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第六章 運命の褥

 テオドールはリーンハルトのナイトウェアに手をかけた。  勢いをつけて左右に広げると、ビリビリと衣の裂ける音が部屋中に反響する。  薄布一枚でも生地は生地だ。剥き出しになってしまうと、寒さで肌が粟立つ。  反射的に胸元を腕で隠そうとしたら、それを遮るようにもっと激しく破かれてしまった。  こうなってしまえばリーンの身体に張り付いているのは、単なるシフォンの薄生地だ。ナイトウェアの原型すら留めていない。  あっという間に布になったものすら脱がされて、裸で横たわることになる。 「やめて……」 「意地を張るな。あなたの身体は、もう情欲が抑えられないはずだ」 「……っ」  テオドールの言うとおり、リーンハルトの身体は今とてつもなく快感に弱い。  先ほど彼の手によって一回逐情し、疼きが少し和らいだと思ったのに。  なぜだか、すぐさま欲望の波が押し寄せてくる。  だからといって身体の求めるまま、目の前にある屈強な男を欲しがるわけにはいかない。  ……だって彼はリーンハルトに、いやヴェンデル王家の血筋によい感情を持っていないだろうから。 「でも、でも……あなたに抱かれるわけには……」  彼が何かに耐えるように、ぎゅっと唇を引き締めた。 「おれをこんなに誘っておいてそこまで拒否をするとは、駆け引きのつもりか」 「駆け引き……?」  言われた言葉の意味が分からないリーンハルトに、彼が自嘲気味に笑う。 「そんなことができるひとではないか」  テオドールの手がリーンハルトの膝頭を掴むと、左右に割り開いた。 「やめてっ……」  リーンハルトの下肢は彼の力に抗えない。両足を大きく開かされ、太ももの裏を押し上げられた。  股間だけでなく、その奥……後孔まで彼の黒い目に晒され、リーンハルトは羞恥で死にたくなる。 「濡れている」  テオドールの指が、開かれた両足の奥を撫で上げる。背筋がぞわぞわとして、リーンハルトの腰が浮き上がった。  性別は男でもオメガ性のものは、興奮すると後孔から分泌液を出す。  アルファの雄を受け入れるため、生殖器となる場所を自ら濡らすのだ。  オメガが性の虜、性の奴隷と言われる由縁だろう。  ヒート状態のリーンハルトも、そこがぐしょぐしょに濡れ、自分の身体が淫乱に変化していくのを自覚していた。  自分の意思ではどうにもならない。  オメガである以上、ヒートで身体が燃えたぎる以上。  はアルファを受け入れるため、淫らに形を変える――       テオドールが後孔の挿り口で指を蠢かす。ヌルヌルとくすぐったい動きをされ、腰が弓なりに反り返る。 「ひゃっ……」  ビクビクと全身が震え、耐えがたい快楽が沸き上がった。  リーンハルトは、自分の身体がこれほどまでに妄りがましくなっていることに驚きを隠せない。 「あっ……あぁ……」  きっと彼は、ヒートで淫乱になっているリーンハルトを嘲笑っているに違いない。  卑屈な思いを込め、焦点の合っていない目でテオドールの精悍な顔を見返す。  しかし彼は、四肢をリネンシーツの腕でくねらすリーンハルトを真摯な目で見ていた。  そして指の動きを止めようとしない。感じている証の蜜液をたっぷりと指に絡め、グニグニと秘孔を押し広げるように動かす。 「あっ……駄目だ。テオ……」 「何が駄目なんだ」 「おかしくなる……それ以上、そこを……」  テオドールが、驚くほど嬉しそうに笑う。 「なればいい。おれの指で乱れるいやらしいリーンが見たい」 「テオッ……!」  甘く蕩けるような声で「リーン」と呼ばれたら、もう駄目だった。  