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第20話
「何で、そこまで我慢するんだよ。俺ならこんなになるまで葵くんを放っておかない! いつだって俺の血をあげるから、そいつじゃなくて俺を選んでよ!」
いつもの強気で落ち着いた雅弥からは想像出来ないくらい、まるで子供が親に縋るかのように必死に抱きつかれて、そう告げられた。
痛いくらいの締めつけですら、雅弥に抱かれているのかと思うと葵は嬉しくなる。
「……なんで、お前がそんなこと言うんだよ」
色々なことを自力で考えることを諦めて葵がそう聞くと、一際強く、雅弥に抱き締められた。
「葵くんのことが好きだから!」
(……え?)
雅弥の言葉を理解出来ずに葵が固まってしまうと、さらに雅弥は重ね合わせるかのように言う。
「ずっと前から、葵くんのことが好きだった……だから、吸血の話を聞いた時はチャンスだと思って。今まで黙ってて……ごめん」
(ミヤビが……俺のことを好き? 本当に? ただ先輩として慕ってくれてただけじゃなくて……)
雅弥の腕に抱かれながら、だんだんと言葉の意味が自分の中へと入り込んできて、葵の瞳からは知らないうちに涙が溢れてきた。
自分が雅弥を好きなように、雅弥も自分のことを好きだと言ってくれる。本当なら、ものすごく喜ぶべきなのに……。
「好きだから、葵くんのためになりたいんだ。俺の血で葵くんが元気になるなら、いくらでもあげるから」
「……いやだ、いらない……何があっても、お前の血だけは飲みたくない」
頑なに葵が拒否し続けると、雅弥の表情が悲しそうなものへと変わり、葵自身も胸が締め付けられるようだ。
「……俺、そんなに葵くんに嫌われてたんだ。他に相手がいるのに、あんなふうに抱いてごめんね」
今にも泣きそうな声で雅弥に謝られて、葵は耐え切れずに叫んでいた。
「違う! 俺が血を貰ったのも、抱かれたのもお前だけだ。他の相手なんかいない」
「葵くん……」
出来ることなら『他に相手がいるから』……これを押し通した方が、雅弥も未練なく葵のことを忘れられるはずだとわかっている。
人の心を弄んで最低だと、雅弥に責められてもいい。
(それなのに、お前はそんな俺に謝って、自分のことを責めるから)
これ以上、雅弥の心を傷つけたくなくて、葵は全てを隠さずに話す覚悟を決めた。
「……お前が俺を好きだってのも、血をあげたいって言ってくれるのも……本当はすっげぇ、嬉しい。でも、これ以上、お前に吸血行為をすることは出来ない」
「他に相手がいるわけじゃないんでしょ?……それで、俺から血を飲まないでどうするの?」
わけがわからないと言ったように少しイラつきながら雅弥が聞いてくるのにたいして、葵は笑って答える。
「どうするも何も、前に戻るだけだ。お前に貰う前は元々、買ってたんだから」
「せっかく吸血鬼としての力がついてきてたのに……なんで、そこまでして拒否するの?」
「……お前、少し前に体調崩したことあるだろ? あれ……俺のせいなんだ」
いきなりの葵の告白に雅弥が驚いたように聞き返してきた。
「どういうこと?」
自分の吸血鬼としての行動が、雅弥の身体に悪影響を与えた……こんなこと、なるべくなら雅弥本人には知られたくなかった。
(でも、これを伝えないと、お前はきっと俺を諦めてくれないから)
「やっぱり人間相手に吸血するには、色々と難しくてさ……特に同じ人間からずっと吸血するのは危険みたいで。もしかしたら相手を殺しちゃうか、俺と同じ吸血鬼にさせちゃう可能性が……」
葵の説明を、雅弥は真っ直ぐに葵を見ながら黙って聞いている。
その視線に耐えられなくて、葵は雅弥の視線から逃げるように俯いてしまう。
「俺、お前にそんなことしたくない。好きだから、俺のせいでお前を変なことに巻き込みたくないんだ」
「葵くんっ!」
勢いで言ってしまった葵からの告白に、雅弥が驚いたように葵の名前を呼ぶ。
雅弥のことが嫌いだから拒否するんじゃない。好きだからこそ、自分は雅弥の想いは受け入れることが出来ない。
「だから……俺はもうお前から血は貰えない」
そう言った途端、葵の目に涙が溢れてくる。
なんで、自分は吸血鬼なんだろうか。
こんな力さえなければ、男同士なんて壁くらい自力で乗り越えて、雅弥の気持ちに応えられるのに。
雅弥と同じ人間なら、ずっとそばにいることが出来るのに。
(魔界を捨てられない俺には……無理だ)
「葵くん、大丈夫だから」
必死に涙を堪えようと黙ってしまった葵に、雅弥が落ち着いた声でそう言ってきた。
「何が大丈夫なんだよ!」
自分はこんなに悩んで苦しんでいるっていうのに、そんな一言で誤魔化そうとする雅弥に腹が立って、葵は怒鳴り返していた。
だって、何に対して大丈夫だなんて言うのだろうか。
(人種が違くても恋愛は出来るってこと? 俺なら大丈夫だから血を飲んでってこと? 何を根拠にそんなこと言えるんだよ!)
雅弥を吸血鬼にするわけにはいかないから、葵が魔界に帰る時が来ればどうしたって二人は別れなきゃいけない。
それどころか気をつけて吸血をしたとしても、雅弥を殺してしまわない保証なんてどこにもない。
そんなリスクを冒してまで雅弥と恋愛なんて、葵には怖くて出来ない。
堪えきれない涙が溢れてくると、雅弥の手が優しく葵の両肩へと置かれる。
その行為に甘えてしまいそうな気持ちを振り切るように、葵は雅弥の腕から逃げようと足掻く。
「俺に吸血鬼としてこれ以上、後悔……!」
「狼男だから!」
後悔させるな……そう叫ぼうとした葵の言葉は、強く葵の両腕を掴んで言った雅弥に止められた。
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