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第115話 遂にこの日が

 この声には聴き覚えがあった。 少し震えてはいるが、穏やかに話す口調が隆哉さんと一緒だ。 「明子さんですか?」 オレが尋ねると、「内田さん、ですね?・・・ミクがお世話になっています。」と丁寧な挨拶をしてくれる。 「ミクと変わります。」と言って受話器を渡そうと手を伸ばすが、ミクはじっと目を開けたままこちらに来ようとはしない。 「ミク!早く・・・明子さんだよ。」 「・・・・・・・」 返事をしないので、オレがもう一度受話器を手にして耳につけると 「いいんです。ミクに伝えて下さい。兄さんが、今息を引き取ったと・・・」 電話の向こうで、堪えきれずに啜り泣くのが伝わってくる。 オレは「そうですか・・・。残念です。」と、一言だけ言うと無理やりミクの足首を掴んで引き寄せた。 「ヤ!!・・ヤダツ、」と暴れるミクの肩を抱き寄せると、「わがままを言うんじゃない!ちゃんと聞くんだ。」と言ってミクの耳に受話器を押し当てる。 うな垂れ乍ら、明子さんの言葉を聞いているのか、首だけはコクリと動かす。それから大粒の涙をポトリとこぼした。オレの腕にからだを預けて、肩を震わすミクが哀れで、思わずギュっと抱いてしまうが、ミクはそのままの姿勢で明子さんと話をしていた。 「明日の朝、一番で隆哉さんの所に行くから・・・。もう電車は無いし。」 ミクがそう言ったのを聞くと、いてもたってもいられなくて、「今からオレが車で送ってやるから。」と言う。 「え、」 目を丸くしてオレの顔を見るが、すぐに電話の向こうの明子さんに「今から向かってもいい?」と聞いた。 明子さんは驚いているようだったが、オレが電話を替わって自分の車で連れて行くことを伝えると、ものすごく喜んでくれた。きっと早く会わせたかったんだろうと思う。 オレたちは、取り合えずの衣類を持つと二人で軽自動車に乗り込む。 9時を回っているから向こうに着くのは11時を過ぎるが、明子さんは待っていてくれると言った。 「ありがとう・・・」 目を擦りながら、ミクが小さな声でオレに言う。 「いいよ。オレも気にはなっていたんだ。でも、あかの他人のオレが見舞いにいくのも変かと思って行けなかった。残念だけど、最後に顔だけでも見れたらいいし・・・」 「うん・・・」 暗い夜道を高速目指して車を走らせるが、二人の間には会話が無くて、重たい空気だけが狭い車内に充満していた。 朝から草むしりをしていたせいで、オレの目はぼんやりと閉じそうになるが、なんとか堪えると向こうの方に白い家が見え始める。 花に囲まれて心が穏やかになった、あの日見た景色とはまるで違った気持ちで近づくが、 明子さんは病院にいると言っていたから、そのまま家を素通りして病院へと向かった。

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