彼の指は、いつのまにか二本に増え、ヌチュヌチュといやらしい濡れた音を、部屋中に響かせていた。 「ぁあっ……やめ、てくれっ……」 「やめて、あなたの身体の熱はおさまるのか?」  おさまらない。でも痴態を見られるのは恥ずかしい。  相反する感情に翻弄されていると、彼の指がぐいと孔を伸ばすように開いた。引き攣った感触がして、思わず足をばたつかせる。  彼の顔を掠めそうになると、テオドールが足首をパシリッと掴んだ。 「行儀の悪い足だ。品のいいあなたに似合わない行為だな」 「あ、あなたがっ……へんなことをするからっ……」  テオドールはくっと口角を上げて薄く笑うと、指を奥深くに進める。  身体を割り拓かれる感覚に、白い喉元を晒して嬌声を上げた。 「仕方ないだろう。ここを緩めないと、おれのものが挿入できないからな」 「そ、挿入……?」  驚愕で彼を見返すと、にやりと不敵に笑われる。 「そうだ。おれの、これを……」  テオドールの手が、リーンハルトの足首から手に移動した。そのまま彼の股間へと誘導される。 「っ……あ……」 「挿れるんだからな。狭いと苦しいだろう。事前に濡らして広げておかないとな」  心臓がバクバクと唸っている。内臓を通って鼓膜にまで響いている。  もう破裂してどこかへ行ってしまいそうだ。  昂ぶったテオドールの男性自身を、手のひらで掴んでしまうなんて……!  恥ずかしくて、このままどこかに消え去りたい心境だ。  リーンハルトがこんなに困り果てているのに、彼はぐっと指に力を入れ、強引に強く掴ませようとする。  リーンハルトの指の中で、彼の熱を持った男根がますます大きくなった。 「こんなに大きいものを……私に……? 気でも違ったのですか」 「何を言っている。あなたの、ここは……」  テオドールがヌチュヌチュと動かす指を、もう一本追加した。  人指し指と中指、そしてくすり指が後孔の壁面を引っかくように動く。 「おれを受け入れるためにあるんだ」 「は……」  傲慢を通り越して冗談かと思った。リーンハルトの秘孔は、テオドールの雄を受け入れるためにあると?  そんなわけがないだろうと彼の目をのぞき込むと、言い返すこともできないくらい切実な色を浮かべていた。 「そろそろ頃合いか」  彼の指がぬちゅりと音を立てて、そこから抜ける。掴んでいた手首からも手を離し、上半身を起こした。  薄手のシャツをさっと脱ぎ落とす。筋肉に覆われた逞しい身体には、昔の傷跡がたくさん浮かんでいた。  テオドールはフランネルのブリーチと下穿きを一緒にずり下ろすと、隆々とした肉棒を取り出す。  リーンハルトの喉が恐ろしさで、ひゅっと鳴る。  彼の雄は太く長く、生命力に満ちあふれていた。  天へ向かって伸びる先端はてらてらと赤黒く光り、くびれた部分にはしっかりとした段差がある。  幾筋も血管が浮き、裏筋のあたりにはどっしりとした塊があった。  ブリーチ越しでは、ここまで大きいと思わなかった。  驚きで固まるリーンハルトの腰を掴むと、ぐいと強固な力で自分の方へと近づける。  突然の行為に一言も漏らせないでいると、彼の腰がぐっとリーンハルトの秘孔に押しつけられた。 「やっ……」  やめてと言いたいのに、恐怖で言葉が出ない。  彼は男根の先端を、先ほどまで好き放題にいたぶっていたリーンハルトの後孔に押し込んできた。 「あっ……!」  隘路を押し拓くように、固いものが挿入してくる。鈍い痛みが後孔から体内を通って腰に響いてきた。  思わず腰を引き上げ、その硬くて質量のある彼のモノから逃れようとしたとき。  腰を掴んでいたテオドールの手が、今度は尻を掴んだ。ぐっと力を込め、逃がすまいと引きよせる。 