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第4話

◆金の髪 「王族だって?」 スクアードは布で顔をおさえたまま、小馬鹿にして呟いた。 ――今日スクアードは、初めて自分一人だけで獲物の報酬を持って町の食堂に行ってきたのだった。頑張って狩った大きな山猪は、ぴかぴか光る金貨と交換してもらえた。嬉しくなって、スクアードはそれを全部使い果たすまで葡萄酒をしこたま飲んだ。 久々に飲む葡萄酒だったせいかそれとも量が多すぎたのか――かなり酔いが回って、スクアードは帰路を大いに外れいつの間にやら飛んだ事のない地域に迷い込んでしまった。そして間抜けなことに、毒虫が群れを成して飛んでいたのに気付かず、その中に顔から突っ込んでしまったのだ。彼は目をやられて均衡を失い ――墜落した。 有翼種の俺達には、王族だろうが盗賊だろうが関係ない――スクアードがそう言い返してやろうとした時、さっきの別の声がした。 「よしなさいヨアン。王族だのなんだの――そんなこと関係ないんだから」 「ですけど、こんな風に気軽にちょいちょい飛び込まれちゃ困りますよ!」 憤慨した風な声が後に続く。スクアードは顔を覆っていた布を少しずらして様子を見てみた。両目の周りはまだひりひりしているがどうにか開けられる。眼球は無事だが、ぼんやりして焦点が合わない―― ――と、目を凝らすスクアードのすぐ前に――滑らかな金色の光を発する何かがあった。 なんだろう、とスクアードは不思議に思った。今日貰った綺麗な金貨とそっくりの色だ――輝いていると見えるのは、どうやら薬液で滲んだ視界のせいらしい。そう気づいて瞬きを数度繰り返すと、液が目からこぼれ落ち、ようやく辺りがはっきり見えた。目の前の金色は――そこに立つ人物の――長い、髪? こんな色の髪、見たことがない。スクアードは思わず、鉤爪のついた手を差し伸べて、その髪をそっと掴んで持ち上げてみた。それは細くしなやかで、さらさらとスクアードの鉤爪の間から滑り落ちていく。 その時、スクアードに背を向けていたその髪の持ち主が――触られているのに気付いたらしく、静かにこちらを振り返った。その瞳は――澄んだ深い青色をしている。スクアードはそれを見て思わず息を飲んだ。 「こいつ――なにしてやがる!」 ふいに怒鳴り声がした。殺気を感じてスクアードは髪を触っていた手を引っ込め、脇に飛び退いた。掴みかかってきたらしい若い男は、勢い余って傾いだ姿勢のまま恐ろしい形相でスクアードを睨みつけている。 「意外とすばしっこいじゃねえか――この羽根野郎。物騒な鉤爪なんかで俺のご主人様に触ってんじゃねえ!」 男は唸るように言った。 「ヨアン!」 金の髪の人物が彼をたしなめる。 「そんな言葉使い――何年もしてなかったのに!」 スクアードは飛び退いた時の位置から改めて二人に目をやった。ヨアンと呼ばれた男――自分と近い年恰好だ――彼は怒りをあらわにした表情で、まだこちらを睨んでいる。そうしてその脇に立つもう一人の人物。彼は……非常に美しかった。 髪の色のせいばかりでは無い。抜けるような白い肌に、整った顔立ち――薄暮の中に溶け入ってしまいそうな、儚くほっそりとした姿。そしてその――印象的な青い瞳には、長い睫毛の影が落ちている。これは――誰なのだろう? 「もう……目は大丈夫ですか?」 彼が心配そうに訊ねた。 「えっ?ああ……うん、だ、大丈夫」 スクアードが答えると、ヨアンが我慢ならないという風に叫んだ。 「おいてめえ!セルテス様にそんな気安い口の利き方が許されると思ってんのかよ!」 「ヨアン。いい加減にしなさい」 セルテスと呼ばれたその人は、困ったような表情でいきり立つヨアンを再びたしなめ、スクアードの顔を見上げながら丁寧に詫びた。 「申し訳ありません、どうかお気を悪くなさらないでください……いつもこんな風ではないのですが……」 スクアードは一瞬あっけにとられた。ベセルキアの人間は皆有翼種を蔑む。それは自分達が、人に似て、人ではないからだとジェセは話していた。人間たちの目には有翼種の鉤爪の生えた4本の指が、醜く恐ろしく映るのだし、血の滴る獲物の生肉を、素手で引き裂きそのまま食べることも、おぞましくて耐え難いのだという。 町へ獲物を持っていくとき、往来の人々は露骨に有翼種を避けて歩く。食堂へ入っても、獲物や硬貨を持っていれば飲み食いはさせてもらえるが、店の者はいかにも渋々といった態度をとるし、他の客たちとは離れた場所にある奥まった薄暗い席に座らされる。そんな風に扱われるのが当たり前で、仲間は皆それに慣れていた。ジェセは頭がいいから、色々と不満を漏らしているけれど―― なのに――こんなに綺麗で、しかも王族だというこの人が、有翼種の自分に対して丁寧な態度をとるのがスクアードにはとても奇妙だった。だが――それは決して嫌な気分ではなかった――

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