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第19話
撮影や着替えを終えて葵と純がスタジオから出ると、外はすでに夜になっていた。
「おっ、今夜は満月か~」
「結構、明るくて綺麗だね」
空に大きくその存在感を出している丸い月を見上げながら葵が言うと、隣りで純も同じように見上げながら言った。
空気が澄んでいるせいか満月ははっきりとしていて、純の言うとおり月明かりがとても綺麗に感じられた。
ついそのまま二人で足を止め、その満月に少し見惚れてしまう。
結局あの後、何を言っても無駄だと思ったのか、純が雅弥の名前を口に出すことはなかった。
いつまでも隠すことは無理だけど、もう少し、自分の中で雅弥とのことを整理させて欲しい葵としては、その純の態度に甘えさせてもらうことにした。
「葵ちゃん、何で帰る? 俺、この後、打ち合わせあるからマネージャーに車で送ってもらうけど」
しばらく満月を見つめていた後、ふと純が聞いてきた。
「ん~……そうだなぁ」
一瞬、自分もマネージャーに送ってもらおうかと迷ったが、葵は少し一人になりたい気分でもあった。
「とりあえず大通りに出てタクシーでも拾うわ。ちょっと月を眺めながら歩きたいし」
葵が答えると、純は一瞬、何かを言いたげだったけれど、そのまま何も言わずに笑った。
「そっか。じゃあ、気をつけてね」
「おう。純も仕事頑張れよ」
「ありがと」
そう言うと、純はマネージャーの待つ車へと走っていく。
「はぁ……心配かけてるよな、絶対」
純の後ろ姿を見送りながら、葵はため息とともに小さくそう呟いた。
ああ見えて、結構周りに気を使う純のことだ。今だって、葵と雅弥のことを気にかけて心配してくれているだろう。
心の中で純に謝りながら、葵も大通りへと向って歩き出そうとした。
「葵くん」
いきなり名前を呼ばれてその方向へと葵が顔を向けると、そこに誰かが立っていた。
「……ミヤビ。なんで……?」
不機嫌そうな表情で立っている雅弥の姿が、月明かりではっきりとわかる。
「マネージャーに確認した。電話、繋がらねぇし」
そう言うと雅弥は葵へと近づいてきて、グイッと葵の左手を掴んだ。
「えっ、お、おい!」
驚いている葵を無視して、雅弥はそのまま葵の手を引っ張って歩いていく。
本当なら暴れてでも逃げ出したいところだが、生き血を飲まなくて貧血気味の葵には悔しいけれど雅弥に抵抗するだけの力がなかった。
どこに行くのかと思っていると、近くに自分の車を止めていたらしくその後部座席へと強引に葵を押し込み、自分は運転席に乗り込んだ。
「何すんだよ、いきなり!」
一方的な雅弥の行動に葵が文句を言うと、雅弥はシートベルトをしながら答えた。
「話がある……こうでもしないと捕まんないだろ、あんた」
「俺には話なんてない」
「そっちになくても、こっちにはあるんだよ!」
吐き捨てるように葵が一言告げた途端、雅弥に怒鳴り返された。
「…………」
少しの間、バックミラー越しに睨み合っていた二人だったが、先に雅弥の方が顔を逸らした。
「いいから、来い」
雅弥はそれだけ言うとエンジンをかけて、車を走らせた。
そして、そのまま車が雅弥の家に着くまで、葵達は一言も会話をすることなく過ごしたのだった。
◆ ◆ ◆
車を降りてからも、葵が逃げないようにか雅弥は葵の腕を掴んで部屋まで連れて行く。
仕事終わりに血を飲まなかったせいか葵の貧血も限界がきていたので、正直、その雅弥の腕はありがたかったが、弱みをみせたくない葵は必死に平静を装って雅弥の後をついて行った。
「入って」
雅弥に促されて部屋へとあがった葵は、最後の力を振り絞り一人で中へと進み、めんどくさそうな振りをしてソファへと座り、そこに身体を預けて言った。
「で、話って? 仕事終わりで疲れてんだから手短にな」
「本当に仕事のせいかよ?」
雅弥にそう聞かれて、葵は答える代わりに雅弥を睨みつけた。
すると、それを真っ直ぐに受け止めた雅弥がさらに言葉を続ける。
「そんな顔色でふらついて、ちゃんと生き血飲んでるなんて嘘だろ」
「嘘じゃねぇよ。ちょっと会えなくて、間が開いただけで……大丈夫だ」
「だったら、そこから立ち上がって俺の所まで来てよ。大丈夫なら、それくらい出来るだろ」
挑戦的な雅弥の言葉に、葵は何も言わずにその顔を見つめ返した。
きっと、雅弥は葵の貧血が限界に近いことに気づいている。そして、葵に出来るわけがないとわかっていて、わざとそんな条件を出してきたのだろう。
「……」
葵は雅弥から生き血を貰わなくても大丈夫だということを、ここで証明しなければいけない。
このまま何もせずにいると、雅弥のさっきの言葉を肯定してしまうことになる。
「……葵くん?」
葵は覚悟を決めてソファへと手をつき、勢いよくその場に立ち上がった。
その途端、予想通りというべきか立ち眩みに襲われる。
「危ない!」
葵の身体がグラッと大きく揺れて慌てたような雅弥の声がしたかと思うと、強い力に両腕を引かれて、葵はそのまま身体を抱き締められた。
「何で、こんな無茶するの?」
完全に体重を預けたまま、ぼんやりと目の前を眺めていると、どこか辛そうな表情で雅弥が葵を見ていた。
その声はさっきまでの強い口調ではなく、いつもの優しい雅弥のものだった。
そして、葵の身体をそっとソファへと戻しながら雅弥が言う。
「ここまでして、そいつのこと庇う必要あるの? 葵くんがこんなになるまで放っておくような奴だよ?」
どうやら雅弥は、葵に吸血相手がいるということは信じていたようで、本気で葵を心配してその相手に対しての怒りを見せた。
「ほら、飲んで」
そう言ってシャツの襟元をずらして、雅弥が葵へと首筋を差し出してきた。
その光景を懐かしく思いながら、葵は言った。
「……いやだ」
その声は自分でも笑ってしまうくらいに弱々しいものだった。
(情けない……なに、やってんだろ、俺)
でも、もう雅弥から血を貰うわけにはいかない。自分のせいで雅弥を傷つけたくないから。
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