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第十四章 決闘の行方
ヴァルターの真っ赤な目が、怒りでメラメラと燃える。
彼は流れるように自然な動きで、腰のエストックに手をかけた。
――殺される。
一瞬そう覚悟したが、ヴァルターは憤怒を自制した。
エストックのグリップから、手を離したのである。
リーンハルトの背中に、嫌な冷や汗が流れた。
失敗した? 彼はリーンハルトの安い挑発には乗ってこないのか?
ヴァルターは口角を歪ませ、面白そうな笑みを浮かべた。
「いいわ。リーンハルト。あんたの浅はかな策に乗ってあげる。私とアステアの公子。どっちが上か、はっきりさせようじゃない」
§§§
太陽が顔を出して早々という時刻。
城下街のあちこちでは、つい数日前に起こった反乱の名残がいくつも見ることができた。
その爪痕を、ひとびとが一生懸命塞ごうとしている。
行軍をなした歩道は整地され、焼けた住居は次々と修理されて行く。徐々に日常を取り戻そうとする光景が、そこにあった。
その中に、アステア公国の正規軍と思わしき軍人がちらほら混じっていた。
テオドールの指示なのか、民に混じって復興の手伝いをしているらしい。
そんな中、ヴァルターとリーンハルトがともに馬に乗り、これ見よがしに闊歩しても誰からも咎められなかった。
ヴァルターの顔を知る国民が少ないことと、ともにいるリーンハルトが冷静だからかもしれない。
美貌の赤毛騎士を連れて、市内の見回りと受け取られたのだろう。
時折手を振られて、リーンハルトも無視するわけにはいかず、小さく振り返す。
その光景を見たヴァルターが、ふうんと感心する。
「あんた、国政関係ではなんの役にも立たないくせに、相変わらず国民には好かれているのね。不思議だわ。国を引っ張る力もないのに、なぜ人気があるのかしら」
「わかりません。国民に人気があるとか考えたことがありません」
リーンハルトが冷静にそう返すと、ヴァルターはますます首を傾げる。
「貧弱なオメガなんかより、圧倒的な力を誇るアルファのほうが頼りがいあるでしょうよ。それとも自分より弱いものは守ってあげたくなるという擁護本能?」
「さあ……どうでしょう。私は確かに弱い存在です。それでも……」
リーンハルトは崖の手前に、雄大な姿で佇むヴェンデル王城を見上げた。
「大切なものだけは守りたい。たとえそれが、自分の手に余るものでも……」
ヴァルターはリーンハルトの静かな決意に、肩を竦める。
「力なきものの大言壮語なんてみっともないわ。もっと実力をつけてから言いなさいよ」
ヴァルターにはリーンハルトの心境など一生理解できないだろう。
恵まれた体躯、整いすぎる美貌。
高い知能に、飛び抜けた身体能力。何をしても際だった才能を示す。
オメガだから出来が悪い。そのひとことで済ませられるリーンハルトの胸襟など、天地がひっくり返ってもわからない。
無言のリーンハルトに、ヴァルターもこれ以上何も言わなかった。
リーンハルトはヴァルターとともに、正面の王城門から堂々と入った。
もちろんそこには、テオドールが手配したアストア公国の軍隊が配置されている。
ヴァルターは彼らに向かって、声高に叫ぶ。
「我が名は、ヴェンデル王国第一王位継承者ヴァルター。今すぐ愚かな反乱をやめよ!」
アステア公国の正規軍以外に、義勇軍も王城を守っていた。
彼らが、ヴェンデル王国第一王位継承者と名乗る男ヴァルターを目にして、目を見開いて驚く。
そのヴァルターとともにリーンハルトが馬に乗っている光景に、何ごとかとざわめき始めた。
ニヤリとヴァルターが笑うと、胸元のポケットから取り出した短剣の鞘を抜き、リーンハルトの胸元に突き立てる。
