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第14話
◆ローク 2
「立て。小僧の上から退け」
ロークはセルテスに命じた。セルテスがヨアンを庇ったままで動かずにいると、腕を伸ばしてセルテスの髪を掴み、顔を引き起こした。
「お前がそこにいてはそいつの手当てができんのだ。手遅れになるぞ」
はっとしたセルテスが体を退けると、ロークは居室の入り口を振り返り
「鼻曲りを連れて来い!小僧を診るように言え」
と怒鳴った。セルテスに向かって言う。
「年だが腕の良い医術者だ。俺の事も助けた」
兵士達の後ろから、小さな男が現れた。酷く腰が曲がっている。凝った刺繍のある頭巾を被っているので顔はよく見えない。男はそのままちょこちょこと進み、ヨアンの脇に屈みこむと、しなびた腕で脈を見た。ロークが訊く。
「まだ息はあるか?」
「――どうやら」
「そうか。治せ」
「やれやれ。治すのなら初めからここまで壊さなければ良いものを……時間がかかりますぞ」
「途中で気が変わったのだから仕方がないのだ。まかせたぞ」
それからロークは、セルテスの髪を掴みなおし、自分の前に吊り下げるようにして立たせた。
「我が美しき弟を褒美にと所望した奴ら、前に出ろ!」
不気味な甲冑をつけた男が三人、歩み出た。
「約束通りの働きをしたか?」
三人は無言で頷く。
「貴様らもそう思うか?」
ロークは首を巡らせ控えている残りの兵達を見た。彼らが僅かに首を縦に振るのを確かめ
「いいだろう」
と満足げに頷くと、セルテスの耳元に口を寄せ
「寝室を使う。来い」
と囁いた。
顔を強張らせたセルテスを、鎖が導く寝室へと牽き立てる。三人の兵が後に続いた。寝台の上へセルテスを突き転がすと
「衣を取れ」
と命じた。
セルテスは一瞬目の前が暗くなり、転がされたまま動けなかった。この悪夢は――一体なんなのか。
「ためらう必要はない。この連中は、呪いなど意に介さぬ強者どもだ。遠慮なくお前の身体を味わわせてやれ」
ロークは寝室の隅の、書き机の前に置いてあった粗末な椅子にどっかりと腰を下ろした。
「早くしろ。無理矢理毟り取られたいのか?」
寝台の周囲では、先ほどの兵達が今にもセルテスに掴みかかりそうな様子を見せている。抗う事は不可能なのだとセルテスは悟り、起き上がって長衣の袷に手をかけた。
薄暗い寝室に、白い肌が浮かび上がる。
「お前のは、また見事な先祖返りだな」
ロークが言った。
「……先祖返り?」
小さく問い返したセルテスに、ロークは頷いて見せた。
「鼻曲りが言うには、ベセルキアには昔、何種類もの種族が住んでいたそうだ。そうして過去に混ざった他種族の特徴が、今になって突然現れる事がある。俺のこの肌や髪の色もそうだし、お前のもだ――」
セルテスを顎で指して言う。
「もういいぞ貴様ら。構わんから好きにしろ」
逃げられないとは知りつつ寝台の上で後退ったセルテスを、一人の兵が鎖を掴んで引き戻した。其々が装備に手をかけて外し始め、それらは石の床に乱暴に置かれて重々しい音を立てた。露わになった兵士達の顔はどれも、肌の色や髪の色がばらばらで――一人は左右の瞳の色までもが違う。共通するのはセルテスに向ける、餓えた獣のような視線――
セルテスは悲鳴を上げる隙もなく、三人の男たちに組み伏された。圧し掛かる彼らの後ろからロークの声がする。
「――いつからか、勢力を得た今のベセルキアの種族が、他の種族たちを圧し始めた。森が迫って国土が狭まってしまったのをきっかけに、ベセルキア人どもは自分達の血を濃く受け継ぐもの以外は容赦なく国の外へと放り出し、周囲に石垣を巡らせ見張りを立てて、戻れないようにした」