「ああっ……いやだっ……テオドール! 離れて……」 「テオと呼べって」  こんなときにどう呼ぶかなんて、リーンハルトにはどうでもいいことだ。  だが彼には特別な意味があるのだろうか。再度同じことを口にした。 「テオと呼んでくれ。昔みたいに」  その声が耳に入らないリーンハルトは、瞼をぎゅっと閉じると懸命に首を振る。  こみ上げる痛みが辛くて耐えられそうにない。  それを拒否だと思ったのだろうか、テオドールが勢いよく腰をズンッと挿し込んだ。 「ひゃあっ……!」  そしてカリの部分で肉壁を擦るようにして腰を引く。再び荒々しく腰を挿し込むと、先端を最奥まで到達させた。  再び腰を引き、後孔壁をえぐるようにしてカリを引っかける。  それを何回も繰り返され、痛みと切なさで手足がピクピクと痙攣を起こしたように引き攣った。 「あっ……ぁあっ……」  最初はゆっくりとした動きだったが、徐々に速さを増してくる。  わざとやっているのだろうか、時折腰の角度を変えて、肉棒の先端で孔壁をゴリゴリと押してきた。  その度に鈍い痛みと圧迫感に身を竦める。  突き上げる彼の腰が小刻みなものに変わった。大きく抜き差しされるのではなく、細やかに抽送される。  数分もすると、またしても亀頭の先端まで抜けそうなほど引き、勢いよく突き刺すという行為を繰り返された。 「ひっ……ぁああっ……!」  閉じた瞼を透過して、チカチカとした星が飛び出しそうだ。  身体全体を激しく揺さぶられ、息も絶え絶えで掠れた喘ぎしか出なくなる。  もう身体をずり上げて逃れようなんて考えをなくしてしまった。  彼の手のひらも、しっかりと尻の双丘を掴み、離してくれない。しっかりと固定されたまま、彼の腰だけが激しく振られる。 「やぁっ……もうやめてっ……」 「やめられるか。ここまできて」  責め苦はどこまで続くのだろう。彼はまったく腰の動きを止めようとしない。  それどころか一定のリズムで激しく打ち付けてくる。  吐息ですらリズミカルだ。息があがりそうなリーンハルトと違って余裕すらある。 「痛いっ……やぁっ……」 「リーン。おれを見ろ」 「やっ……やっ……」 「おれを見るんだ! 目を開け」  強く言われて、おずおずと瞼を開く。目前に彼の端正な顔があり、心臓がドクンと高鳴った。 「テオ……ドール……」 「テオだ」  甘くそう囁かれ、意識せず彼の命じるまま名を呼ぶ。 「テオ……」  テオドールが満足気な表情を浮かべると、ちゅっと可愛らしい音を立てて唇に軽いキスをした。  なんの呼び水だったのか。彼がそのあと何回も掠めるようなキスを繰り返す。  チュッチュッと小鳥が鳴くみたいなキスを雨のように落とされ、リーンハルトの気持ちが少しだけ落ち着く。 「瞼を閉じるな。おれを見るんだ」 「テオ……」 「おれだけを見ていろ。わかったか?」  言い聞かせるような声色に、リーンハルトは無意識に頷く。  彼がリーンハルトの身体を屈強な腕で抱きしめると、骨が折れそうなほど力を込めた。 「ああっ……」  不思議とまったく痛くない。ぎゅうっと抱きしめられているのに、気持ちいいのだ。  こんな風に誰かに抱きしめられたことのないリーンハルトは、それだけで目じりから雫が流れ落ちる。  それを見たテオドールが、少しだけ力を緩めた。 「すまない。痛かったか?」  リーンハルトは彼の黒曜石みたいな目に向かって「いいえ」と答えた。  もっと抱きしめてほしくなり、おずおずと彼の背に手を回す。  すると彼が嬉しそうに笑った。 「いいな。それ。抱き合ったままリーンを犯してやろう」  艶やかな笑顔から発せられるひどい内容に、ほんのちょっと見せてくれた優しさはなんだったのかと問いたくなる。  