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第4話

「季兄さんが…?」  漸く迎えた木曜の夜。  僕は積もり積もった季兄さんへの疑問を打ち明けた。それを聞いた夜鷹兄さんが、怪訝そうな顔で僕を見る。そして暫く黙り込んだかと思うと、徐ろに口を開いた。 「悪いな、鶫。俺はこの家から出たことが殆んど無いだろう? だから、兄弟がどう関わることが正解なのか、正直俺にも分からない」  そうして夜鷹兄さんは一度言葉を切ると、思い詰めた表情でもう一度「でも、」と言葉を零した。 「この家が普通でないことは確かだよ」  僕はひゅっと喉を鳴らした。 「兄さん、それじゃあ僕は…」 「鶫」  夜鷹兄さんの重々しい声が畳の上に落ちる。 「拒絶を起こす気持ちも、嫌悪を持つ気持ちも分かる。だってそれは、きっと本能だ。…だが、悪いことは言わない。この家に…季兄さんと千鶴には逆らわないほうがいい」 「夜鷹兄さん…?」 「俺とお前はどこか似てる。だからこそ俺は…お前が心配だよ」  そう言って俯いた夜鷹兄さんに、僕は何も問うことができなかった。  そのまま自室に戻り畳の上に仰向けになると、先ほど夜鷹兄さんに言われた言葉を思い出す。 『季兄さんと千鶴には逆らわないほうがいい』  その意味だけは、深く追求せずとも分かる気がした。  普段から近寄りがたく思われがちな季兄さんと比べ、千鶴兄さんには北大路家の人間にはあまり見られない緩さがある。いつも笑顔で、一見人当たりが良いように見えるのだ。けれど、深く近づこうとすれば直ぐに分かる。彼は、季兄さんよりも強い拒絶のオーラを纏っているから。  ふたりを怒らせることが得策でないことは明らかで、夜鷹兄さんの言う意味もわかる。けど、気になったのはそのあとの言葉だった。 『俺とお前はどこか似てる。だからこそ俺は…お前が心配だよ』  夜鷹兄さんは、僕の何を心配しているのだろうか? 兄たちに逆らい、僕が叱られることだろうか? ただそれだけのことで、あんな顔をするだろうか…。  俯いた兄の表情を思い出す。それは酷く暗く、何かを深く恐れている顔だった。 『鶫、』  部屋を出る間際、夜鷹兄さんが絞り出すような声で僕を呼び止めた。 『この世には、逆らえないはずの運命に逆らえる奴がいる。変えられない運命を、変えてしまえる奴もいる。それが、季兄さんと千鶴だ』 『え…?』 『鶫…、頼むから目の前にある運命に惑わされないでくれ』  お前が傷つく姿は見たくない。そう言って今度こそ夜鷹兄さんは口を噤んだ。  夜鷹兄さんは、季兄さん達の何かを知っているのだろうか。  この僕が、まだ知らない何かを。  遠くでひぐらしが鳴いていた。  その鳴き声は、いまの僕を酷く不安にさせた。  ◇ ◆ ◇  “運命”とは、避けられぬからこそ“運命”なのだと、そう思い知ったのは僕か、それとも。 「僕…好きな人ができたんだ」  それを聞いた夜鷹兄さんが、夕食の盆を受取りそびれ息を呑んだ。 「それは…大学の?」 「うん」 「性は?」 「……オメガ」  ふたりの間に、酷く重苦しい空気が流れた。 「相手は“運命”、なのか…?」  夜鷹兄さんがいつになく心配そうな表情を見せた。きっと彼は、違うと首を横に振って欲しいに違いない。けれど僕は、それを裏切り首を縦に振った。 「そのこと、季兄さんには」 「言ってない。言えるわけないよ…」  運命は、すぐ近くに落ちていた。  大学の中庭にある芝生の広場。そこに植えてあるコブシの樹の下に“彼”は居た。  僕と大差ない身長と体格、そして同じ性別。それでも、豊かな緑をつけた樹の下に立つ彼は、アルファである僕より幾分も儚げに見えた。  声をかけたわけでもないのに、自然と互いの視線が絡まり呼吸が止まる。まるでこの世界にふたりしか存在しないかのように、穏やかな静寂が産まれ、僕らは…。  父や兄が忌み嫌っていた運命。だがそれは、僕の視界にキラキラと星を散りばめ世界を鮮やかに彩った。 「とても綺麗な人なんだ。僕なんかには勿体無いくらい、凄く綺麗で…」 「でも鶫…」 「分かってる、季兄さんは絶対に許してくれない」  例えどんなことが起きようとも、季兄さんがオメガを受け入れる未来など無いと、期待するだけ無駄なことなのだと。そんなことは、僕自身が痛いほどこの身で感じてきたことだ。けれど運命の番との出会いの素晴らしさを知ってしまった今、それを簡単に諦めることはとても困難だった。 「僕が彼を守ってあげたい。幸せにしたいんだ」  夜鷹兄さんが大きく息を吐いた。 「悪いことは言わない、諦めたほうが良い」 「どうして? どうしてそんなこと言うの…? アルファがオメガを求めるのは本能なんだよ?」  父がオメガを嫌う理由は分かる。兄がオメガを嫌うのも理解できる。だけど、それと僕とはまた別の話ではないのか。 「大学に入るまでは疑いもしなかった。オメガはアルファを脅かす癌なんだって、そう思ってきたから」  でも違っていた。  オメガもアルファも、ベータだって関係ない。誰もがその枠を飛び越え学ぶことができるし、恋だってできる。絆を築くことができるのだ。 「そんな中で、僕は“運命”に出会ったんだ。たったひとつの“運命”なんだよ。…この運命に逆らいたくない。僕、季兄さんに話すよ」 「鶫!?」  立ち上がった僕に夜鷹兄さんが悲痛な声をあげる。分かっている、季兄さんにだけは言うべきじゃないということは。  だからこそ僕は、この気持ちを夜鷹兄さんに打ち明けた。季兄さんでも、千鶴兄さんでもなく、夜鷹兄さんなら僕の気持ちを理解してくれると信じていたから。  オメガを頑なに拒んだアルファの過ちから生まれた夜鷹兄さん。  酷い仕打ちで実母を亡くし、義母の気を狂わせたと実の父からも、兄からも恨まれ。こんな小さな部屋に閉じ込められて生きるしかない、この家一番の犠牲者であるオメガ。  そんな夜鷹兄さんだからこそ、この家の中で僕を理解してくれる唯一の人だと思っていた。  アルファがオメガを受け入れることの素晴らしさを、受け入れられることなく生きてきた彼だからこそ分かってくれるはずだと、喜んでくれると、そう思っていたのに。 「運命は、受け入れる為にあるんでしょう?」  再び呼び止めようとする声を無視して、僕は夜鷹兄さんの部屋から外へ出た。  きっと、季兄さんに隠し事をすることは難しい。僕が運命を手にしたその時、彼は誰よりも早くそれに気付くだろう。そして隠していた分余計に、僕を責め立てるに違いない。だったら。 「始めから向き合うしかないじゃないか」  夜鷹兄さんが止めた本当の意味も分からぬまま、僕は。  自ら望んで、  運命の崩壊へと歩み進む――――

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