馬の揺れ程度でも刺さってしまうのではないかというくらいに、剣の切っ先が胸を押さえてくる。
「どけ。私をこの先に行かせたくないなら、好きなだけ道を塞ぐがいい。だが……」
ヴァルターが短剣のグリップをぎゅっと握りしめ、周囲の兵に威嚇する。
「その場合、リーンハルトの心臓は動かなくなると思え」
彼の発する言葉で、空気がピリピリと振動した。
戦場の鬼神、深紅のヴァルターという異名を知らなくても、彼の醸し出す覇気にみな平伏しそうになる。
リーンハルトはというと、通常は女性のような話し方をするヴァルターが、見栄を切るときは男言葉なんだなと、そんなことを考えていた。
別に諦念しているとか、緊張感がないというわけではない。
ある意味開き直っていると言っていい。自分とテオドールの命を天秤にかけると、当然テオドールのほうが重い。
目的がはっきりしてしまうと心が落ち着く。恐怖もないし不安もなかった。
ただ、テオドールのためだけに動けばいい。それだけだ。
遮る者のいない馬道。遠巻きに見ている兵達を尻目に、ヴァルターは馬を走らせる。
エントランスの前まで来ると、ヴァルターがひらりと身を翻し舞うように飛び下りた。
ひとりで下りられないリーンハルトは、ヴァルターの手を借り馬の背から下りる。
地面に足をつけた瞬間、頭上に痛いほどの視線を感じ、上を見上げる。
ステンドガラスの窓に人影が映った。なぜだろう、リーンハルトにはそれがテオドールだと直感した。
彼の怒気がここまで伝わってくる。
逃げ出して勝手な真似をした挙げ句、ヴァルターに掴まったリーンハルトを怒っているのだろうか。
謝っても謝りきれない。それどころかヴァルターをけしかけてしまった。
彼ならば、テオドールならば。
ヴァルターに勝てる。そう信じて――
ヴァルターとともに長い階段を上り、王城のエントランスを抜ける。
テオドールの指示なのか、誰も邪魔をしてこなかった。
正面にある謁見室の扉の前までくる。
バタンッと勢いよく扉を左右に開くと、七色の光の洪水が目に飛び込んできた。
高い天井からはシャンデリアが煌めき、天使のステンドグラスが荘厳な光を注ぐ。
赤いビロードの絨毯が敷かれた先に、華美な玉座がある。
そこにテオドールが座っていた。
彼はシンプルなフランネルのシャツに、黒のトラウザーズという飾り気のない格好だ。
それなのに、なぜこれほどまで風格があるのだろう。
玉座の脇にはアルフォンスが険しい目をして立っている。
先に静寂を破ったのはヴァルターだ。
「はじめまして。あなたたちがアステア公国の兄弟公子ね。私はヴァルター。ヴェンデル王国の第一継承者よ」
「おれはテオドール。横にいるのが弟のアルフォンスだ」
抑揚のない声でテオドールが返すと、ヴァルターが余裕の態度で肩を竦める。
「噂通りのアルファってところね。でも、ちょっと躾がなってないかしら。年上は敬うものよ」
「残念だがおれと弟は、ヴェンデル王家のアルファを一切尊敬していない。あなたに対しても同じ気持ちだ」
ヴァルターが赤い目を細め、射殺すような視線でテオドールを睨みつけた。
「恩知らずのようね。ヴェンデルに保護されていた分際で」
「残念だがすでに保護の必要はなかった。おれたちはこの六年間、打倒ヴェンデルを目標に公国軍を鍛え上げていたからな」
「リーンハルトのために立ち上がったというわけ? 恩知らずなうえに、ひとを見る目もないなんて愚かだわ。こんなちっぽけなオメガのためにそこまでするなんて」
「なんとでも言え」
突き放すようなテオドールの態度に、ヴァルターは口舌では崩せないと思ったのか、別の方向から切りつけた。
「あんたは玉座に座る権利があるの? まだ私を倒していないでしょう?」
テオドールは無言で立ち上がると、すっとアルフォンスに向かって手を差しだした。
