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第十章 たとえこの身を蔑まれても

「え? 相手に? なんの相手だって?」  きょとんとするリーンハルトに、アルフォンスが懸命に訴える。 「もちろん、ベッドの相手だよ!」  年下のアルフォンスにそう言われ、リーンハルトは狼狽えるしかない。 「ベッドの相手って! 何を言っているんだ! アルフォンス……あ……」  大きな声を出したことにより、リーンハルトの脳芯がクラクラとした。眩暈でベッドに背中から倒れ込む。  それがよくなかったのか、背中がギリギリと痛んだ。鞭の傷は、どうやら本当に長く響くらしい。 「痛い……」  ゆっくりと横向きになろうとしたら、テオドールが補助の手を差しだしてくれた。 「アルフォンス。これ以上リーンを困らせるな。体調がよくなってからでいいだろう」 「ずるいよ、兄さんだけ。ぼくもリーンが大好きなのに」  ブツブツと文句を言うアルフォンスに昔の面影を見て、リーンハルトはくすっと笑ってしまった。 「リーン。笑った? 笑った顔が見たい。お願い。もう一度笑って?」  アルフォンスがベッドの脇にしゃがみ込むと、横向きの姿勢で寝るリーンの顔をのぞき込む。  目線が絡むと彼はにっこりと笑った。リーンハルトもつられて笑みを浮かべてしまう。  愛らしさは昔のままだ。誰からも可愛がられ、好かれるアルフォンス。リーンハルトは彼の天使のような微笑みに何回も救われた。  その天使は、今となってはたいそう身体がごついのだが。  アルフォンスの筋肉質な腕に、うっすらとした傷がいくつも見える。  昔、アルヴィンとヘラが振るった鞭の痕だろう。やはり皮膚に残ってしまったか。  あんなに後悔したことはない。もしまた彼らを傷つけるような輩がいたら……  そのときは全身全霊をかけて守りたい。たとえそれが血の繋がった肉親でも。  しかし今は、どうもリーンハルトのほうが守られる存在のようだ。 「リーン。覚えておいてね。ぼくもリーンを大切に思っている。あなたの苦労や困難を取り除いてあげたいんだよ」 「何を言っているの。アルフォンス。それは……私の言葉……だよ……」  どうしたことか。話している途中にも、どんどんと眠たくなってくる。瞼を開けていられない。  ケガの手当をしてもらって、スープを飲んで、フルーツを食べて……  薬を飲んで、会話をしただけなのに。 「薬と抑制剤が効いてきたのだろう。アルフォンス、部屋から出るぞ。もっとリーンを休ませたい」  テオドールが立ち上がると、瞼を閉じたリーンのためにシーツを肩まで引き上げた。 「兄さん。ぼくリーンにつき添いたいよ」 「駄目だ。まだヴェンデル王家の残党が残っている。それに一番やっかいな奴がこっちに向かっていると連絡が入った。静定より先に、そいつを倒さないと大変なことになる」 「あいつか。ぼく、直接会ったことないよ」 「おれもだ。昔も今も諸国放浪癖が抜けないらしい。噂ではかなりの猛者で、傭兵として各国の軍隊に潜り込んでは名を挙げているとか」 「それは……やばそうな相手だね」 「ああ。奴と対峙するには、おまえが必要だ」 「わかったよ。兄さん。リーンも眠っちゃいそうだし。先に軍会議を始めたほうがいいね。じゃあね、リーン。またあとで会いにくるよ」  そう言いテオドールとアルフォンスは、肩を並べて歩き出す。  沈みゆく意識の中、彼らの話す内容の破片がリーンハルトの耳に入る。  一番やっかいな奴――  それが誰だが検討はつく。この反乱で、王家で唯一難を逃れたあのひとだろう。  彼が間もなくこの国に戻ってくる。そうなると、どうなるのか。  それにアルヴィンやヘラ、兄たちは無事だろうか。殺されてはいないらしいが、安否が気がかりだ。  オメガという理由だけで放逐されたとはいえ、彼らはほんの少し前までリーンハルトの家族だった。  悪人だし、地位や権力を利用して悪辣の限りを尽くしてきたひとたちだが、死んでほしいとまでは思っていない。  このクーデターで、自分たちの強いてきた悪政について考え直してくれればいいのだが。  もしかしたら、今頃地下牢で悔いているかもしれない。テオドールやアルフォンスに謝罪することだってあり得る。  そんなことを考えていたら扉の閉まる音がした。外から鍵のかけられる音がし、部屋の中がシンと静まりかえる。  どのタイミングかわからないが、リーンハルトの意識は途切れてしまった。  §§§ 「んっ……くっ……はぁ……」  もうどれくらいの時間を、むず痒い熱に苛まれているのだろうか。  目が覚めたとき。リーンハルトの身体は、どこもかしこも燃えたぎるような熱に制されていた。  なんのきっかけもなくヒートになるなんて、自分の身体は一体どうなってしまったのだろうかと不安になる。  いや、きっかけと口にしていいのなら、それらしいのはあった。  夢にテオドールが出てきたのだ。