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第五章 優しく激しい指に乱されて
リーンハルトは、テオドールの言葉に一瞬唖然とした。
――ここで毎日抱く? 孕むまで?
本気の言葉とは思えない。
テオドールは、オメガを性奴隷として扱うことに嫌悪しているとばかり思っていた。
リーンハルトは、彼に今の言葉を確認するように問いかける。
「な、何を……あなたが、そんな非道な真似をするはずが……」
彼が目を細め、リーンハルトをねめつけるように見返す。
「おれが、どんな人間が知りたいのか? いい方法がある」
彼がリーンハルトの腰を両手で掴むと、勢いよく持ち上げた。
「テオッ……」
リーンハルトを子供のように抱き上げると、大股で天蓋ベッドまで運ばれる。
必死で彼の肩を叩いたり身を捻って抵抗したりするが、屈強な腕は微動だにしない。
ドサリと荷物のようにベッドに落とされ、マントの裾がめくれ上がってしまう。
太ももまで露わに見えてしまい、慌てて直そうとするが、彼の大きな手が動きを遮った。
「テオドール……やめてください」
ギシリと、ベッドがいやな音を立てて軋む。
彼が片膝を立てて、ベッドに乗り上がってきた。
恐くなったリーンハルトは彼の手を払おうとしたが、手の骨が砕けそうなくらい強く握られる。
「痛い……離してください。テオドール」
「テオと呼べよ。昔みたいに」
テオドールの目には、淫靡な炎が宿っている。
「……私もあなたも、子どもではありません。何も知らなかった頃には戻れない」
くくっと、テオドールの喉が嘲笑いで震える。
「何も知らなかったのはあなただけだ。六年前おれとアルフォンスは、留学という名の人質としてこの城に来たその夜早々に、ヴェンデル国王の禊ぎによって身も心も痛めつけられた」
「……その日から?」
「そうだ」
テオドールは忌々しいと言わんばかりに口角を歪ませ、過去の嫌な思い出を淡々と語る。
「ヴェンデル国王に服従を誓いますと何十回も誓わされ、そのたびに奴の靴先に口づけることを強要された。そのあと、一晩中鞭で叩かれる。おれはそのとき十五歳で、アルフォンスはまだ十歳。体罰のようなその行為は三週間ほど続いたかな。裂けた皮膚が治らないまま鞭で打たれるので、おれとアルフォンスの背中は、いつでも血が滲んでいたよ。人質としての滞在期間は半年間だが、地獄のような苦しみだった」
「ひどいことを……」
アルヴァンは被保護国から人質として来た各国の王子王女に、まずはプライドを打ち砕くことから始めた。
城下街への視察の度に重い荷物を持たせたり、人前で靴を磨かせたり。留学という名目に、到底相応しくない行為をたびたび強いた。
リーンハルトが実際に目で見て知っているのはそれくらいで、まさか来た早々鞭で打つとは思いもよらなかった。
……いや、本当は気がついていた。
今となっては愚かなことだが、血の繋がったアルヴァンにほんの少しの常識と良心くらいはあるだろうと考えていた。
気まぐれで誰かを鞭打つことはあっても、それが長期で続くとは思ってもいなかったのだ。
アスリム公国の公子という立場の彼らにとって、それらすべて屈辱的だろう。
しかし彼らは、嫌がらせにも無体な要求にも耐え、そつのない行動を日々取っていた。
アルヴァンはそんな聡明なテオドール兄弟をいたく気に入り、一か月後には側仕えのように彼らを近くに置くことになった。
リーンハルトが表立って彼らと関わることができたのは、おそらくそのあたりからだと思われる。
しかし彼らの立ち回りが、兄たちの不興と嫉妬を買い、陰でもっと陰惨な目に会っていた。
力も発言力もないリーンハルトが表立って庇い立てできるわけもなく、いつもこっそり傷薬や食べ物を渡していた。
そんな程度で贖罪になるはずがない。
