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第6話 母と息子
前日に、依頼主から詳細を聞いていた江口先輩が、今日の出動は車いす専用車両にすると決めて患者を車いすごと搬送する手はずをとった。
手はず通りというか、オレにとってはそれ以上の体験だったが、車いすを車内に入れ固定しようと屈んだ時だ。オレの顔に女性の膝が入り、ガツンと鼻をやられる。
「ってぇ…」
おもわず声が出て、山岡先輩に首根っこを掴まれ後ろに引き寄せられた。
「注意しろ!気が立ってるんだから。」
「…はい、すみません。」
鼻を押さえながらもなんとか固定出来たが、身体に巻いた布は取ることがなかった。
江口先輩が運転しながら女性をなだめる。
「お母さん、しっかり治しておうちに戻りましょう。息子さんの事は心配でしょうが、きっと又一緒に暮らせますよ。それまで、お母さんは自分の身体を治す事だけ考えて下さい。」
大きな声で、聞こえる様に話したが、女性はまだ唸り声をあげていた。
オレの隣では、華奢な肩を縮めた少年が母親をじっと見る。
「今日、学校休んじゃったね?」
話をして気を紛らわそうと声をかけたが、
「学校、行ってない。」
少年は、母親を見たままそう答えた。
「…え?…」と、オレが聞き返えそうとしたら「内田くん。………」と、山岡先輩に遮られる。
口をつぐんだオレに顔を向けると、
「中学入ってから、殆ど行かせてもらえなかったから………」
少年は、自分が学校へ行くと母親が心配して見に来るんだと言った。酷い時は、教室の後ろで見学していたらしい。
………なんと言ったらいいのか………
それぞれの家庭の事情だが、この少年も苦難の道のりを歩んできたのだと思った。
オレが歩んだ道とは少し違うが、それでも、15歳という所に自分の過去を重ねてしまう。
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