5 / 12

第5話

 雪染先輩に弄ばれるようになって、一ヶ月が経とうとしていたある日……サッカー部のコーチが、衝撃的な宣言をした。 「秋季大会、一年生からは織戸を出す」  試合のスタメン入りだ。 (俺が、スタメン?)  その日の練習は、いつも以上に気合が入ってしまった。  部活動が終わり、部員が下校していく中……俺は一人、グラウンドでドリブル練習を続ける。普段は走り込みや筋トレをしたりするけれど……今日は何となく、ボールに触れていたい気分だった。  練習は、人の倍以上している。その努力を認められたのか、実力があると思われたのかは分からない。  理由は何でも、スタメン入りすることは……夢だった。  こういう時……浮かれたうえで、ミスをする。それはお決まりの展開だ。  ……だけど。 (浮かれるなって方が、無理だよなぁ)  調子に乗っていると思われないよう、努めて冷静に振る舞っていたけれど……一人になると駄目だ。浮かれた気持ちを静める為に、あえて過酷なドリブル練習をしてみるも……頭の片隅に喜びがチラつく。  その時だった。 「織戸クン、やっほ~」  予想外の来訪者に、ボールがあらぬ方向へ転がっていく。  慌ててボールを回収した後、声がした方を振り返った。 「雪染先輩、お疲ー―えッ!」  ――そこに立っていたのは、女子の制服を着た雪染先輩だ。 「ハハッ! マヌケ面~」  青みがかった長い黒髪は、赤いリボンで二つに結ばれている。確か、ツインテールとかいう髪型。歩く度、フワフワ揺れている。  ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべているけれど、そこに立っているのは……俺が恋したユキちゃんだ。 「ど、どう、どうしたんですかっ?」  分かり易いくらい動揺している俺を見て、雪染先輩は満足そうに笑う。 「からかいに来たっ」  そう言ってから、挑発するようにスカートの裾を摘まむ。 「スタメン入りしたんだろ? さっき、アイツに聞いた」  キャプテンのことだろうか。教室かどこか、すれ違いざまに会話したのだろう。 「いつも練習頑張ってるもんな? 良かったじゃんか!」 「あ、ありがとうございます……っ」 「おっ、素直~」  素直も何も、好きな顔にそんな言葉を言われたら……浮かれて当然だ。  俺の反応が楽しいのか、雪染先輩は俺に近付き、小さな声で囁く。 「試合に勝ったら、ご褒美あげよっか?」  甘い言葉と、意地の悪い笑みは……呪文のようだった。

ともだちにシェアしよう!