テオドールからしたら、見て見ぬふりをした共犯みたいなもの。アルヴァンや兄への不満や怨みを、リーンハルトにぶつけたいのだろう。
「申し訳ございません」
リーンハルトは俯くと、小さく呟くように謝罪した。
「なぜ、あなたが謝る?」
「あなたたちが困っているとき、何もできなかった自分が……情けなくて……」
「恥じることはない。おれは逆にそれがありがたかった。清廉なあなたに、惨めな姿を晒したくなかったからな」
「惨めなんて……そんなこと……」
彼が、ベッドに横たわるリーンハルトを囲うように、上半身を倒した。
男らしく凛々しい彼の顔が間近にくる。
「だが、あなたがおれの心を乱すから、耐えられなくなってしまった」
「テオドール……」
彼は無知で無力なリーンハルトに対し、怒っているのだろうか。
しかし表情からも声からも怒りの要素はどこにも感じられない。どちらかというと真摯で切なげな印象だ。
「テオと呼べよ」
彼の掠れた声がリーンハルトの鼓膜に入り込み、腰にズシンと落ちる。
昔の愛称で呼べずに固まるリーンハルトに対し、苦笑を落とす。
すっと自然な動きで顔を寄せると、厚みある男らしいテオドールの唇が、リーンハルトの薄い唇に重なった。
驚く間もなく、彼の舌がリーンハルトの唇を割って入り込んでくる。
「んっ……!」
これは口づけだと認識したときは、もう遅かった。彼の滑る舌が口腔内を暴れまわる。
口蓋を舌先でヌルヌルとなぞられると、背中がゾクリと震えた。
テオドールは狂おしそうに両手を広げてリーンハルトを胸の中に取り込むと、頭や肩、背中を撫でまくる。
それでも唇を離そうとはせず、ヌチュヌチュと唾液の絡む音を部屋中に響かせ、リーンハルトの口腔を蹂躙した。
「は……離し……んんっ……」
身じろぎひとつできない。身体中の骨を折られそうなほど、彼の厚い胸板と力強い腕に拘束される。
時折節くれた指で髪を梳かれ、あまりの気持ちよさに身が震えた。
もう長い間、こんな風に誰かに優しく頭を撫でられたことがない。
もとからひどい扱いを受けていたのに、ヒートを迎えてからはもっとひどくなった。
親兄弟からはあからさまに見下され、腫れもののように扱われてきた。
テオドールの腕の中は気持ちがいい。
求められていると錯覚してしまうほど熱情的に抱きしめられ、もう意識すべてを彼に持っていかれそうだ。
まるで恋人同士の抱擁。
そんな感情で胸がいっぱいになり、無意識に唇を開くと彼はますます舌を奥深くに差し込んでくる。
「んんっ……」
テオドールの舌は歯茎を左右に舐り、頬の裏を唾液ごと吸い取り、舌の裏や舌根も舐め尽くす。
リーンハルトの口内にどっと唾液が溢れ、口端から溢れ出そうになる。
すると彼がじゅるりと淫猥な音を立て、舌と唾液を同時に吸い上げた。
「ふっ……」
情熱的で淫靡な口づけに、リーンハルトの脳芯がくらくらとする。
性的なことにさほど興味のなかったリーンハルトは、自分がこんな風に舌を絡める激しいキスをする日がこようとは想像すらしたことがない。
息が出来なくて鼻がひくひくと蠢く。それを察知したテオドールが、ゆっくりと唇を離した。
「口づけは始めてか?」
酸欠で顔を真っ赤にし、はあはあと肩で息を整えるリーンハルトに、彼が面白そうな声で問いかける。
「あ、当たり前……」
テオドールが嬉しそうな笑みを見せるので、リーンハルトの心の奥がドクンと跳ねる。
こんないやらしい口づけを仕掛けておいて、なんて艶やかに、そして素敵に笑うのだろう。
「あっ……」
テオドールの魅力にあてられたのだろうか。それとも口づけが呼び水となったのか。
落ち着いたと思っていたのに、ヒートが悪化してしてしまった。
皮膚の毛穴という毛穴から、玉のような汗がどっと噴き出る。
彼のねっとりとした口づけ、魅了してやまない笑顔が、リーンハルトの身体の奥に潜む雌 の部分を刺激する。
