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第13話
◆ローク 2
とっさにヨアンは目だけ動かし、主の寝室の方を窺った。そして――セルテスの居場所を悟られる前にわずかでも時間を稼ごうと、さりげなく部屋から身を遠ざける。
この得体の知れない男が、セルテスの腹違いの兄とはいったいどういう事なのか……だが王族の首を取った連中が、友好的であるはずがない。武器があれば良かったのに。どこかから盗んでおくべきだった――ヨアンは悔やんだ。
「小僧。お前はなんだ?」
黒尽くめの男は顎を上げ、ヨアンを眺め下ろすようにしながら尋ねた。油断無く身構え直して答える。
「……あんたこそなんだ。なんの用だよ」
男は、笑いを含んだ声音で言った。
「只の従者なのだろうが大した小僧だ。こいつらの首を見たら、他の兵のように腰を抜かすと思ったんだがな」
提げていた首を、ゴミか何かのように部屋の隅にどさりと放り投げる。次いで彼は、ヨアンに歩み寄りつつ流れるような動作で腰の長剣を引き抜いた。それを鼻先に突きつけて問う。
「セルテスは――どこだ?」
「ここです」
居室にセルテスの声が響いた。男がヨアンから剣を離し、そちらを振り返る――隠れていてくれれば良かったのに、とヨアンは歯噛みした。
男は剣を掲げたままセルテスに向かい歩き出した。どうする気なのか?――まさか――
「待てッ!」
後ろから引き止めようとしたヨアンを、男が刀の柄を握った手でなぎ払うように横殴りにしてきた。咄嗟にヨアンは、その腕を両手で掴み防いだ。
「ほう」
男が感心したように呟く。
「なかなか機敏だ。だが――」
恐ろしい勢いで腕を振り解かれ、ヨアンはよろめいた。
「大して力は無いな。身体も背の割りに軽すぎる。兵としてはまだまだだ」
そう評しながら男は、バランスを崩したヨアンを思い切り足蹴にした。避けきれず、まともにそれを腹に受け、ヨアンは床に仰向けに倒れこんだ。さらに男が、上から踏みつけようと打ち下ろしてきたその足を、かろうじて両掌で受け止める。
「やめてください!」
セルテスが叫んだ。
「私に用だと言ったではありませんか!いったい、あなたは何者です!?」
「覚えていないか。無理もないが」
ヨアンの手から足をもぎ離すと、男はセルテスに向き直りながら言った。
「おい貴様ら。相変わらず気が利かないな。その小僧が俺の邪魔をしないようにしておかんか」
床から跳ね起き、再び男に背後から掴みかかろうとしていたヨアンの前に、甲冑姿の兵が一人剣を構えて割り込み、切りかかってきた。光る刃が頭上から打ち下ろされてくる。やられる――ヨアンがそう思ったとき
「止めろ!」
セルテスの声だった。鋭いその声音に臆して剣を止めた兵に、セルテスはさらに言った。
「丸腰とわかっている相手に一方的に斬りつけるなど――剣を携える者として、情けないとは思わないのか!」
それを聞き、セルテスの前に立つ男が笑い出した。
「ああ、弟の言う通りだ――おい、素手の奴の相手は素手でしろ。俺も仕舞う」
言いながら剣を納める。兵も男に倣って剣を納めたが、すぐにヨアンに飛び掛ってきた。ヨアンも負けじと応戦する。二人は床の上でもつれ合った。
「俺の兵に命令するとはいい度胸だ――おや」
男が、セルテスの足首を繋いだ鎖に気がついた。身をかがめ、鎖を拾い上げる。セルテスははっとし、思わず後退った。
「幽閉されているというのは知っていたが、鎖付きとは――なかなかいい趣味だな」
呟きながら鎖をぐいと引く。その力に抗し切れず、セルテスは床に崩折れた。男はさらに鎖を手繰って高く持ち上げ、セルテスの左脚を吊り上げた――着ていた長衣が捲れ、片脚が腿まで露わにされる。
身体の大きな兵と取っ組み合って押さえつけられ、劣勢だったヨアンが、その時唸り声と共に凄まじい力を見せて自分の上にいた兵を弾き飛ばした。その勢いのまま、セルテスの前にいる男に突進する。
男は掴んでいたセルテスの鎖でヨアンの顔を殴りつけた。頬の肉が切れて血が吹き出たが、ヨアンは構わず鎖を握る男の腕にかじりついた。男がその腕を振ってヨアンを床に叩きつける。背中を強く打ち呻き声を上げながらも、ヨアンは腕を離さなかった。すると男は、空いた方の掌でヨアンの顔を鷲掴みにし、後頭部を石の床に打ち付け始めた。
「ヨアン!止めてください!止めて!死んでしまう!」
セルテスは叫びながら男の腕にしがみ付き、必死に止めた。
「ほお」
男が手を止め、身を起こす。ヨアンは意識が無いようで、ずるずると男の腕から外れ、床に崩れ落ちた。
「たかが従者に――慈悲深いことだ」
言いながら、男はヨアンの血で濡れたままの手でセルテスの顎を掴み、顔を無理矢理に引き寄せて囁いた。
「俺はローク。お前とは父親を同じくする。そしてお前が産まれたせいで――母と共に国から追放された。母は森で狂って死んだ。それで俺は――ベセルキアの王族どもに復讐を誓ったんだ」
「私が……産まれたせいで?」
セルテスは茫然と呟いた。
「そうだ。お前は本当に何も知らないのだな――ならばこれからじっくり聞かせてやろう。お前のせいで、一体幾人死んだのか。お前が呑気にこの塔で暮らしている間――俺がどうやって生き延びてきたかを」
「……私のせいで?死んだ?幾人も?」
「そうだ」
ロークは答えながら、セルテスの顎を離すと、今度は髪を鷲掴みにし、引きずるようにして歩き出した。その時――意識が無いと思われたヨアンが、いきなり立ち上がり、ロークを追った。
「セルテス様を離せ!」
叫んだ口から血が滴る。
「しつこい小僧だ」
ロークはセルテスを床に突き放すと、ヨアンに向き直り――重々しい金属の籠手を嵌めた腕で思い切り叩きのめした。骨が砕ける鈍い音が響く。
「ヨアン!」
セルテスはヨアンの上に被さり、必死に彼を庇った。
「どうか――どうか殺さないで下さい!この人だけは――どうか」
「どうやらその小僧は――お前の寵愛をうけているようだな」
ロークが残忍な笑いを浮かべる。
「面白い――余興に使えるかもしれん。とりあえずとどめは刺さずにおこう――その怪我で生き延びるかどうかは運次第だが」
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