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第133話 センチメンタル
「あの奥さん、凄く軽かったねぇ。これからここでも治療が続くのかな・・・。体力持たないよ、きっと。」
長野さんが小さな声でオレに言う。
「・・・長野さん・・・。」
これはここだけの話。患者さんは治療を続けて元気になる事を信じているんだ。オレたち部外者がどうこう言う事じゃない。
「早く元気になられるといいですよね。ご主人も寂しいだろうし・・・。」
オレが長野さんに言うと、「そうだな、良くなってほしいな。」と頷く。
それにしても、病人をかかえて仕事をするという事は、精神的にも肉体的にも負担が大きいなと思う。もちろん経済的にも、だけど。
オレは子供過ぎてそういう事は全く分からなかった。中学の時、母親が入院していても、バスケに明け暮れていた気がする。親が死ぬなんて事を考えたりしなかったんだ。
どうしてだろう。
「ゴメン、お待たせ。確認終わったから、帰ろうか。」
待合の隅っこでぼんやり昔を思い出していると、向こうから山岡さんがやって来て言ったから、オレはまた現実に引き戻された。
***
とっぷりと日も暮れて、少しだけ重たい気分で家に着くと玄関の方へと回った。
先日、雑草を抜いてきれいになった庭が見えると、足を運んで庭石の上に腰を降ろす。
ぐるりと眺めながら、この空間は綺麗になって立派な屋敷に見えるが、まだ何かが足りないような気がして、しばらくじっと見ていた。
ミクは、ここで走り回る事があったんだろうか。夏樹くんの様に、母親に抱っこされてこの庭を散歩した事があったのか・・・。
そんな事がふと頭に浮かんで......。
今日の夫婦は子供がいないと言っていた。
二人きりの家族なのに、奥さんの療養で離ればなれになり、どんな気持ちでこれから毎日を過ごすんだろう。
昼間、家族の話をしたせいか、オレの昔の記憶がどんどん蘇ってくる。
親父はどんな気持ちで過ごしていたんだろう。
三人家族の伴侶を病気で亡くし、ひとり息子はバスケに夢中で・・・・
オフクロが死んだ後も、オレは親父に寄り添ってやれなかった。
背負った借金の事も良く知らなくて、本当に何をやっていたんだろう。
庭石の上で、膝を抱え頭をうな垂れる。
「内田さん?!」
その声に顔をあげれば、縁側のガラス戸を開けたミクの姿。
首を傾げてオレを見ていた。
「何してんの?寒くない?」
「ああ、ちょっとな・・・」
庭石から降りると、そのまま縁側へ歩いて行った。
「車の止まった音がしたのに、なかなか入って来ないからどうしたかと思ったよ。」
縁側に立ち、家に上がろうとしたオレを見る目が不安そうに揺れている。
「ミク・・・」
オレは、そのままミクを抱き寄せた。
縁側で立ったまま身体を寄せれば、ミクの温もりはオレに安心感をくれた。
「どうしたの?なんか変だよ・・・」
包み込んだミクが、顔をあげ乍ら聞いてくるが、オレは何も言わずただこの手に温もりを感じていたかった。
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