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第4話
「朝霧くんはそっちね」
「おっと」
もう役に入ったのか、普段とは違う呼び方で呼ばれてドキリとする。普段の名前呼びよりも距離ができたはずなのに、これはこれで逆に初々しさでにやついてしまう。それとは反対に、白はちょっとお堅めのツンとした表情。真面目委員長のイメージなんだろう。
そんな白に指されたのはテーブルの向こう側で、どうやら向かい合わせに座るらしい。教科書を置くのに脇に寄せてあるアイスの器がある意味リアルで、本気で書くわけでもないのにどこからかシャーペンとノートを持ってくる辺り意外と本格的。
とりあえず言われた通りに座って、頬杖をつきつつシャツのボタンをもう一つ開けておく。さて、それでは俺も役に入ろう。
「なあ、委員長」
気だるく頬杖をつき、目の前の教科書を押しやって、いかにも真面目そうなメガネのかわいこちゃんに話しかける。こういうものは、全力でノっていくに限るんだ。
「勉強なんてつまんねーことしてねーでもっと楽しいことしようぜ?」
「ダメだよ。テスト勉強するっていう約束でしょ」
いつもより硬い喋り方の白は、どうやらもう少しコスプレを楽しみたいらしい。だったらもっと制服を楽しんでもらおう。
「保健体育のお勉強も大事だと思うけど」
「今は国語」
身を乗り出し顔を覗き込む俺に、白はつれなく教科書を突き出してくる。そうくるのなら、今度はアプローチを変えてみようと教科書をパラパラめくった。撮影用に表紙だけ付け替えた白紙のノートではなく、本物の教科書だ。つまり色々な物語が載っているということ。さて、どれにするか。
「じゃあさ、委員長。これ教えてよ」
「どれ?」
「これ」
教科書をひっくり返して白の方に向けると、目に留まったちょうどいい言葉を指さして再度顔を覗き込んでやる。
「『睦言』ってどういう意味?」
わかりやすいニヤニヤ笑いを口元に刻み、指先でトントンと煽るように指し示せば、すぐに俺の意図を悟った白はちょっと考えるようにして視線を逸らせた。
「これは……仲良く喋るってことだよ」
「仲良く喋るぅ? それだけじゃないっぽいんだけど?」
子供っぽい顔で照れる白に、ガラ悪く詰め寄る俺。頬杖をついて意地悪く白を下から見上げてやれば、俺とは逆側に視線を逸らせて口をもぐもぐさせる。困ったように振られるシャーペンがなかなかいい具合に心情を表してくれている。ああ、小道具って大事。
「だから、閨……寝室で語らい合うってことで、つまり」
「つまり? もっとわかりやすく言えよ」
言いよどむ白に追い込むように強い調子で詰め寄る。真面目な委員長にはさぞ言いづらいことだろう。これも言葉責めというやつだろうか。
「夜咲くーん? もしかして知らなかったりするのかなー?」
「そ、それは……」
調子に乗りまくりの俺を、おどおどとした目で見てくる演技がとても可愛くて、どこで切り上げたものか悩む。
こういうのはお互い了承の上でやるから楽しいのであって、例えば高校生の時に同じような状態になったとて俺がここまで切り込めていたかはわからない。だからこそ、大人になってからの、そして恋人同士だからこその学生ごっこはなかなかいい遊びだ。白に感謝しなければ。
「朝霧くん、どうしてもわかんないの?」
「わかんねーなー、全っ然」
さあどうする? とニヤニヤを隠さずに無知のアピールをしてやると、白はシャーペンをその場に置いて。
「じゃあ……体で教えてあげる」
「ん?!」
テーブルに手をつき身を乗り出した白は、メガネを外してそのままの勢いでキスをし、それだけじゃ止まらずにテーブルを乗り越え俺に跨ってきた。そして自分のネクタイを抜き取りその場に落とす。突然の、なんとも扇情的な仕草。
さっきまでの真面目さが嘘のように、あっという間に雰囲気ができあがってしまった。
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