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第4話

     番からほのかに香る桃に、魚月は顔を顰めじとりと山茶花を睨みつける。 「――悪趣味ですよ」 「俺は番の体液全てが糧となるからな、俺好みの味にして何が悪い」 「父さん、ぼく、変な匂いがするのですか……?」  魚月に抱きついていた番が顔をあげ、不安そうに魚月を見上げる。山茶花を睨んでいた魚月は途端に “親の顔” になる。 「そんなことはない、甘くて……いい香りだよ」  安心させるように頭を撫で、魚月は番を離す。  父の言葉にホッとした番は次に魚月の隣にいた片割れに飛びつき、そのまま自分の部屋に片割れを連れていった。 「……あの子には番は産まれていないんですか?」 「そうなんだよ、ちょくちょく病院に見に行ってはいるんだけどね、同じ匂いをした子はいないんだ」 「オレにはその匂いとやらはまったくわかりませんが」 「匂いは造血鬼の方がわかるみたいだよ」 「普通逆じゃないんですかねぇ」  魚月の言うことには、山茶花も同意だ。  血を与えられる方の吸血鬼が番の匂いに敏感の方がしっくりくるというのに、実際は番の匂いや血の匂いには造血鬼の方が敏感だった。 「麻生の匂いは、いまどうなんです? だいぶ桃の香りがすると思うのですが」 「うん? んー、そうだねぇ……。まあ、確かにだいぶ桃の香りが強いけど……でも、今でもサンザカと同じ匂いがするよ」 「そうですか」  自分の好物の香りに染め上げるのは楽しいが、やはり番として同じ匂いがするのは嬉しいものだ。  番はよく「山茶花さまの匂いがとても好きです」とよく言っている。彩入曰く「造血鬼にとって番の匂いは目印のようなもの」らしく、不思議とそれは造血鬼が好む匂いになるらしい。  番は山茶花が好む桃の香りがして、山茶花は造血鬼である番が好む香りがしている。 「…………」 「うわ、見てください彩入さん。山茶花さん凄まじい顔してますよ」 「本当だねぇ。あれ、麻生に見せたらだめな顔だねぇ」 § § § § 「真魚はまだ、番が産まれてないの?」 「そうみたい。麻生はいいね、産まれてすぐに番がいて」  片割れは麻生のお気に入りのぬいぐるみを腕に、しょんもりとした表情をする。 「番の血は美味しいって、父さんが言っていたんだ。……でも、今ぼくに血をくれている造血鬼の血もね、すごく美味しいんだよ」  ぱっと表情を明るくし、伽藍の家に勤める片割れの世話係について楽しそうに話し出す片割れに、麻生も自然と表が柔らかくなる。  離れて暮らすことになってしまったが、山茶花は頻繁に家族に会わせてくれる。そのおかげで片割れのとも普通の兄弟らしく接することができている。 「その造血鬼にね、ぼく思わずお嫁さんになってくださいって言っちゃったんだ」 「わぁ、真魚大胆だね」 「えへへへ。そしたらね、そしたらね、「坊ちゃまが大きくなっても同じことが言えたらよろしいですよ」って! 色良い返事を貰えたの!」 「ううん?  色良い返事かな、それ」 「いいんだよ!」 「……そっかぁ」  キラキラと純粋そのものの瞳で嬉しそうにしている片割れに、これ以上何も言うまいと麻生はただ笑うだけに留めた。    

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