下腹の奥がムズムズと疼いた。痛いようなくすぐったいような……いや、そんなものでは収まらない。
何か剛直なもので埋めてしまいたいくらいの、激しい痒さだ。
「うっ……ぁあ……」
「リーン?」
あまりの辛さに身を縮ませ、身体を襲う欲情をやり過ごそうとする。
だが彼がこんなにも近くにいては、ヒートを触発されるだけでどうしようもない。
「離れて……お願い……離れて……」
「何を言っている。これからだ」
「え……?」
「おれがどんな人間か知りたいのだろう? 今から十分に教えてやる」
彼は、リーンハルトにかぶせていたマントを取り払った。
戸惑うリーンハルトの腰に手を伸ばすと、シュルリと音を立ててガウンの腰紐を引き抜く。
シルクガウンを左右に開くと、女物のナイトウェアが姿を現す。
「み、見ないで……」
「いい眺めだ」
「そんなわけ……」
リーンハルトは自分が貧相な体つきで、男らしさがどこにもないことを自覚している。
そのうえ下着を着用することを許されなかったので、小さな性器が浮き出て格好悪いに違いない。
せめて腰の下あたりは隠したいと手をあてようとしたら、当然のように手首を取られた。
「隠すな。綺麗なあなたの身体を、思う存分見させてくれ」
「冗談はやめて……私の身体のどこが綺麗だと……綺麗というのは……」
彼が言葉の続きを待つように、首を傾げる。
「あなたのような……実用的な美しい筋肉が乗った手足に、厚みのある胸とか……男らしい顔とか……そういうのが男として美しいのでは……」
熱で浮かされているというのに、リーンハルトがたどたどしいながらも賛辞を口にするので、テオドールはつい噴き出してしまう。
本気の言葉を茶化されたように思えて、リーンハルトは涙目で文句を訴える。
「私は笑うようなことは、一言も……」
「ああ。わかっている。可愛い……可愛いな。リーン。駄目だ。手荒にすまいと精一杯自制していたのだが、もう無理だ」
「可愛いとか、私に適している言葉では……」
テオドールがリーンハルトの手首を、勢いよく頭の上にまで持ち上げた。
リネンのシーツに両手を縫いつけられ、恐怖で身が竦む。
片手で華奢なリーンハルトの両手首を一緒に抑えつけると、空いているほうの手で、身体を強張らせるリーンハルトをあやすように撫で擦った。
しかしリーンハルトは、ヒートで身体のどこもかしこも欲情している。
皮膚のどこを触られても総毛立つくらいに敏感だというのに、彼は一向に気にした様子もなく、撫でまくってくる。
「触らないで……」
「なぜ?」
彼が意地悪な口調でそう問うから、思わず口を噤む。
テオドールの厚みある手のひらがシフォンの衣超しに、胸のあたりを何回も左右する。
へその周囲を何往復もしたと思ったら、下腹部へと伸びてきた。
「だ、駄目……」
「勃っている」
言われてビクンと身を震わせる。
テオドールの手のひらが肌の上を滑るだけで、リーンハルトの自慢にもならない大きさの性器が勃起してしまった。
情けなくもシフォンのナイトウェアを押し上げ、先端から滲み出る汁で生地の色が変わっている。
恥ずかしくてたまらない。
オメガ性であるリーンハルトは、男の部分があまりに小さい。
幼少の頃、兄たちにからかわれイタズラされてから、ひたかくしにしてきた感もある。
「可愛いな」
テオドールまでそんなことを言う。
可愛いというのは、ここのことを指していたのかと思うと、リーンハルトのなけなしのプライドが傷つけられた気分になる。
睨み返すが、彼の視線はリーンハルトの局部に釘づけだ。
「こんな色をしていたのか。うっすら薄紅色で……小さいのに懸命に主張しているところがたまらなく可愛い」
そう言うと指のはらで、そっと側面を撫で上げた。
「ひゃっ……!」
ゾクリとした愉悦が腰から湧き上がり、背を弓なりして快感を示す。
