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第7話
◆町で
「よぉ、羽根野郎。休憩か?」
町の食堂で突然後ろから声を掛けられ、スクアードは振り返った。そこにいたのはヨアンだった。
「ヨアン?なんで……こんなとこにいるんだ?」
「いちゃ悪いかよ――ここ空いてるか?」
ヨアンは返事を待たず、さっさとスクアードの隣に腰を下ろしてしまう。スクアードはやや唖然とした。町でこんな風に有翼種に対して気さくに振舞う人間はいない。自分たちと親しげにしていたら、ヨアンだって他の人間からどう思われるかわからないというのに……。
「スクアード……?」
スクアードの向かいに座っていたジェセが、訝しげにヨアンを見ている。
「えっ?ああ……これ、ヨアン」
「これってなんだよ」
ヨアンが苦笑した。
「友人の、とかなんとかさ、言い様はあるだろ」
友人?スクアードはますます唖然としたが、同時になんとなく嬉しくもなってきて、素直に言いなおした。
「そうか。そうだな。ええと、兄さん。こちら、友人……の召使のヨアン」
「友人の召使だと?ま、間違ってないけどな」
ヨアンは朗らかに笑いながら言った。その雰囲気はセルテスの前にいるときとは大分違う。スクアードにはどちらが彼の地なのかわからなかった。だが、どちらも――そう悪くはない。
「ヨアン、俺の兄貴のジェセだ」
スクアードがジェセを指し示して紹介すると、ヨアンは椅子から軽く腰を浮かせて少々身を乗り出し、ジェセに向かって片手を差し出した。ジェセはかなり驚いた顔をしたが、すぐに同じように片手を出した。鉤爪で引っ掻かないようやや用心しながらヨアンの手を握り、食卓越しに握手している。その様子を眺めながらスクアードは訊ねた。
「ヨアン……お前、なにやってんだ?セルテスを放っといて平気なのか?」
「放っときゃしない。葡萄酒一杯飲んだらすぐ戻るさ。使いでちょっと出てきただけだ」
「使い?」
「セルテス様が育てた薬草を、医者の家に預けてきたんだ。薬代が払えない病人のために」
「そうだったのか……」
セルテスは庭園で育てた薬草を、そうやって人々に分けているのか……スクアードは感心した。
「セルテス様は――なんとかして困ってる人を助けられないかいつも一生懸命考えてるんだよ」
ヨアンが自慢げに言う。スクアード以外にセルテスの事を話せる相手はいないためだろう、彼は嬉しそうだ。スクアードは頷いた。
「うん、偉いな、セルテスは」
その時、給仕係の若い男が、スクアード達が頼んだ葡萄酒を運んできた。ジェセが金貨を食卓に置くと、彼はそれを前掛けのポケットにおさめて釣りを出した。その時いきなり――ヨアンが給仕の腕を掴んだ。
「おい。釣が間違ってるぞ」
「え?」
スクアードもジェセも、食卓の上に給仕が置いた硬貨を見た。二人には――間違いがあったようには見えない。
「今受け取った金貨出せ」
ヨアンが空いたほうの手の指で食卓の上を叩きながら言う。男は渋々ポケットに手を入れ、金貨を出した。
「ほら見ろ。王様じゃねえか」
男は仕方無しと言った様子で肩をすくめ、金貨を1枚、先ほど自分がよこした釣銭の隣に置いた。
「もう間違えんじゃねえぞ。それと俺にも葡萄酒よこせ」
スクアードとジェセはぽかんとした。金貨で払って金貨が戻って来た――?ジェセが訊ねる。
「あの、ヨアン、王様って――?」
「え?まさか――知らないのか?」
ジェセが頷くのを見ると、ヨアンは自分の懐に手を突っ込み、金貨を1枚取り出した。先ほど男が置いて行った方の金貨と並べて見せる。
「こっち側はベセルキアの紋章で同じだけど……こっち」
金貨を裏返す。
「こっちは王様の刻印で、こっちは后だろ?王様のほうは、前王がご存命だった間に鋳造された物で、后のは新しい奴なんだ。大きさは変わらないけど、古い物の方が断然金の純度が高いんで、町じゃ倍の価値で扱われてる――今まで……知らなかったのか?」
ジェセが悲しげに頷いた。
「ああ――金貨は、めったにもらえないから――あんまり見た事が無くて……」
「そうか……どうするともらえるんだ?」
「大きい山猪が獲れれば1枚もらえる……でも、なかなかいないから……」
「ふうん……そっか……」
ヨアンは、気まずそうに頭を掻いた。
ジェセは葡萄酒をあおって一気に飲み干すと、スクアードに
「先に帰ってる……お前はゆっくりして来いよ」
と力なく言い、食堂から出て行った。
「兄貴……大丈夫か?」
ヨアンが訊ねると、スクアードは困ったように少し笑い、答えた。
「うん……大丈夫……と、思う。兄さんは……俺と違って頭がいいからさ……こういう時ちょっと……考えすぎちまうんだよね」
「そんな……酷いですね……可哀想に……」
その晩、セルテスは町から戻ったヨアンの話を聞いて、心底スクアードたちに同情した。ヨアンも気の毒げに言う。
「あれじゃ今まで……相当損させられてると思いますよ……山猪一頭分の肉が町じゃいくらで取引されてるか……俺、とても彼らに言えませんでした」
「そうやって知らないのをいい事に……有翼種の方達を騙して搾取するような真似するなんて……同じ人として恥ずかしいです……」
セルテスは俯き、辛そうに呟いた。
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