それだけでヒート状態になってしまうなんて、リーンハルトはもう身体も心もテオドールに支配されているのだろう。  下腹の奥がむずむずとしている。何かが這い上がってくるような疼きに、意識せず上擦った声が出てしまう。 「テオ……あ……ぁ……テオ……」  無意識に彼の名前を呼ぶ。この淫靡な苦しみを助けてくれるのは、彼だけのような気がした。  だがいくら名を呼んでもテオドールどころか、誰ひとり返事をしない。リーンハルトの身体は、欲望の炎で燃え尽くされそうになっているというのに。  彼の唇と舌で、たくさん口づけをされた。大きくて温かい手のひらで身体中をまさぐられた。  そして、彼の太くて大きくて、灼熱のような棒に身体を貫かれ。  リーンハルトは、あられもなく感じてしまった。恥も外聞もかなぐり捨て、痴態を彼の前に晒してしまった。 「あっ……っ……んんっ……」  彼に抱かれたときのことを脳裏に浮かべただけで、リーンハルトの小さな性器がピクンと上を向く。  オメガ性の男は種を持たぬので、それが勃ったとしてもなんら意味はない。  それでもテオドールの肌を思い出しただけで、小さな性器はピクピクと反応する。そんな自分が心底あさましいと思う。 『ここを緩めないと、おれのものが挿入できないからな』  どこからか、そんな声が聞こえた。  空耳だとわかっていても、リーンハルトは耐えきれなくなる。  ベッドの上で四つん這いになると、腕を後ろに回し自分で自分の後孔に指を添えた。  挿入口を少し撫でただけで、腰ががくがくと揺れる。ぬちゅりと淫猥な音がし、後孔が濡れているのがわかった。 「はぁ……テオ……テオ……」 『隠すな。綺麗なあなたの身体を、思う存分見させてくれ』  幻聴に惑わされ、リーンハルトは自分の指でそこを押し拓いた。  肩をシーツにつけ尻を高く上げ、そこを執拗に慰める。 『あなたのここは、おれを受け入れるためにあるんだ』  ヌチュヌチュと濡れた音を立て、彼の言葉を脳内で反響させながら、淫らな自慰に耽る。 「ああっ……テオ、テオ……」  自分の指では、いいところに届かない。もどかしくて気がおかしくなりそうだ。  彼の長くて大きくて……どっしりとした質量のモノなら……  でもここにテオドールはいない。  切ないまでの鈍い愉悦に、リーンハルトの羞恥や矜持が取り払われる。  目線を少しだけ上げると、部屋内に異様なオブジェが多数置いてあることに気がつく。  眉をひそめるようなものしかないというのに。今のリーンハルトには、それは救いのような気がした。  よろよろとベッドから下り、震える足をごまかしながら歩く。  趣味の悪いブランコの枠棒に手をかける。  ひとり乗りのブランコは、木枠の上から伸びた二本の鎖に腰掛ける板がついており、そこから男根の形を模したディルドが伸びていた。 「ああ……」  自分が裸体でいることに感謝すらするほど、リーンハルトは焦っていた。すぐさまそのブランコの鎖を持つと、ゆっくりと腰を下ろす。  すでに濡れている後孔は、そのディルドを難なく受け入れた。      「ふぅ……んっ……!」  ギィ……とブランコが前後に軋むと足が離れ、深く後孔にそれを埋め込むことになる。  ピリピリと引き攣る痛みを押しのけ、飢えていた場所をやっと埋められたという高揚感で、リーンハルトは背を反らして愉悦を楽しんでしまう。 「あぁっ……いいっ……んん……」  しばらく淫靡なブランコを漕いでいると、そのうち物足りなくなってきた。  このディルドはテオドールのモノより小さいし、狂おしいまでにリーンハルトを求めてもくれない。 「んん……」  クプッといやらしい音を立てて後孔からディルドを抜くと、違う遊具を物色する。 「ああ……どれも、小さい……」  見回したが、リーンハルトの求める大きさ……テオドールのモノくらいに大きいディルドはなかった。  下腹部から疼きが駆け上がり、腰から四肢へと広がっていく。  もう何でもいいから早く挿れたい。  リーンハルトは壁から突き出されたいくつものディルドに指を添え、一番凶悪そうなモノを選んだ。  太くて長くて、ごつごつと突起がついているそれを、涎が出そうなほど眺めてから壁に背を向ける。  ゆっくりと、そのディルドに向かって腰を突き出した。  リーンハルトの後孔は吸い込むようにして、それを受け入れてしまう。  巨大なディルドを後孔に押し挿れた瞬間、身が竦むほどひんやりとしたが、すぐにリーンハルトの孔内で熱を宿す。  ちょうどいい位置にロープが垂れ下がっており、リーンハルトはそれを掴んで自分の身体を前後に揺すった。 「ふっ……」  ぬちゅりぬちゅりと淫らな音を立てて、腰を蠢かす。  これでもテオドールほどの圧迫感はないが、もう文句を言っていられない。  リーンハルトの発情が、限度を超えてしまっているのだから。 「ぁあっ……んんっ……」  しばらくそのディルドに酔っていたら、突然声をかけられた。 