それがいたく気に入ったのか、彼は何度もリーンハルトの棒に指を添えて上下した。
「ひっ……ぁあっ……」
リーンハルトは下肢をくねらせて、焦れた快感に抗おうと身を捩る。
その艶めかしい姿に興が乗ったのか、テオドールの指がしっかりと小さい肉棒に絡み、圧力をかけて扱いてくる。
薄いシフォンの生地など、あってないに等しい。
彼の熱を宿した手のひらの感触が、ダイレクトに伝わってきた。
「先走った液が、ダラダラと垂れ流れているぞ」
「い……言わないで……ひっ……ぁあっ……」
鈴口から溢れ出る滑った透明の液がシフォンの生地から浮き出し、テオドールの指をしっとりと濡らす。
彼はその液をわざと指にからめ、リーンハルト自身を激しく嬲った。
ヌチュッグチュッといやらしい音を立て、彼の指がより一層速く上下した。
リーンハルトは淫らな指に翻弄され、意識が遠のきそうになる。
「だ、駄目……で……る……んんっ……!」
頭の中が一瞬真っ白になった。
同時に下半身から、ガクリと力が抜ける。
リーンハルトは胸を上下させ、はあはあと荒い息を吐きながら、手の主に文句を言った。
「駄目だと……言ったのに……」
非難を込めてテオドールを見ると、彼はナイトウェアの裾をめくり上げて、直線性器に触りだした。
粘る白濁液を、シフォンや縮こまった性器から器用に剥がし、指に絡める。
手についた白濁液をじっと見つめた後、舌を差し出しペロリと舐め上げた。
「なっ……何を……! 口にするなど……」
慌てて起き上がろうとするが、まだ両手を彼の手によって拘束されたままだ。
テオドールはリーンハルトの訴えを無視して、手のひらを汚しているドロリとした液体を何回も舌で掬い上げる。
「やめて……」
テオドールの指で達してしまった羞恥より、吐き出した液を彼が美味しそうに舐めていることのほうが衝撃的だ。
「お願いです。そんなこと……」
彼が見せつけるようにして舌上に白濁液を乗せ、それからごくりと喉を隆起させ飲みこんだ。
衝撃的すぎて、もう何も言えなくなる。
薄い笑み浮かべたテオドールが、ゆっくりと押さえつけていた手を離した。
ジンジンと痺れたような感覚に、すぐさま腕を動かせない。
リーンハルトは、震えながらも彼に抗議をした。
「……いいでしょう?」
「何?」
リーンハルトはようやく自由になった手で、自分の顔を隠す。震える唇で、受けた辱めに対しての文句を呟く。
「もういいでしょう。オメガをからかって遊ぶのは面白いですか……」
「どういう意味だ?」
「わ、わたしが……オメガだから……貧弱で、男としても不完全で……醜い身体をしているから面白半分に弄んだのでしょう? もうやめてください……」
「まさか。そんなわけあるか。おれは……」
「これ以上私を蔑むような真似はしないで……今まで散々そんな目にあってきたのです」
「リーン。おれは、あなたのまわりにいた連中とは違う」
両手で顔を塞いだまま、首を左右に振る。
「違いません。私を性の対象として扱おうとしている。ただのモノのように……」
「リーンハルト! 聞け、おれの言葉を」
「聞きません。あなたも、あの宰相と同じです。オメガを性奴隷にして欲望だけをぶつける卑劣な宰相と……」
「……なんだと」
彼の怒りを含んだ低い声にリーンハルトは気がついていたが、言葉を止めることはできなかった。
それだけ彼の指に達せられたというのが恥ずかしかったからだ。
腰を両側から掴まれ、ぐいと引きよせられる。
「あっ……」
強引に開かれた両脚の間に、彼が膝立ちした。
「な……」
テオドールの目が険しくなり、地獄の底から響くような声がリーンハルトの鼓膜を震わす。
「今からあなたの身体にわからせてやる。おれがあんな低俗な男と同じじゃないことをな。覚悟しろ、リーン」
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