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第十一章 次こそはあなたを守ると誓う

 テオドールの心ないせりふに、リーンハルトの心がざわめく。  でも彼の言ったことはまぎれもなく真実だ。今リーンハルトは、彼を求めて心,も身体も激情で渦巻いている。  身体の奥底から、彼の雄を欲しがっていた。  テオドールの逞しい肢体、滑らかな肌、熱い吐息、独特のフェロモンが香る汗。  すべてをリーンハルトは求めている。だが相反して、彼に淫乱と蔑まれるのも恐い。  そのせめぎ合いでリーンハルトの心はもう乱れまくっていた。  彼は容赦なくリーンハルトの身体を苛んでくる。  グチュグチュと濡れた音を立てて彼の指がリーンハルトの後孔を蠢くと、身体がゾクゾクとした快感で制されてしまう。 「はぁっ……」  リーンハルトは抗いがたい愉悦に、白い喉を晒して快感を示す。  彼はその首筋に顔を埋め、器用に指を動かしながら耳朶の下に吸いついてきた。  チクチクした痛みですら、気持ちがいい。  あんなに彼に嫌われたくないと抵抗したのに、彼と少しでも肌を合わせたら、すぐにそんな決意が霧散する。 「んん……も、もう……」 「挿れてほしいのか?」  リーンハルトは自ら欲しいという言葉が言えなくて、懸命に顔を上下に振る。  テオドールは、なけなしの矜持を保とうとするリーンハルトの薄皮をあっというまに剥いでいった。 「言えよ。リーン。その可愛い口で言ってくれ。おれが欲しいと」  唇をぎゅっと閉じるリーンハルトに、テオドールが再度問う。 「言わないと挿れてやらないが、それでもいいのか」 「……だったら離れて……もう一度、あの妙な張り型を……」 「あんなもの、おれよりいいわけがないだろう」  そう言い、荒々しく指を蠢かす。  いつの間にか指は三本に増え、溢れ出る分泌液がテオドールの手首まで垂れてくる。  彼はそれを指に絡め、後孔壁に擦りつけるように動かした。  ときどきゴリッといいところを押してくるので、その度リーンハルトの腰がぶるぶると震える。 「ひゃぁっ……駄目っ……テオッ……! そこ駄目っ……もう……」 「指で一回イっとくか」  テオドールがグチュグチュと激しい音を立て、三本の指を前後させる。  軽く曲げているせいか、挿入口の浅いところをグニグニと押し潰し、それがリーンハルトを快楽の高みに押し上げた。 「ぁあっ……あああっ……」 「おれの指で達しろ。淫らに啼け」  テオドールの低くて色気のある声が、耳殻を通り越し鼓膜を痺れさせた瞬間。 「んんっはぁっ――――」  リーンハルトは手足を引き攣らせ、全身を硬直させた。子種のない小さな性器から、白濁液を放出する。  量はそれほどでもなかったが、リーンハルトの下腹をじっとりと汚してしまった。 「ぁあっ……うっ……くぅ……」  彼がわざと指を抜くときに、後孔壁をぐっぐっと押してくる。  抜ける感触が気持ち良くて、ビクビクと打ちあげられた魚みたいに身を小刻みに震わせた。  テオドールが逐情したリーンハルトを見下ろして、ふっと笑う。  分泌液でべとべとになった指で、リーンハルト自身を指で弾いた。 「素直なのは、ここだけか」 「ひっ……」  彼に触られただけで、またしてもそこがムクリと勃ちあがる。  耐えられない。彼に笑われるのも、自分の身体が淫乱だと露呈してしまうのも。  この趣味の悪い部屋から出て行ってほしい。そして思う存分、妙な道具で自分を慰める。  だが彼はリーンハルトの腰を跨ぐように膝立ちすると、トラウザーズのフロントをくつろがせた。  下穿きの奥から、昂ぶった彼自身を取り出す。 「うっ……」  欲情した雄の匂いが鼻につく。  求めていたモノが目の前にきて、リーンハルトの喉が物欲しそうに隆起した。  それは硬く太く、隆々とした血脈が浮き出て、割れた鈴口の先端が勢いよく天へと向いている。  彼の髪と同じ色の繊毛によって根元を守られているが、棒の部分はしっかりと伸び、これでもかと存在を主張していた。 「リーン。すぐに楽にしてやる。だからおれを欲しろ」 「テオ……」 「リーンから、おれを求めてくれ。頼む」  頼むとまで言われては、頑なに拒否できなくなる。 「……い」  小さな声で「お願い」と頼むと、テオドールがすぐさまリーンハルトの足首を掴み、自分の肩に乗せてしまった。