下帯が解かれて露わにされたセルテスの腿の間を――男達の手が荒々しく撫で回す。両側から脚を割られ、剥き出しにされた敏感な部分を舌先で弄られる。
「追放された者達の殆どは毒蛇や肉食獣に襲われて森で死んだが、しぶとく生き延びた連中もあった。その一部が今の盗賊達の先祖だ。それ以外に――人であることをあきらめ、冥府に国を築いた者たちもいる」
「んあ――!あぅ――あああっ!」
セルテスが痛みに耐えかねて叫び声を上げた。兵士の太い指が――強引に後孔へと捻じ込まれたからだった。
「煩いな。口を塞げ。そう叫んでは話が聞こえないだろう」
寝台に掛けられていた夜具の一部を引き裂き、男たちはもがくセルテスに猿轡を噛ませた。それを見ながらロークが続ける。
「――ともかく、この国で言われているような古の民の呪いなど存在しない。俺やお前のこの姿など、只の血の悪戯なのだ――」
血の悪戯――?呪いではなく?声を封じられたセルテスは、最奥の窄まりを指でこじ開けられ抉られる痛みに身を捩り、涙を流した。そのあと――セルテスは三人に代わる代わる身体を貪られながら、ロークの話を聞かされた。それで知った事――
――セルテスの母は国の外れに住む貧しい牛飼いの娘で、狩りに出た折の国王に見初められ、愛妾となった。一方ロークの母は王の第三夫人で、王宮に住んでいた。
やがてセルテスが産まれると――その異質な姿のせいで、気味が悪いと母子は近隣の民に排斥された。危険を感じた王は二人を王宮内に移した。その際、慣習で占いを立てたのだが、それに招かれた占い師が、セルテスを次の王に据えなければ、古の民の呪いでこの国は滅びると予言した。
「王は本来、古の民の呪いなどさほど気にかけていなかった。実際この姿で俺が産まれた時、王宮の連中は驚きはしたが、不吉なことは特に言わなかったんだ。お前ほど派手に見かけが違っていなかったせいかもしれんが。だがその占い師が余計な事を言ったせいで、王宮内で呪いだなんだが大げさに取り沙汰されるようになってからは、俺の立場も悪くなったんだがそれはまあいい――お前の母は、出自は卑しいがひどく美しく、頭も良かったというから、王は特に目をかけていて――その女が産んだ子供だから、占いを盾に本妻の子をさしおいて、王位を譲ろうとしたのだろう」
王はまず、セルテスの母を正室に据え、それでセルテスに王位を継がせようとしたらしい。だが、その時すでに、王との間に跡継ぎとなる息子も儲けていた后が、牛飼いの娘に地位を明け渡す事など承知するはずがなかった。后は王の裏切りに怒り狂ったあまり、セルテスの母を毒殺し、次いで王までも毒殺してしまった。その後王の第二、第三夫人――ロークの母だ――かれらを、その子供たちと共に国の外の森に追放した。
「俺の母は愚かだったが、王を深く愛していた。だが后に成り代わろうなどという欲は持ち合わせてもおらず、王がお前の母親に心を奪われ、自分にふり向けられる愛情が減っても――王を慕い続け、ごくたまに自分の元を訪れてくれるのを、王宮の片隅で心待ちにしていた――哀れな女だ。だから王が死んだ時の嘆きは大変なもので――見ていた俺も辛かった」
ロークは淡々と語った。
「失意の底にあった母を、后は俺と共に森へと打ち捨てさせた。お前の母ほどではないがそれなりに美しい女だ。野蛮な盗賊どもが見逃すはずがない。母はたちまち捕えられ――俺の眼前で凌辱された――連中は母を助けようと抵抗した俺を叩きのめして森の中へ放り捨てた。半死にだった俺をある者が見つけ――拾ってやつらの国へ連れ帰った。それが盗賊も近寄らないほどの森深くにある、冥府の国だ――」
冥府の国――そんなものがあるとは初めて聞く。セルテスはぼんやりと思った。