「何をしている」 「あっ……」  硬質な目をしたテオドールが、扉の前に立っていた。  悦に入ってしまい、彼が部屋に入ってきたことも気がつかなかったなんて。  恥ずかしくて消え去りたい。床に穴があったら逃げ込みたい心境で、ディルドから腰を引き抜く。  すると足がガクガクと震え、そのまま床に倒れこんでしまった。 「リーン。大丈夫か」  彼がすぐさま近寄り、リーンハルトを起こそうと手を伸ばす。  だがリーンハルトはその手を振りほどいた。 「リーン?」 「……らないで……」 「何?」 「触らないで……」  恥ずかしさのあまり、言わなくてもいいことを口にしてしまう。 「これが気に入っているのです。邪魔をしないでください」 「淫乱な身体になったものだな」  呆れたようにそう言われ、蔑まれたのだと思ってしまう。  誰のせいだというのか。  リーンハルトの身体に、あんな大きくて太くて硬いモノを突き刺し、極上の味を覚えさせておいて貶めてくるなんて。  喉から手が出るほど彼を求めてしまった自分が、ばかみたいだ。  悔しくて腹ただしくて、リーンハルトはまたしても余計な発言をしてしまった。 「ええ。淫乱です。だって……無機質なモノでもいいから、後ろに何か欲しくて堪らなくなってしまったのですから」  投げやりとも言える発言に、テオドールは嘆息する。  へたりこむリーンハルトの脇下に手を差し入れると、ひょいと抱き上げた。  彼の首筋に顔を埋める体勢になり、もっと身体の内に熱がこもる。 「駄目……触ったら……」 「おれを拒否するな」 「だって……」  ベッドに運ばれ、どさりと落とされる。  彼が片膝を乗せると、覆い被さるようにベッドに上がってきた。  恥ずかしくて彼の顔を見られない。横向きになり身を丸めて顔を背ける。  それがテオドールの気に入らなかったのか、強引に手首を掴まれ身体を彼に向けさせられる。 「あんな道具になど頼るな。おれに頼め」 「え……」 「おれならリーンハルトを恍惚へと導いてやれる」  彼はそう言うと、リーンハルトの膝頭を掴み左右に割り開いた。  黒い目に映るのは、どろどろに汚れた股間。恥ずかしくて足を閉じたいが、彼の力には敵わない。 「見ないでください……あなたに頼みたくない……」  これ以上テオドールに軽蔑されたくない。  彼に触れられたら、きっと色情におかしくなってよがりまくってしまう。  尊敬する彼にそんな痴態を見られたくない。自慰行為を見られたことですら、リーンハルトにとっては死に等しいというのに。 「おれに頼みたくないだと?」  テオドールの真摯な眼差しが、突然怒りの色に変化した。  リーンハルトは構わず言葉を続ける。 「そう。あなたに頼むくらいだったら道具でいい」  リーンハルトの手首を掴む彼の手に、ぐっと力がこもる。ギリギリとした痛みに、リーンハルトの顔が歪んだ。 「誰ならいいというんだ。アルフォンスか」  冗談ではない。太陽みたいに眩しい笑顔を向けるアルフォンスに、こんな淫靡なことを頼めるものか。  リーンハルトが何かを言う前に、テオドールの低く怒った声が落ちてくる。      「こんなところに閉じ込ているおれを憎んでいるのか」  憎む? そんなわけがない。逆だ。テオドールのほうが、こんな淫乱なオメガを厭うだろう。  リーンハルトの胸襟には、彼に嫌われるような行為をしたくないという思いしかない。 「あなたをここから出すつもりはない。憎みたければ憎んでくれ。おれはすべてを背負う覚悟だ」  少しだけ力が緩み、テオドールの顔が目の前にくる。  髪がはらりと落ち、彼の顔に深い陰影が落ちた。  疲れているのではないかと問う前に、彼の唇がリーンハルトの唇に重なる。  舌がヌルリと入り込み、リーンハルトは無意識の期待で彼の舌を迎えた。 「んんっ……」  舌が絡むヌチュヌチュとした音が鼓膜に届く。自ら身体を慰めていたせいか、口づけだけで再び淫蕩な心地になってしまう。  屈強な彼の身体の下、なまめしく身体を揺らして彼の口づけに浸った。  舌先を絡めて捏ね回したり、つつき合ったり。  お互いの唾液を交換しあったりするうちに、意識が蕩けそうになってしまう。 「ふぁ……んん……」  彼が唇を少しだけ離すと、見下すような面持ちで辛辣な言葉を吐いた。 「嫌だと言うわりに、身体は素直だな。口づけにも応えてきたし、ここも……」  彼の指が股間をすすーっとなぞる。性器の下に伸びると、そのまま後孔に指を挿し込んだ。 「たっぷりと濡れている。あなたは自分がオメガだという事実を早く受け入れるべきだ」 「……ひどい言いかただ」  涙目で訴えるリーンハルトに、テオドールは苦しそうな表情を浮かべた。 「あなたはおれの大事な奴隷。この淫乱な身体に、おれの味をとことんまで覚えさせてやる」

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