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第86話 複雑な気分だ
今日の患者さんは、自宅に近い病院への転院だったが、家族の表情はあまり嬉しそうではなかった。
「病院って、施設の様に介護とかはしてくれないんでしょ?どうするの、あたしは毎日なんて行けないから。」
「俺だって無理だよ。仕事があるし、カミさんは子供に手がかかるしさぁ。」
運転するオレにも聞こえるほどの音量でしゃべっているのは、患者さんの娘と息子。
男性の患者さんは一言も声を発しない。
近くにいるはずの長野さんも、さすがに今日はダジャレとか言える雰囲気ではなかった。
二人の側でじっと会話を聞くしかなさそうだ。
「もう、こういう日にかぎってお母さんの体調が悪くなるのよ!大丈夫なのかしら、お母さんまで倒れたら知らないわよ!あたし、今大事な仕事抱えてるんだよねぇ。」
父親のからだの心配より自分の仕事の心配か.............。
なんだか悲しくなるな・・・
転院先の病院の前に着くまで、二人の会話はそんな事ばかりで、長野さんもうんざりしている感じだった。が、到着してしまえば、オレたちは黙々と仕事をこなすしかない。
車から移動する時、患者さんがオレにニッコリ笑いかけたが、それは申し訳なさそうな笑顔で、こちらが恐縮してしまう。
一通り引き継ぎをすると、オレと長野さんは家族の前に並んだ。
「それでは、これで失礼致します。お大事にしてください。」
長野さんが二人に言うが、「どうも。」と言っただけで、しっかり顔も合わせない人たちだった。
「失礼します。」といって、オレも頭を下げるとその場を離れる。
余計な事だけど、親が生きてるってだけで有難いのに、あの人達にとってはそうじゃないんだな、と思ったら複雑な気分だ。
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