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第8話

◆東の国 町の食堂でヨアンと別れ、スクアードがねぐらに戻ると――ジェセはひどく――塞ぎこんでいるようだった。 ジェセはときたまこういう様子を見せる事がある。そうなってしまうと、スクアードは心配のあまり兄をなんとか励まそうとして、色々と話しかけたり狩りに誘ったりするのだが――いつも逆に苛立たせてしまうばかりで、上手くいったためしが無かった。そんな事が起こるたび、やはり自分は愚かなのだと思い知らされる気がし――悲しくなってスクアードまで塞ぎこんでしまうのが常だった。 だが今回は――実はスクアードは、以前セルテスと話したときに、兄のこの状態について相談していた。その時セルテスが答えてくれた内容を懸命に思い出す。 自分はあまり難しい言葉は理解できないとスクアードが言うと、セルテスは丁寧に、易しい言い方で話してくれた――ジェセはおそらく、自分の心の中で、色々な事柄を整理したいだけなのだろう……元気なく塞いだように見えるのは、彼の頭の中が活発に動いているからで、体を動かす方まで力が回らないだけなのだろう、と。 だから一番ジェセにとって助けになるのは――無理に気を引き立たせようとせず、彼にゆっくり時間を与え、そっとしておいてやることなのだと思う――そうセルテスは言った。 そのためスクアードは、ねぐらでジェセがじっとしている間には、彼の邪魔をしないよう努めて静かにしていた。そして数日たったある日――ジェセがふと、スクアードに呼びかけた。 「スクアード……?」 「ん?」 ねぐらの隅で、座り込んで羽繕いをしていたスクアードは顔を上げてジェセを見た。兄はなんだか――晴れ晴れした顔をしている。元気が出たのだろうか? 「スクアード、お前……急に大人になったじゃないか……?」 「え?」 スクアードはきょとんとした。 「だってお前は、いつももっと騒がし……いやええと……この所ずいぶん……態度が落ち着いてるなと思ってさ……ねぐらにいてもずっと黙ってるし」 「そうじゃないよ」 スクアードは翼の先を整えながら答えた。 「落ち着いてなんかいない。兄さんのこと心配だもの……ただ、兄さんが考え事するのには……静かな方がいいんじゃないかと思って。セルテスが、そう言ってたから」 「セルテスって……お前の友達の?」 「うん」 「そうだったのか……」 ジェセは微笑んだ。 「ありがとう。おかげでゆっくり考える事が出来たよ。それで一つ――お前に相談したい事があるんだ」 この頭のいい兄が自分に相談――?スクアードは意外に思い、彼に向き直った。そして兄は――話し始めた。 それはスクアードには始めて聞く話だった――兄が、死んでしまった両親から聞いたという、彼らの故郷――東の果てにあるという国のことだった。両親は若い頃、はるばるベセルキアまで旅し、ここを住処に定めたのだったが、時がたち――ベセルキアの有翼種達は大幅に数が減ってしまい、今や絶滅しつつある。だが、両親の故郷の東の国へ行けば――まだ大勢の仲間がいるはずだという。 「東の国の人々は有翼種に友好的らしいから、ここの人みたいに俺達を馬鹿にしたりはしないと思う。それにそこには……大きな営巣地があるそうだ」 「営巣地……」 それは有翼種が、仲間同士助け合って子供を育てる場所だった。今ベセルキア近郊に若い有翼種は殆どいない。そのためこの国の営巣地は随分前に消滅していた。今の状況では――繁殖などまず無理なのだった。 「スクアード、お前は狩りの能力も高いし、頭もいい」 「狩りはまあ、自信があるけど……頭は良くないよ」 「いや、いいさ。だからお前にはぜひ、父親になって欲しいんだ。東の国に行って、妻を持とう」 「つっ――妻!?」 今まで考えてもみなかったことなので、スクアードは慌てた。スクアードはまだ……若い有翼種の娘に会った事が無い。この辺りにはいないからだ。ベセルキアの町に行くと着飾った人間の娘たちがいるから、彼女らを見て綺麗だなと思ったりはする。だがもちろん話しかけたことなどはない。娘たちは有翼種を見ると恐ろしげに顔を顰め、逃げて行ってしまうから―― そこでスクアードは、なぜかふとセルテスの事を思い出した。彼はメスではないし、着飾ったりもしない。けれど、自分にとって――町のどの娘たちよりずっと綺麗だ。それになにより、有翼種を見ても嫌がりも怖がりもしない。それどころか……この間のように自分からスクアードの胸に飛び込んできたりして―― スクアードはぼんやりと、セルテスの体を受け止めたときの感触を思った。鉤爪も蹴爪も持たない彼は――手足の隅々まで柔らかく、弱々しかった。だからなんだか――庇い護ってやりたくなる―― その時スクアードは、ジェセの声で夢想から引き戻された。 「――金貨の事があって――それで色々考えたんだ……ベセルキアでは、俺達有翼種の立場は弱すぎる。したたかな人間と互角に渡り合って行くのは、俺が多少見知った知識だけでは、どんなに頑張ったってとても無理なんだ……だからスクアード、一緒に東の国へ移住して――そこで有翼種に生まれたことに、誇りが持てる暮らしをしよう」

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