尻が浮き、心許ない体勢になる。  彼は手近にあるクッションを引きよせると、リーンハルトの腰の下にそれを差し入れた。  すると、ちょうど彼の肉棒が伸びた部分に後孔がくることになる。  テオドールが腰をぐっと前へ突き出すと、ヌルリと熱棒が挿いってきた。 「ぁあっ……!」  指など比較にならないくらい、長く太く、そして熱い。  すでに緩んでいたそこは、彼の昂ぶった欲望を難なく受け入れた。  彼はすぐさま腰を振る。耐えがたい疼きが、彼のモノによって激しく擦られる。  リーンハルトは目から火花が出るほど揺らされ、たまらず彼の厚みある肩を掴む。  手のひらに、微妙に浮き上がる傷のあとの触感が伝わる。昔アルヴィンやヘラによってつけられた傷だと思うと、いてもたってもいられなくなった。 「テオ……テオッ……!」 「どうしたリーン。いいのか?」 「いいっ……お願い、もっと強く抱きしめて」 「わかった」  テオドールはリーンハルトの要望どおり、腰を小刻みに揺らしたまま上半身を倒した。  体勢がきついと思ったのか、肩に乗せられていた足は下ろされた。代わりにリーンハルトの華奢な身体をかき抱いてくる。  リーンハルトも彼の身体を抱き返した。  筋肉の乗った肩胛骨に手のひらをあてると、もっと細かい傷が手のひらに伝わってくる。  労るように撫で回す。そんなことをしたからって傷がなくなるわけでもない。  ただ悔恨が増すだけなのに。それでもリーンハルトは彼に揺らされながら、広い背中を縦横無尽に撫でた。 「リーン……リーン……」  彼が切なげに名を呼ぶ。リーンハルトも、声にならないが唇だけで彼の名を何回も呼んだ。 「テオ……テ……ぁあっ……」 「くっ……リーン……」  彼が果てる頃。リーンハルトの身体を蝕んだ欲情の疼きは、どこかへ消え去ってしまった。  あれほど道具を使っても解消されなかったのに、テオドールの雄で貫かれたら途端に気分が爽快になる。  ヒート特有のだるさや倦怠感まで、一気にどこかへ吹き飛んでしまった。  彼が腰を引いたとき、名残惜しくて無意識に下腹に力を入れた。  するとテオドールが「うっ……」低く唸る。 「……もっと欲しいのか? 求めてくれて嬉しいが……少し休もう」 「テオ……」  テオドールの肉棒がズルリと抜けていく。  その瞬間まで気持ちよくて身をぶるぶると震わせていたら、彼の身体がもたれかかってきた。 「はぁ……テオ……テオ……?」  テオドールが動かなくなってしまい、全身の体重をリーンハルトにかけてきた。  さすがにこの筋肉の塊にのしかかられると辛い。  リーンハルトは身体をずらして、彼を横向きに寝かせる。  テオドールはスースーと寝息を立てていた。 「テオ……寝たの?」  返事がない。やはり寝てしまったと判断していいだろう。  どうしたものかと彼の髪にそっと手を触れる。目の下には隈ができているし、声をかけてもなんの反応も示さない。  どうやら無防備に寝てしまっているようだ。  年相応のあどけない寝顔をじっと見ていると、六年前の彼を思い出す。  アルフォンスを守るため、名代として懸命に努めを果たそうとしていた。彼が持つ孤高の強さに、リーンハルトの心は魅惑された。 「ねえ。テオドール……私があなたをずっと好きだったと言ったら……軽蔑する? 六年前、初めてあなたを見たときから、あなたに惹かれていたと言ったら……」  彼の瞼がピクピクと痙攣したように見えたが、スースーと気持ちのいい寝息を立てているから聞こえてはいないだろう。  愛しい男の、端正で凛々しい寝顔を眺められるのが嬉しくて、つい彼の髪を撫でてしまう。  ずっと彼の奴隷でいろというのなら、それでもいい。  それほどまでに彼に恋い焦がれている。  しかしリーンハルトの思いと、テオドールの思いは違う。  こんな風に抱かれたら、彼に愛されていると勘違いしてしまう。  彼はただ、ヒートをおさめるためだけに抱いているだけだというのに……  いつか本当に愛するひとを見つけたら、これ以上の熱情でもってそのひとを抱くのだろうか。  そんな未来は見たくない。そうなってしまうのなら、死んだほうがましだ。  そのときは、彼の手によって殺してもらいたい。  だがそれまでは、愛する彼のためにできることをしたい――  リーンハルトは、ゆっくりとベッドから下りる。  ソファに、数枚の服が折りたたんで置いているのを見つけた。  