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第2話

その日、和久は出勤早々会議室へ来るよう呼び出された。 しかも呼び出してきた相手はなぜか組織犯罪対策課の警部補、鬼嶋(きじま)という男だった。 デスクワークが主な仕事の和久と違い、彼らは暴力団や不良外国人、薬物や銃器の密輸、密売グループなどの犯罪組織を検挙、取り締まるのが仕事だ。 そんな最前線で活躍する部署の人が、自分になんの用があるのか和久には全く見当もつかない。 何か重大なミスでもしてしまっただろうか。 和久はハラハラとしながら会議室の扉をノックした。 「はい」という返事もなく、すぐに扉が開き中から伸びてきた手にグイッと引き込まれる。 よろけながら中へ足を踏み入れると、そこは妙に暗かった。 窓はブラインドがしっかりと閉じられ、明かりさえつけられていない。 そんな薄暗い会議室の中で、警部補の鬼嶋と数名の捜査員であろう男が和久をじっと見つめていた。 普段乱暴な連中と関わっているからだろうか。 皆妙に(いか)つい見た目をしている。 スキンヘッドに色のついた眼鏡をかけている男はどこからどうみても捜査官には見えなかった。 重苦しい雰囲気に和久はゴクリと唾を飲む。 「君は櫻井和久(さくらいわく)君で間違いないね?」 会議用のパイプ椅子に足を組んで座っていた鬼嶋が和久の頭から爪先までを一瞥しながら訊ねてきた。 ポマードで固められたオールバックがトレードマークのこの鬼嶋という男の噂なら、なんとなく知っている。 組織犯罪対策課、通称組対の鬼嶋。 彼は目で人が殺せるらしい、と。 幸いな事に和久は今までそれに遭遇した事はなかったが、同僚の話によると鷹のように据わった眼差しに五秒見つめられただけで人が何人も病院送りになっているらしい。 噂を思い出した和久は自分の血の気が引いていくのがわかった。 「単刀直入に言おう」 鬼嶋が切り出した。 「君に潜入捜査をお願いしたい」 「は?」 鬼嶋の言葉に和久は思わず間抜けな声を出してしまった。 「せ、潜入捜査ってあの…お俺が、ですか?」 ビクビクしながら質問すると、ジロリと睨まれる。 「君以外ここに誰がいるんだ」 眼光鋭く一瞥されて和久は震え上がった。 しかし和久はこれまでデスクの上でしか仕事をしたことがない。 犯人を確保したりだとか、捜査に関わったりだとか、現場に足を運んだ事さえもないのだ。 そんな自分に潜入捜査なんて任務が務まるわけがない。 「む、無理です!!俺、計算しかできません…!!手錠だって使った事ないんですよ?!」 和久は慌てて断った。 しかし取り乱す和久をよそに、鬼嶋とその周りの男たちは至って冷静な態度を貫いている。 「心配しなくていい。君に危険なことをさせるつもりは一切ない」 「そ、そんな事言われても…」 無理です、と言おうとして和久は口を噤んだ。 鬼嶋の目が鋭利な刃物のように突き刺さってきたからだ。 鷹のような鬼嶋の眼差しに睨まれた人間は病院送りになる。 例の噂が頭を過る。 「わ、わかり…ました」 和久は怯えながら答えた。 いや、言わされたといった方が正しい。 「そう言ってくれると思ったよ、櫻井君」 スキンヘッドの厳つい男にバシバシと背中を叩かれて、和久は力なく笑った。 恐らく和久にははじめから拒否権なんてものは一切なかったのだろう。 恐喝なんて警察官がする事か!? 鬼嶋のやり口には納得してはいないが、既に潜入は始まっていてもう後には引けない状態になっている。 鏡の中には際どいチャイナドレスにハイヒールを履いた青ざめた自分の姿がしっかりと映っているのだ。

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