アルフォンスが長剣の鞘をテオドールに手渡す。
「そうだな。ヴェンデル王家最後のアルファをここで打ち取ろう。せっかくそちらから出向いてくれたのだ。丁重におもてなしをさせてもらう」
「あら? もう一対一の勝負? いいわね。私もそう気の長い方じゃない。望むところだわ」
ヴァルターが腰に差すエストックをスラリと抜く。
テオドールも鞘から刀身を抜くと、攻撃の姿勢を取った。
「ヴァルター王子。なぜ正面から来た? もっとほかに手はあっただろうに」
テオドールの問いに、ヴァルターが横目でリーンハルトを一瞥する。
「そうね。実はリーンハルトの首だけ持って、ここにこようと思ったの」
それを聞いたテオドールとアルフォンスの気が、ぶわりと燃え立つ。
「でもね。できの悪い弟が、命と引き換えにしてまで私を煽るのよ。私より、あんたのほうがいい男だってね」
テオドールが目線だけをリーンハルトに向ける。
ここにきて、やっとテオドールに感情が見えた。微かに嬉しそうな表情をしたのだ。
ヴァルターが、そんなふたりの絡み合った視線が気に入らないというていで話を続ける。
「リーンハルトごとき、いつでも殺せるわ。でもね、訂正させないと気が済まないの」
「何を」
ヴァルターがにやりと笑うと、エストックの先を玉座に向ける。
「この世に、私よりいい男なんていやしないのよ。あんたをここで殺して、玉座を奪い返す。そして、リーンハルトに私のほうが優れていると言いなおさせてから、殺してやるわ」
「酔狂だが、面白い。いいだろう。受けてたつ。残念だが言いなおすこともなければ、あなたの剣がリーンハルトの首を突き刺すこともない」
テオドールは長剣を構えた体勢のまま、玉座の階段をゆっくりと下りた。
謁見室の中央で、ふたりの男がにらみ合う。
緊迫した空気。この場にいる誰も、身じろぎひとつしなければ言葉も発しない。
テオドールとヴァルターの間合も十分だ。
一触即発の空間。些細なきっかけで必ずどちらかが動く。
黒炎と真紅の炎が揺らめいた、その瞬間。
お互いの剣が空を切り裂く。
キンッ! キンッ! と鍔の競り合う音が、謁見室の天井高くまで鳴り響く。
リーンハルトは怖くて、もう見ていられなかった。
テオドールの長剣のほうがリーチはある。
だがヴァルターのエストックは突きとしての剣だ。心臓めがけて突進してくるエストックの切っ先を薙ぎ払うには適していない。
なぜヴァルターが細身のエストックを持っていたのか、やっとわかった。
心臓をひと突きしやすいのだ。つまり少ない労力で、テオドールを倒そうと企んでいるということになる。
当然テオドールも、エストックに振り回されているだけではない。
長剣を豪腕で薙ぎ払えば、ヴァルターの身体を一刀両断できるだろう。
そのタイミングを見計らって、打ち込みの足場を探している。
ふたりの剣さばきは壮絶だ。
お互いがお互いの心臓を狙っていた。ほんの少しの油断で、取り返しのつかない事態になる。
テオドールもヴァルターも殺気を隠そうとせず、鍔迫り合いを繰り返す。
その気にあてられたリーンハルトは、よろよろと数歩後ろに下がった
何か固いものにぶつかり、おもむろに振り向むくと、アルフォンスがいつの間にか背後に立っていた。
足音も立てず、気配も察せず距離を詰めてくるとは、アルフォンスもかなりの手練れなのだと察する。
「リーン。ぼくの後ろにいて。もし刃の欠片でも飛んで来たら、ぼくが身体を張って守るから」
「駄目だよ。アルフォンス。君が危険だ。それに万一テオドールに何かったら、君も参戦するのだろう? ぼくのそばにいないほうがいいんじゃないか」
「駄目。ぼくがリーンの近くにいて守らないと、兄さんが心配本気を出せない」