「そこで俺は鼻曲りの手当てを受けて命を取りとめた。だが俺を拾った奴は、べつに善意からやったわけではなく――俺を冥府の国の王への貢ぎ物にしようと考えただけだったのだ」
ロークは椅子から立ち上がると、寝台の上で獣のように四足で這い蹲らされ、後ろから兵に犯されているセルテスの髪を掴んで上を向かせた。
「怪我が治ると俺は王の下へ差し出され――今お前がされているのと同じ扱いを受けた」
セルテスは意識が朦朧としていたが、それを聞いて愕然とした。このロークも――同じ目に?しかもその時分彼はまだ――子供だったのではないだろうか。
「しかし俺はあきらめなかった。ただの慰み者にはならず、冥府の王に気に入られるよう努めたんだ――それは目論見通りに行き、王は母を捜したいと願い出た俺に手を貸してくれた。が――見つけ出した時にはもう、母は完全に気がふれていて――」
言葉を切る。
「俺は自分の剣で、母の胸を刺し貫いた。だが――息子に殺されたことはもちろん――自分が死んだことすら――わからなかっただろう」
その時身体の中で兵士が達し、セルテスは下腹を襲った感覚に顔を歪めた。長い息を吐きながら兵士がセルテスに埋めていた自身を引き抜く。
「今度はお前の事を聞かせてやろう――」
ロークが言う。髪を離されてセルテスは、ぐったりと前に突っ伏した。
「后は当然、お前の事は一番に始末しようとした。だが――お前の首をはねようと準備していた剣に雷が落ちて首切り役が死んだり――森へ捨てに行こうと馬車に馬をつけていた御者が、突然現れた毒蛇に驚き暴れだした馬に蹴り殺されたりということが立て続いて起こったんだ。それで王宮の人間は、お前に手を出すのを恐れるようになった。古の民の呪いの力が働いたというわけだ」
――そんな事が?衝撃を受けたセルテスの脚を、別の兵が抱え上げた。再び刺し貫かれ、猿轡の下で呻き声を上げるセルテスを、ロークは間近で眺めている。
「運の強さは確かに呪術的かもしれんな――結局后も呪いに怯え、お前を殺すのはあきらめて塔に閉じ込めた。そしてここからが面白い」
セルテスは兵士に腰を激しく揺すぶられて気が遠くなりかかっていたが、必死に意識を保ってロークの話を聞いた――自分はこれを――聞かねばならない、聞くべきだと思ったからだった。
「お前が王宮に来たときに、王が呼んだという占い師――俺は后の暴走のきっかけになったその占い師をずっと探していたんだが――驚いた事に、見つけてみると、奴は本物の占い師ではなかった。そいつはお前の母親の、親族にあたる男だった。王に愛されたお前の母親と、たまたま異質に産まれたお前の容貌を利用して、お前たち一族で王室を乗っ取ろうと企んだんだ――王はそれに乗せられた――愚かな事だ」
母の親族?偽の占い?王室を――乗っ取ろうと?なんてことだろう――
「お前がそんな姿に産まれなければ――否、お前などが産まれなければ――今も、皆生きていたことだろう。俺の母も――。そこに生首となってころがっている、くだらん連中でさえもがな。お前の存在が――全てを狂わせたんだ――」
下半身の感覚が無い――。果てたらしく、兵が身体を離したが、セルテスは何も感じなかった。寝台からノソノソと降りて、衣服を身に着け出した兵達に向かい、ロークが訊ねた。
「なんだ?もう気が済んだのか?」
兵達が頷く。
「ふん。そうか」
ロークは独り言のように呟き、動けないでいるセルテスを上から見下ろして言った。
「だがまだだ。俺はまだこのぐらいでは――気が済まない。セルテス。俺はお前を殺さない。死に逃げる事は許さない。お前には――死んだ連中が味わった苦痛を――これから全て、味わってもらう――」
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