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第9話
◆別れ
東の果てにある国へ、兄のジェセと共に移住して、有翼種としての誇りが持てる暮らしをする――そうスクアードに打ち明けられたとき――セルテスは一瞬、胸が潰れたように痛み――言葉がすぐには出てこなかった。
ここベセルキアで彼ら有翼種がどんな扱いを受けているか、セルテスはヨアンに聞いて知っていた。それに、このところ極端に数が減っているという事も。ここにいては彼らには未来がない――滅びるしかないのだ。それも、そう遠い日のことでは無い。ジェセの決断が賢明だということをセルテスはもちろん理解できた。だが――
セルテスは、スクアードの優しい眼差しや、逞しい手脚、そして広げた翼の美しさを思った。彼が空からセルテスの元に舞い降りてくるときの堂々としたその姿には――畏敬の念を覚えるほどだ。セルテスにとって唯一の、大切な友達。彼に会えなくなるのは――たまらなく寂しい。きっと……胸に穴が空いたようになることだろう。そしてそれは……一生塞がる事が無い……
だがセルテスは――微笑んだ。もしかすると、ちゃんと笑顔になれてはいないかもしれない。でも――
「それは……素晴らしいと思います」
顔を上げて言う。
「そうかな――?」
スクアードは沈んだ声で答えた。
「でも怖いんだ。俺達、東の国なんて行った事が無いし、どれ位遠いのかもわからない。それに――」
セルテス、君に会えなくなる。スクアードは言いかけたのだが、それを遮るようにセルテスが言った。
「怖がらなくても大丈夫。その立派な翼で飛ぶあなたには誰も追いつく事はできないし、身体に――こんなに強い武器もある」
スクアードの下ろされた両手に、そっと触れる。
「それにその旅には、有翼種にとっての希望があります」
「有翼種にとっての、希望……?」
「はい。ここでは絶対に無理な事も、その東の国ならきっとかなう。スクアード、ベセルキアに居る全ての有翼種たちのため、どうかあなたたち兄弟が代表して希望を運んでください。それと――飛べない私の分も」
「セルテスの分も――?」
セルテスは頷いた。
「私の身体はここに繋がれてしまっているけど、心はあなたと共に行きます。だからあなたは、私のためにも飛んでください」
それから数日後――スクアードとジェセは、新天地へ向けて旅立って行った。セルテスとヨアンは、死んだ母が幼いセルテスに隠し持たせてくれた、先王の残したわずかな宝飾品や――すぐ使えるように加工した薬草など、彼らの旅に役立ちそうな品をありったけ持たせ、送り出した。
夜になり――ヨアンが寝台へ入った時、主の寝室から――かすかな泣き声がした。ヨアンは起きて行き、夜具の中ですすり泣くセルテスの背をそっとさすってやった。そうしているうち――ヨアンの目にも涙が滲んだ。あの純朴で気のいい有翼種の若者に――二度と会えないのは、とても寂しい。薄暗く、寒々しかったこの北の塔に――彼がどんなに、暖かさと明るさを運んでくれたか――
ヨアンまでが泣き出したのに気付いたセルテスは、身を起こして彼を抱いてやろうとした。だが背の大きなヨアンが逆に、セルテスを包みこむ形になった。
「……なんだ。私の方が年上なのに」
セルテスは不満げに言ったが、ヨアンの胸に顔を埋めていると、気が落ち着いたのでそのままでいた。ヨアンはセルテスの身体を抱きながら――自分は絶対に、この人と離れない、例え国が滅ぶようなことがあっても、と、もう何度目かわからない誓いを立てた。
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