そう言うと、リーンハルトを自分の後ろに隠してしまう。
テオドールの気が散る原因になってしまうと言われたら、素直に従うしかない。
「……わかった」
リーンハルトは壁になるようにして立つアルフォンスの肩越しから、ふたりの剣技を見守ることにする。
こうやって見ているとテオドールとヴァルターの剣技は、双方卓越しているが、それぞれ癖のようなものがあるのがわかった。
テオドールのほうがヴァルターより一回り身体が大きい。
剣さばきの振りも大きく、当たりも重厚。力技で相手をねじ伏せるような剣だ。
あの長身と鍛え上げられた筋肉で踏み込まれては、たいがいの剣士はパワー負けしてしまうだろう。
激しく振りかぶられた剣には、さずがのヴァルターも受けきれず体勢を崩していた。
対してヴァルターは剣技というより舞といったほうがわかりやすい。
ウェービーな赤毛と同色のロングコートがひらりと波打つたび、優雅にステップを踏んで相手を撹乱させる。
そしてエストックという武器が、ヴァルターの戦うスタイルに合っていた。
身を躱してからの、フェイクのような突き。テオドールは、何回かその突きに皮一枚で回避することになり、そのたびリーンハルトはひやっとしてしまった。
力はテオドールの方が上、テクニックはヴァルターのほうが上。素人目にはそう映った。
だが傭兵として戦地を渡り歩いたヴァルターには、戦いの勘があった。
玉座まで一直線に敷かれたベルベッドの絨毯。それを爪先で動かし、テオドールの足場を乱したのだ。
「うっ……!」
テオドールが体勢を整えようとした間を狙い、ヴァルターがエストックを突き刺す。
間一髪でそれを躱すが、テオドールの頬に赤い筋が浮かんだ。
思わずテオドールの元に駆け寄ろうとしたら、アルフォンスに肩を掴まれ動きを封じられた。
「出ちゃ駄目だ。兄さんの邪魔になる」
「でも……テオが……」
「ここでやっかいなヴァルターを兄さんが倒せたら、名実ともにヴェンデル王家を打倒したことになるんだ。辛いかもしれないけど、最後まで見守ってよ」
「アル……」
心配げなリーンハルトを目にし、アルフォンスが悲しそうな顔をする。
「ぼくがこんなに近寄っても、リーンはヒート状態にならないんだね。でも兄さんだと、そうなるんだろ? 悲しいな。リーンには、ぼくの番 になってほしかったのに」
突然ヒートの話になり、リーンハルトとしては意味がわからない。
それに番とは、なんのことだろうか。
「どういう意味?」
リーンハルトの問いに、アルフォンスが首を傾げた。
「知らないの? アルファとオメガだけが持つ運命の番 のこと」
「運命の……番?」
「そう。身体も心も、魂ですら沸騰するような情熱を抱く相手。その相手に近寄っただけで、オメガはヒートを誘発し相手を惑わす。そしてアルファはその魅力に抗えない。本能から相手を欲することになり離れられなくなってしまうんだ」
「相手に近寄っただけで……?」
符牒というわけではないが、番という言葉にリーンハルトの胸がドクンと高鳴った。
なぜその言葉を聞いただけで、こんなにも心臓の動きがバクバクと早まるのだろう。
「リーンっては兄さんと一緒にいるとき、いつもヒート状態じゃない? でもぼくがこんなに近くにいてもヒートにならないよね。そういう意味」
「あ……」
思い当たることならたくさんある。リーンハルトはテオドールがそばにくると、すぐさまヒートを発症し何をどうしても抑えられなくなった。
彼を求めてやまなくなり、心も身体もおかしくなりそうだった。
それは、テオドールが運命の番だから?
「テオドールが私の……運命……」
「多分ね。悔しいな。でも……こればかりは仕方ないね。お互いがお互いのことを、心の奥底から求めているということだもんね」
お互いがお互いを求めている?
