを好きな気持ちもどこかへ流れていってしまえばいいのに……)
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