彼は公言したとおり、リーンハルトをぎゅっと抱きしめたまま腰だけを動かしはじめた。  体勢からも激しい動きにならず、ゆるゆると焦れた動きになる。  先ほどまであんなに苦しかったのに、動きが弱まると物足りなくなってしまい、自らも腰を揺らす。  彼がリーンハルトの耳朶に舌を差しこむと、色気のある声を出した。 「おれの下半身に足を絡めるんだ。そうしたらもっと激しく突き刺してやる」  そう言うと、ぬちゅりと耳殻を舌で舐った。  ゾクゾクとした快楽が駆け上がり、思わず下腹に力を入れる。  テオドールが低く「うっ……」と唸るので、何があったのかと彼の頬に唇を寄せる。 「リーン……そんなに締め付けるな」  手のことだと思い彼の身体から離そうとしたら、笑いながら「違う」と返された。 「無意識か。それとも本能か。まあいい。しっかりおれに掴まっておけ」 「え……あ……?」  テオドールはそう言うと、腰を激しく振りたくった。  浅く小刻みに揺らされたかと思うと、深くえぐるように抽送する。  時折腰を回したり、角度を変えてみたりしながらも、腰は激しく動く。 「ぁっ……っ……! はぁっ……っ……」  もうリーンハルトは、喉奥から言葉が出なくなる。微かな喘ぎしか漏れず、その唇すら彼の唇に塞がれる。 「ふぅっ……んっ……んんっ……んん……!」  彼の腰が最高潮に速く動いた。その度、ゴリッゴリッと後孔の挿り口が引き攣る。  筆舌しがたいその快感に、リーンハルトは引っかかるたび荒い喘ぎで反応した。  悦んでいると察した彼が、わざと腰をそのように動かしたので、もっとグリグリと押し拓かれてしまう。 「……ぁっ……ふぁ……ぁあああっ……」  喘ぐことしかできないリーンハルトの首筋に、彼が顔を埋める。彼の荒い息が敏感な肌を掠めると、もっと肌が粟立った。 「どうだ。おれのモノは。気に入ってくれたか」  官能で意識が乱れているリーンハルトは、何を言われているのか理解できない。  テオドールは楽しそうに笑うと「これのことだ」と囁き、腰をズンッと押し挿れてきた。 「ひゃ……ぁ……」 「いいだろう? いいって言ってくれよ」 「あ……」  この身体の内部を駆け巡る、恐ろしいまでの愉悦のことを訊いているのか。  いいのかどうかなんてわからない。ただあまりの快感に意識も身体も、もうどこかへ飛んで行ってしまいそうになっている。  何も返せずにいるリーンハルトに焦れたのだろうか、テオドールの腰が最高潮に激しく前後する。 「ああっ……いいっ……」 「リーン……リーンッ……!」  テオドールの切なげな声が、リーンハルトの名を何回も呼んだそのとき。  彼の身体がぶるりと震えた。同時に後孔に温かいものが放出される。 「あっ……」  初めて受けるエクスタシーに、リーンハルトは全身を硬直させた。腰を弓なりに反らし、胸を突き出す。  彼が離れていかないようにと、意識せず彼の下肢に足を絡ませた。  するとテオドールの楔を、しっかりとリーンハルトの肉筒が食らいつくことになり、最奥にまで彼の精液が行き届く。  注がれた後孔から身体の内部を通って、テオドールの達した証が四肢へと広がった。  それがリーンハルトの細胞ひとつひとつまで満たし、身体も心も恍惚とさせる。 「んん……」  意識が沈んでいく。忘我ですべてを置きさってしまう。  もう身体に燻る熱はおさまっていた。彼の精液で押し流されたみたいに消えていく。 「リーン……?」  切なげに名を呼ばれたが、リーンハルトはそのまま意識を失ってしまった。

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