シャツブラウスに細身のトラウザーズ、ジレに靴。どれもテオドール用としては小さいから、リーンハルトのために持ってきてくれたのだろう。  リーンハルトは衣擦れの音を立てないように、それを手早く身につけた。  そっと物音を立てないようにして部屋を出て、幾重にも重なったカーテンをかき分けると、謁見室の裏に出る。そこは誰もおらず静まり返っていた。  廃籍されたとはいえ、リーンハルトにだってヴェンデル王国の第四王子という矜持がある。  この反乱、これ以上の血を流さないようにしたい。  ちっぽけでなんの力もないリーンハルトにだって、できることがあるはず。 (今なら、昔できなかったことができるはず……二度と後悔したくない)  そう心に誓いながら、謁見室を走り抜けた。  §§§  足音を立てないようにして、王城の中を歩く。  思ったよりひとは少なく、どこもかしこも静まりかえっていた。  地下の牢獄へと降りる階段を、廊下の角から少しだけ顔を出し、じっと見つめる。  そこには、数名の見張りが立っていた。  やはりここには警備を敷いているようだ。リーンハルトは別の道を使うことにした。  別塔の地下へ行く階段に、見張りはいなかった。  当然だろう、誰も使っていない場所を守る必要などないからだ。  だがそこには、かつてリーンハルトの部屋があった。  リーンハルトが何においてもヴェンデル王家にそぐわないと悟ったアルヴィンは、早々に別塔の地下へと移動させた。  なるべく視界に入れたくなかったと推測される。  リーンハルトとしても、苦手な父母や兄たちと必要以上に顔を合わせたくなかったので、文句ひとつ言わず、地下の薄暗い部屋で暮らすことにした。  筆頭宰相に下げ渡されるまで過ごしていた部屋に向かうため、リーンハルトはゆっくりと階段を下りていく。  薄暗い廊下の先に、その部屋がある。そっと取っ手を掴み、中の様子を窺いながら、扉を開いた。 (鍵がかかってなくてよかった……)  冷気が頬にあたり、埃っぽさで鼻がムズムズする。  手のひらで鼻と口元を覆い、ゆっくりとそこへ足を踏み入れた。  地下だから窓はない。簡素なベッドと机と椅子。それと暖炉。  すでに私物は処分されていたので簡素なものだ。  間違っても誰かが入ることがないような部屋だから、鍵すらかけられていなかったのだろう。今は、それがありがたい。  リーンハルトは煉瓦造りの暖炉をのぞき込むと、暖炉の天井に手を伸ばす。  出っ張ったフックに指をひっかけると、下へと引き下げる。  すると暖炉の下が開き、隠し通路が現れた。  この部屋は、王族でもリーンハルトのような出来損ないにあてがわれる部屋だ。  一応は王族なので、有事の際はこの隠し通路を使って城の地下へと逃れることができる、王族にしか伝えられていない秘密の通路だ。    リーンハルトは暖炉に潜ると階段をゆっくりと下り、かび臭い隠し通路を歩いて行った。  壁は煉瓦だが、ところどころ崩れていた。時折足元をネズミが走るが、気にしてはいられない。  行き止まりと思える場所にも、扉を開ける工夫が施されている。ひとつだけ色の違う煉瓦を押すと、そこに扉が現れた。  この先は王城の地下牢だ。王族専用なので、地下牢といっても豪奢な造りになっている。  更に奥には、もうひとつ秘密の通路があって、そこから地上に出ることもできた。  鉄格子の向こう側には、大きな天蓋ベッドが置かれ、高価そうな調度品の数々。陶器の花器には花まで活けられていた。  壁が煉瓦であることと、鉄格子で阻まれているから牢屋と分かるだけで、そうでなければ単なる上質な部屋に見える。  リーンハルトは、鉄格子の部屋をひとつひとつ確認した。 「あまり変わっていないな。当然か」  実のところ、このルートを使ってこの地下牢にくるのは、初めてではない。  六年前、テオドール兄弟は何回もこの地下牢に入れられた。  その理由は、意に沿わない態度をとっただの、生意気なことを言っただの。ほとんどがヘラや兄たちの気まぐれだったり言いがかりだったりした。 その度に、こっそりと会いにきていたのだ。  リーンハルトは瞼を伏せ、そのときのことを回顧する――  §§§  六年前。リーンハルトは秘密の抜け道を使い、食べ物を持って何回も訪れた。  鉄格子の前まで来てしまえば、警備兵の目をごまかせる。リーンハルトは明け方までテオドールたちの気が紛れるようにと、いろいろな話をした。  