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第108話 音のない食卓
シャワーを浴びて、風呂場の鏡に映った自分の顔をじっと見てみる。
ミクの触れた唇は、お湯が浸みてひりひり痛いが、その部分を指でそっとなぞってみた。
少し膨らんでしまい、中も切れているから変な感じではあるが、そんな事よりも同性に口づけされたことに驚きと戸惑いを覚えていた。
もっと驚いたのは、そのことが全く不快ではなかったという事だ。
ミクに口づけされても嫌な気はしなくて......。
はあ~..........
男の唇でも、あんなに柔らかいんだな。
誰かとキスをするなんて、いつ以来だろう・・・
イヤ...........キス、と言っていいんだろうか・・・?
「おまじない」そう言ってたよな。
オレが背中にした口づけに意味を付けるとしたら、やっぱり「おまじない」だったんだろうな。傷が癒えるように、って・・・・。
風呂から出たオレは、早速晩ご飯の支度を始めた。
とはいっても、昨日の残りものとサラダを足したぐらいで。
一応ミクの部屋の前で声を掛けるが返事はなかった。
適当に何か食べているだろうし、もう寝てしまったのか・・・
オレはひとりダイニングルームに戻ると、黙々と料理を口に運んだ。
ここに越して来て、まず初めに思った事だけど、この家の食卓には音が無い。
前のアパートでは、食事の時にテレビだけは点けていた。そうでなくても男のひとり暮らしで華が無いんだ、テレビの画面ぐらいは明るくないと。
気づけば、何かしらの音の中でオレは生きてきたんだなと思う。
ここは静かすぎる。箸の当たる音すら大きく感じてしまって、否応なしに孤独感を味わってしまう気がする。
ほんの少し、ミクと交わした言葉がとても暖かいものに感じるのは、多分ここが静かすぎるからだ。せめて時間が合う時は、ミクと食事ができればいいんだけど・・・
でも......オレが意識しすぎてしまうから無理かな......。
この愛しさは、例えば兄弟に対して抱く様なものなのか、そこも分からなくて・・・
結局眠りにつくまでの間、オレはそんな事ばかりを考えていて、おまけに口づけされたことまでもが頭から離れなくて、今夜も睡眠不足になりそうだった。
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