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第5話
雪染先輩に弄ばれるようになって、一ヶ月が経とうとしていたある日……サッカー部のコーチが、衝撃的な宣言をした。
「秋季大会、一年生からは織戸を出す」
試合のスタメン入りだ。
(俺が、スタメン?)
その日の練習は、いつも以上に気合が入ってしまった。
部活動が終わり、部員が下校していく中……俺は一人、グラウンドでドリブル練習を続ける。普段は走り込みや筋トレをしたりするけれど……今日は何となく、ボールに触れていたい気分だった。
練習は、人の倍以上している。その努力を認められたのか、実力があると思われたのかは分からない。
理由は何でも、スタメン入りすることは……夢だった。
こういう時……浮かれたうえで、ミスをする。それはお決まりの展開だ。
……だけど。
(浮かれるなって方が、無理だよなぁ)
調子に乗っていると思われないよう、努めて冷静に振る舞っていたけれど……一人になると駄目だ。浮かれた気持ちを静める為に、あえて過酷なドリブル練習をしてみるも……頭の片隅に喜びがチラつく。
その時だった。
「織戸クン、やっほ~」
予想外の来訪者に、ボールがあらぬ方向へ転がっていく。
慌ててボールを回収した後、声がした方を振り返った。
「雪染先輩、お疲ー―えッ!」
――そこに立っていたのは、女子の制服を着た雪染先輩だ。
「ハハッ! マヌケ面~」
青みがかった長い黒髪は、赤いリボンで二つに結ばれている。確か、ツインテールとかいう髪型。歩く度、フワフワ揺れている。
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべているけれど、そこに立っているのは……俺が恋したユキちゃんだ。
「ど、どう、どうしたんですかっ?」
分かり易いくらい動揺している俺を見て、雪染先輩は満足そうに笑う。
「からかいに来たっ」
そう言ってから、挑発するようにスカートの裾を摘まむ。
「スタメン入りしたんだろ? さっき、アイツに聞いた」
キャプテンのことだろうか。教室かどこか、すれ違いざまに会話したのだろう。
「いつも練習頑張ってるもんな? 良かったじゃんか!」
「あ、ありがとうございます……っ」
「おっ、素直~」
素直も何も、好きな顔にそんな言葉を言われたら……浮かれて当然だ。
俺の反応が楽しいのか、雪染先輩は俺に近付き、小さな声で囁く。
「試合に勝ったら、ご褒美あげよっか?」
甘い言葉と、意地の悪い笑みは……呪文のようだった。
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