そのときのテオドールは、アルヴィンたちの前でかしこまる彼と違い、素が出ていて年相応の少年に見えた。 「リーン。ここは寒いだろう。もう戻ったほうがいい。帰れるのか?」 「大丈夫。抜け道があるから。でももうちょっといるよ。テオやアルフォンスとお話するの好きだし」  リーンハルトの言葉に、テオドールとアルフォンスが嬉しそうに笑う。  三人は鉄格子を挟んで、地面に座り込んだ。厨房からくすねたブレッドや焼き菓子を一緒に食べ、様々な話に興じる。       夕食抜きの日もあるので、育ち盛りのふたりはよく食べた。  懸命に焼き菓子を食べるアルフォンスが、天使みたいで本当に可愛い。  アステア公国の名代として振る舞うときは「私」と称するテオドールが、リーンハルトの前では「おれ」というのが、とても好ましかった。  リーンハルトにだけ打ち解けくれているような気がして、心が温かくなる。  色々なことを話していると、先にアルフォンスがテオドールの膝に頭を乗せて寝てしまう。  鉄格子の隙間から手を伸ばし、彼の柔らかな栗色の髪を撫でる。アルフォンスは小さく「お母さま……」と呟いた。  十歳の少年が頬に涙のあとを残し、懸命に異国で耐える姿に胸が苦しくなる。 「アルフォンス……寂しいよね。でももうすぐ半年経つ。君たちは母国に戻れるよ」 「おれは……アステアに戻れるだろうか」  テオドールが暗い影を顔に落とすと、小さく呟く。 「どうして? 約束を破棄したら外交上問題じゃないか。いくら保護国でもそれはしないよ」  テオドールが俯き、スースー寝息を立てるアルフォンスの髪を撫でる。 「アルヴァン国王がおれを養子にしたいと言い出した。アルフォンスだけを戻し、おれをそのままこの国に置いておきたいと」 「……父上が?」  それらしいことを晩餐の席で口にしていたが、あれは本気だったのか。  王妃ヘラや兄たちの嫉妬の目が恐かったのを覚えている。 「おれは……悩んでいる」 「何を? まさか養子になるの? 身内の私が言うのもなんだけど……みんな性格悪いよ?」  テオドールがくすりと笑う。 「性格悪い程度ですむ連中じゃないがな。おれが首を縦に振らなければアルフォンスに害をなすと言外に言われた」 「アルフォンスを!? 弟を盾にして言いなりにさせようとしたの? 確かに性格悪いどころじゃないね。卑怯だし傲慢だよ。わかっていたことだけど」  自分のことのように憤慨するリーンハルトに、彼が手を伸ばす。  金の髪を一房摘むと、そっと自分の口元へと引きよせる。 「テオ?」 「おれが悩んでいるのはアルフォンスのことだけじゃない。この王城は魔の巣窟だ。そんなところに、清廉なあなたをひとり置いておきたくない」 「テオ……」  テオドールがリーンハルトの髪を食みながら、胸の奥底からしみ出るような声でささめく。 「おれに……もっと力があれば……」  リーンハルトはテオドールに言いたかった。あなたは十分に強いと。心も身体も屈強だと。  アルヴィンやヘラ、兄たちに負けない度量と才覚を持っている。あなたはすごいひとなのだと。  だがそれを口にする前に、何やら騒々しい声が聞こえた。珍しいことに警備兵の見回りだろうか。 「リーン。行ってくれ。おれのことなら大丈夫だ」 「わかった。また来るね」  リーンハルトはバスケットを持って立ち上がると、壁の影に隠れて声の主が去るのを待つ。  どうやら兄たちのようだ。彼らは酒に酔っているのか、大声で叫びながらこちらへやってきた。  なぜ兄たちが地下牢に現れたのだろう。  テオドールとアルフォンスに嫌がらせをしにきたのだろうかと考え、リーンハルトは息をひそめて彼らの言動に聞き耳を立てる。 「何が養子だ。ふざけるな! いけ図々しい! 父上の気まぐれにも困ったものだ」 「まかり間違っても王位継承者にさせてなるものか。おい、あのむかつくアステア兄公子を、痛めつける、いい考えはないか」  声が小さくなったので、そっと壁から目だけを出して兄たちの動向を窺い見る。  彼は頭をつき合わせて、ヒソヒソと話していた。  けたたましい笑い声とともに、兄のひとりが声高にこう言った。 「我らの長兄が戻って来る前に殺してしまうのがいいだろう。そうだな、毒などどうだ?」

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