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第6話

 秋季大会まで、残り三日……スタメン入りを告げられてから一週間が経った。  雪染先輩は演劇部の練習が終わった後、居残り練習をしている俺の元に毎日通い詰めてくる。女子の制服を着て、だ。今日も例外ではない。 「織戸クン、頑張れ~っ」  グラウンドを走り込んでいる俺に向けて、少しだけ高めの声を意識しているのか……普段より若干可愛らしい語調で、エールを送ってくれる。  深く考えず、目の前で起こっていることだけを見たら……かなりいい雰囲気だろう。好きな子が自分の為だけにエールを送ってくれているのだから。  動く度に揺れる髪とスカート……メチャクチャ、可愛い。笑顔を見ると、ドキドキする。  グラウンドを二十周走り終わると、雪染先輩がツインテールを揺らして近付いてきた。 「そんなにご褒美が欲しいのか? ん~?」  タオルを差し出してくれる雪染先輩は、まるで女子マネージャーのようだ。  大会でいい成績を残したいのが、練習を頑張る理由だった。だけど、こうして毎日ユキちゃん――雪染先輩を見ていると……下心が芽生えてもおかしくないだろう。  健全な男子高校生が、好きな子に『ご褒美』と言われて……エロいことを考えないわけがない。断言しよう。  最近の俺は、どうにもおかしかった。ユキちゃんの正体は雪染先輩という【男】だと気付いている。なのに、ついつい目で追ってしまうのだから。 「ご褒美って、具体的に何をしてくれるんですか?」  こんなことを訊いてしまうくらい、俺はおかしいの極みに達していた。  タオルを受け取ってから質問を投げかけてきた俺を見上げて、雪染先輩が不敵に笑う。 「好きなコスプレでもしてやろっか?」 「それだけ、ですか?」 「へ?」  ツリ目が、丸くなる。キョトンとした表情とは、きっとこのことだろう。 「あ、いやっ! スンマセンッ!」  慌てて謝罪の言葉を口にして、頭を下げる。  ……暫く経っても、雪染先輩は何も言わない。 (もしかして……物凄く、引いてる?)  恐る恐る顔を上げる。  ――今度は俺が、目を丸くした。 「……勝ってもいないのに、欲張るなっつの……っ」  悪態を吐き、唇を尖らせた雪染先輩の頬が……ほんのり、赤く染まっていたのだから。

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