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第18話

「葵ちゃん、大丈夫?」 「……何が?」  いきなり純からそう聞かれ、葵は何のことだかわからず聞き返した。  今日の仕事は葵と純の二人で雑誌の撮影があり、今はセット変更の準備待ちで小休憩中だ。 「なんか痩せたな~……って」 「ドラマで減量したせいじゃない?」    葵自身は本当の理由に気づいていたが、あえて純にはそう言って誤魔化そうとした。  だけど、さすがの純でもそれでは納得してはくれなかったようだ。 「それだけじゃないでしょ。顔色も一時期に比べると、あまり良くないよ」 「ん~……大丈夫。最近、生き血を吸ってないから、そのせいなだけ」    あまりにも純が真剣に心配してくれるので、葵は観念して事実を告げた。 「えっ! せっかく出来るようになったのに?」 「まあ、色々あってね」    そう……レギュラー番組の収録以外での仕事が雅弥と重なることもなく、葵はあれ以来、何かと理由をつけては雅弥と会うことを拒んでいた。  とはいえ、雅弥への気持ちを自覚してしまった今、他の誰かの生き血を吸うなんて葵には考えられず、結局、以前の保存用の血に頼っている。 「一度、力を手に入れちゃうと、なかなか前の体質に戻るのって大変なのな~」    あまり真剣な空気にならないように笑いながらそう言った葵を、純が複雑そうな表情で見つめている。  そして、純が何かを言いかけて口を開いた時、葵の目の前で着信を知らせる光が見えた。 「ごめん、電話……もしもし?」 『……もしもし、葵くん?』    純からの追求を逃げるために名前も確認せずに出てしまい、聞こえてきた相手の声に葵は少し後悔した。 「あ~……ミヤビか」 『うん。今、仕事?』 「おう」    なんとなくお互いにぎこちない雰囲気が電話越しにも伝わってきて、葵は短い返事しか返せずにいた。 『最近、レギュラーもないしさ……全然、会えてないよね? 俺達』 「そうか? まあ、そのうちな」    確かに以前は血を貰うために頻繁に会っていたことを考えると、雅弥の指摘はもっともだった。  でも、あえてそのことには気づいていない振りをして葵が答えると、さすがに雅弥も何かおかしいと気づいたのだろう。強い口調で責められた。 『そのうち、そのうちって……いつになったら会えるの?』 「……だから、予定が落ち着いたら」 『もう二週間だよ!』    平静を装って答えようとした葵の言葉は雅弥に食い気味に遮られる。 「まだ二週間だろ」    そう、雅弥に会わなくなってからまだ二週間しか経っていないのだ。 『「もう」だよ……ねえ、少しだけでも時間ないの? 血を飲むくらいだったら……』 「別に平気だって、どうせ来週には仕事で会うだろ」    その葵の言葉に、雅弥が小さく呟いた。 『つまりそれって、来週までは会わないってこと?』    どこか寂しそうに聞こえる雅弥の声に、葵は少しドキッとしてしまった。 『その間、葵くん血を飲まなくて平気なのかよ? せっかく、力が安定してきてたのに』 「……ちゃんと飲んでるよ」 『え……?』    葵の答えた一言で雅弥が驚いているのが、電話を通して伝わる。 「せっかくミヤビのおかげで吸血行為出来るようになったんだからな、力は維持しとかないと」    何も言わない雅弥との間に流れる気まずい空気を断ち切るように、葵はわざと明るい口調で言った。  その言葉で、隣に座っていた純が驚いた表情になったのが視界の端に見えた。  もう、目の前に純がいて、自分の声が聞こえていることとかなんて気にしていられない。  今は、とにかく雅弥との会話を終わらせたい。これ以上、雅弥の声を聞いていたら、自分は冷静でいられなくなる。 『何だよ、それ……俺以外から血を貰ってるってこと?』 「……そうだよ」    いきなり不機嫌になった雅弥の声に、少し怯みながらも葵は動揺を隠して答えた。  すると、さらに強い口調で雅弥に怒鳴られる。 『俺にはそのうちとか言っておきながら、そいつとは会ってるってどういうことだよ!』 「そんなの俺の勝手だろ! 別にお前から血を貰わなくたって俺は平気なんだ」    年下から怒鳴られたからか、それとも自分の気持ちを全くわかっていない雅弥に対しての怒りだったのか……どちらかはわからないが、葵は無意識のうちに怒鳴り返していた。 (だって……何だよ、その言い方。まるで俺が浮気して責められてるみたいじゃないか。お前はそう言って俺を責めるけど、俺がこのまま吸血行為を続ければ、お前を殺してしまうんだぞ! そうまでして、お前から血なんて貰いたくないよ)    自分達が会うのは血を貰って身体を与えるため……その血を貰う必要がなくなった今、自分達が会う理由もない。  今までお互いに干渉せず、誰と会おうと何も言わなかったのに、いきなりそんなこと言い出すなんて……自分達はそんな恋人みたいな関係じゃなかったはずだ。 「葵ちゃん!」    さすがにこれ以上は周りのスタッフに聞こえると思ったのか、純が心配した様に葵の名前を呼んだ。  そのおかげで、頭に上った血が一気に下がり、葵は少し冷静さを取り戻せた。 「……とにかく、そういうことだ」 『ちょっと、葵く……!』 「もう休憩終わるから。じゃあ」    雅弥が何かを言いかけていたがそれを無視して葵は通話を切り、そのまま電源も切ってしまった。 「…………」 「……葵ちゃんの相手って……ミヤだったんだね」    黙ったままの葵に、純が言いづらそうに小さく聞いてきた。 「はは……バレた? まったく、身近ですませ過ぎだよな、俺も」 「でも、前に葵ちゃんが言ってたパートナーのことだけど、ミヤなら……」 「ああ、もうミヤビとのことは終わったから。おっ、そろそろセット変更終わるかな~」    これ以上、雅弥の話をしていたくなくて、葵は一方的に話を切り上げると最終チェックをしているカメラの方へと移動してしまった。  そして、その後に再開された撮影を、葵はいつになく明るく笑顔で無駄に動いてポーズをとった。  そうでもしないと、さっきの雅弥との会話が頭の中に蘇ってきそうで怖かったからだ。

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