リーンハルトは彼を切望するほど欲している。
もしかしてテオドールも、リーンハルトと同じ思いを持ってくれていたということ?
「テオ……あなたも……私を……」
テオドールのことを愛しいという気持ちが、無性にこみ上げてくる。
もう喉元までその感情がきていて、ちょっとでも油断したら溢れ出てしまいそうだ。
「テオ……テオ……そんな……」
リーンハルトは、壮絶なふたりの戦いに目線を戻す。
高揚したリーンハルトの気に気づいたのか、体勢を崩したテオドールが、なんとか驚異の身体能力で持ち直した。
テオドールがリーンハルトに一瞬目を向けたような気がした。
リーンハルトは、彼への思いをすべて込めたような視線で見返す。
お互いの双眸が、しっかりと相手を捉えた。
それはわずか一秒にも満たない間のできごとだが、それでもふたりの気持ちが理解しあえた瞬間だと言えた。
テオドールの強固な力を宿した目が、最高潮に燃え上がった。
身を躱した体勢から、反動をつけて勢いよく振りかぶるようにして、ヴァルターのエストックを目に見えないほどの速さで薙ぎ払う。
長剣が一閃し、カキィ……ンと硬質な音を響かせた。
驚くべきことに、ヴァルターのエストックの刀身が、真ん中から折れてしまったのだ。
折れた刃はどこかへ飛んでいき、ヴァルターの喉元にテオドールの長剣の先があたる。
ハァハァと、お互いが荒い息を絶え間なく吐いていた。
先に口を開いたのは、テオドールだ。
「降参か」
「馬鹿力ね。エストックを折るなんて……」
テオドールが勝機を確信した顔でこう言った。
「おれの剣は、鉄より硬いウルツァイトという鉱石を使っている。細身の剣を使ったことが敗因だ」
「ふん。あんたの実力じゃなく、剣のおかげじゃない」
テオドールは一歩下がると、折れたエストックの先を床へ向ける。
「剣の選択も実力のうちだ。あなたの戦略ミスというものだろう」
「言うじゃない……」
ヴァルターは諦めた表情で、エストックを床に放り投げる。
両手をひょいと上げ、おどけた態度をとった。
「降参ね。仕方がないわ。私をどうする気? 殺す?」
「そんなつもりはない」
ヴァルターがエストックを放棄したからか、テオドールも手を下ろし、長剣の先を床に向けた。
「どういうこと?」
「ヴェンデル王家の者は全員国外追放に処するつもりだ。代わっておれがヴェンデル王国を統治する」
「アステア公国はどうするの?」
「アルフォンスにまかせる。おれは……」
テオドールがリーンハルトに向かって、心がふわりと舞い上がりそうなほど鮮やかな微笑を見せた。
そして長剣を鞘に戻しながらこう言った。
「おれはヴェンデル王国の悪しきしがらみ、アルファ至上の意識を改革してみせる。リーンハルトと一緒に、更なる発展を目指すつもりだ」
「テオ……!」
リーンハルトの心に、テオドールの崇高で素晴らしい声明がストンと落ちてくる。
テオドールは単なるクーデター軍のリーダーではなかった。
単にリーンハルトを救うため、後先考えず動いたわけではない。
ヴェンデル王国を改革するため、ちゃんと未来を見据えていてくれたのだ。
だがヴァルターはまったくそうは思わないようで、忌々しいという風に舌打ちした。
「甘いわね。甘いわ」
紅い目が剣呑に光る。彼はまだ、この勝負を諦めていないのだとリーンハルトは察知した。
ヴァルターがロングコートの内ポケットから短剣を取り出し、テオドールに向かって振りかぶる。
「ツメが甘すぎるのよ! 幸せな夢だけを見て死になさい!」
そのとき、リーンハルトは――
自分がどう動こうとか、どうしようとか一切考えていなかった。
ただヴァルターの凶刃からテオドールを守りたい。それだけの思いで駆けだした。
たとえこの命失っても。
あなただけは私が守る。リーンハルトの脳裏には、それだけしかない。
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