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第3話

和久(わく)が潜入しているのは、繁華街の錆びれた雑居ビル内にあるチャイニーズクラブだ。 従業員は全員中国籍の男で、客の隣に座って接待を行う、所謂ホストクラブのような店だと聞かされていた。 しかし、このチャイニーズクラブは和久が思っているホストクラブとは全く違っていた。 まず、ホストが全員チャイナドレスを着せられている。 それも際どいスリットが入ったり、どこかがぱっくりと開いている大胆なドレスだ。 そして客たちは、そのコスプレをしたホストがお目当でやって来るという。 しかも客は全員男… つまり、このチャイニーズクラブはのある客をターゲットにしたクラブなのだ。 人にはそれぞれ嗜好があるものだし、それを否定したり蔑んだりする気は全くない。 しかし、どう考えても男の身体には不釣り合いな女装(コスプレ)だけは理解不能だった。 そもそも鬼嶋から聞かされた和久がこの任務役に選ばれた理由もかなり微妙なものだった。 まずは男であること、そして中国語が話せることだ。 和久は父親の仕事の都合で、10歳まで中国で暮らしていた。 そのため、簡単な日常会話ぐらいならできる。 これは面接試験の時にも話していたし、履歴書のアピール欄にも書いていた事だった。 しかし問題はもう一つの理由だ。 「櫻井君、気づいていないかもしれないが…君はチャイナドレスが非常に似合う体型をしている。特に足や腰回りのラインが素晴らしい」 至って真面目な顔と力のこもった口調で鬼嶋に言われた時は、本気で卒倒しそうだった。 和久自身そう思った事は一度たりともないし、誰かに言われたのも生まれて初めてだったからだ。 そもそもチャイナドレスが似合う体型?というものをどうやって判断したのだろうか。 いつも制服に隠れていて身体のラインなんて見えるはずがないのに。 どこかで裸でも見られていたのか…? 想像するだけで背中がぞわぞわとしてしまう。 そして、当然ながら全く嬉しくなかったし褒められているとも思えなかった。 恐らく組対(あそこ)には変わり者しかいないのだ。 そうに違いない。 和久はそう思う事で何とか自分で自分を丸め込んだのだ。 店が開店したのか、控え室の外にあるフロアが騒がしくなりはじめる。 緊張で心拍数が上がっていくのがわかった。 覚悟は決めたのものの、うまくやれる自信はどこにもない。 鬼嶋から和久に与えられた任務。 それは店に出入りしているある人物にだった。 しかし、ターゲットの名前や素性など詳しい情報は一切何も知らされていない。 その男がどんな容姿をしているかさえもだ。 言えば和久が怖じ気づくと思って組対なりの配慮なのかもしれないが、心の準備の為にもせめて顔だけは知っておきたかった。 「心配しなくていい。先に潜入している捜査官(仲間)が全ての手筈を整えてくれている。君はホストとして、その客を精一杯もてなすだけでいい。笑顔でね」 鬼嶋はそう言っていたが、ど素人な自分が気に入られることなんてできるのだろうか? しかも相手は男だ。 男相手に媚びを売るなんて経験全くないのに。 しかし一度やると言ってしまった以上はもうやるしかない。 デスクワークしかした事のない和久でも、一応警察官としての正義感は持ち合わせている。 この任務が組織犯罪の実態を暴いたり、また犯人を検挙するような重要な任務であるかもしれないのだ。 「紅花(ホンファ)、初仕事だ。4番テーブルにつけ」 オーナーに呼ばれて、和久はよろよろと立ち上がった。 履き慣れていないヒールのせいもあるが、それ以上に緊張で足が震えてしまっている。 「おいおい顔色が悪いな、緊張してんのか?心配するな。その色っぽい足見せて「お好きにしてください」って言ってやりゃあ大概の男はコロッとなっちまうもんだ」 早口で捲し立てられて和久は力なく笑ってみせる。 口から飛び出そうな心臓を何とか内臓に留めながら、和久は何とか言われた通りの4番テーブルまで到着した。 フロアは何箇所か薄いカーテンで仕切られていて、ホストはそこで客に一対一で接客をするというシステムになっている。 薄いカーテンの向こうに人影が見えて、和久は再び心臓を飲み込んだ。

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