◆彫り師 １ ロークはベセルキアを冥府の国の属国とし、自らが王となった。次いで王国の周囲を取り囲んだ石垣の門戸をすべて開け放ってしまい、冥府の国の住人達や、森に潜んでいた盗賊たちをも、自由にベセルキア国内に出入できるようにしてしまった。町には冥府の国の紋章があちこちに掲げられ、ありとあらゆる雑多な種族が入り込み、異様な姿の者達が我が物顔に歩き回るようになった。 ただロークは、逆らうもの以外には寛大で、元々のベセルキアの民達を迫害するような事はしなかった。そして、王直参の兵達が武装して町中を闊歩しているためなのか意外に治安が悪化しなかったこともあって、人々の生活にさほどの違いは現れなかった。新参者達がくだらない揉め事やら品のない罵りあいをそこいらでしょっちゅう起こすようにはなったが、ベセルキアの町自体は、奇妙な賑わいを見せていた。 セルテス――彼は相変わらず北の塔に繋がれ――ロークの意のまま、男たちに嬲られ続けていた。 ロークはセルテスの鎖を、ずっしりと重く、太い物に変えてしまった。それで繋がれると今までと同じようには動き回れない――そうされて初めて――セルテスはここに繋がれている事実に、自分自身がどんなに深く絶望していたかを知った。 ヨアンも、そしてスクアードも……会った当初は裾の長い衣服に隠れたセルテスの鎖に気付かなかったし、知った後も、普段はその存在を忘れてくれていたように思う。またそうやって、鎖による不自由さを周りに悟らせないよう振舞う事で――セルテス自身、繋がれている事を思い出さないようにして、心を保っていたのかもしれない。 ロークは、鎖の存在を常に感じさせられるのがセルテスにとって最も苦痛な事なのだと気付いている。嬲り役の男たちに、セルテスを従わせるのに足の鎖を用いるよう命じる事も多く、セルテスはそんな男たちにさながら家畜のように扱われた―― だが――ロークの辛い体験を聞いたせいなのだろうか、セルテスの心に兄を恨む気持ちは起こらなかった。最愛の母を、その手で殺さなければならなかったというローク。彼の絶望はどんなにか深かった事だろう。異母弟を責め苛む事で彼の気が慰められるのならば――この状態にできる限り耐え続けるべきなのかもしれない、と――セルテスは感じていたのだった―― 「……気に入らんな」 ロークが呟いた。眼前ではセルテスが、大きく脚を開かされ、先ほどまでの執拗な責めによって硬く勃ち上がってしまった自身を曝け出し――下から男の物に突き上げられながら何度も哭き声を上げている。 「色々な方法を試したが――お前はそうやって辛さに耐えることを覚えたのみだ。まったく、気に入らん」 耐える以外に――何ができるというのだろう。セルテスは男の腰の動きと共に、声を漏らしながらぼんやり思った。 それから数日してロークはまた北の塔に現れたのだが――いつもの従者たちの他に、初めて見る奇妙な姿の男を連れていた。 裾のほつれた長い灰色の外衣を羽織り――同じ色の頭巾を被っている。その姿はどことなく、夜になると塔の周辺を舞う巨大な毒蛾を連想させた。頭巾には両目の部分に四角く穴があけられていた。その奥にある目にじっと見据えられ、セルテスは思わず視線を逸らした。 「どうだ？」 ロークが男に訊ねた。男が答える。 「はっきりとは申し上げられませんが、この体格では――仰せの通り全てに術を施しますと、死ぬかもしれません」 「そうか。やれ」 男がためらうようにロークを見た。 「やれといったろう」 頭巾の男は、静かにセルテスの前に歩み寄った。事情がわからず立ち尽すセルテスに、ロークが命じた。 「いつものように寝室へ行け――衣を取って、寝台へ横たわれ」 言われるままにセルテスは、鎖を引きずって寝室へ行くと、下帯一つになり、寝台へ上がった。頭巾の男が後へ続く。 ロークの後ろに控えていた従者が近付いて、持っていた縄でセルテスの手足を寝台の四隅へと繋ぎ留め始めた。縛められるのは初めてではなかったので、セルテスはされるまま従っていた。 手足を伸ばし、寝台に完全に固定されたセルテスの横に、頭巾の男が立つ。彼は外衣の中から、道具箱らしいものを取り出した。ロークがセルテスを見下ろしながら言う。 「この男は、不思議な、独自の種族の技を持っている」 独自の……種族の技？ 「身体に墨を入れる連中は大勢いるが、この男の種族が持つ入れ墨の技は独特のものだ。セルテス、これからお前の全身にそれを施すが――死ぬんじゃないぞ」 微かに唇を震わせたセルテスに、ロークは言いつけた。 「冥府の徒ではない上に、数々の謎めいた術を使うこの者を、連れて来て従わせるのには苦労したのだ。今王宮にこの者の家族を捕えてある。セルテス、もしお前が施術に耐え切れずに途中で死んだら――そいつらを殺す」 「なぜ、そんな――」 震える声でセルテスが呟くと、ロークは答えた。 「耐えるのは得意ではないか――耐えて見せろ。俺はお前がどこまで耐えられるものなのか――見極めたいだけなのだ」 そして――セルテスの苦痛が始まった。頭巾の男は取り出した小さな道具で――セルテスの肌に刻印を施して行く。それは肌が焼かれるような痛みだった。だがどういう訳か――その痕跡は誰にも見えない。セルテスは自分の肌が真っ赤に焼け爛れ、腫れあがっているのではないのかと思ったのだが、見た目には全く変化が無く、肌はいつものように純白で――むしろ血の気が引き、青白く見えるほどだった。 彫り付けられている間――痛みのあまりセルテスは何度も意識を失った――その度すぐに控えの従者が気付けをかがせ、セルテスはたちまち痛みの最中に引き戻された。 施術は一日では終わらなかった。王が塔から離れる間はセルテスにも休みが与えられ、縄を解かれて食事もいつも通りに運ばれた。だが身体を少しでも動かすと、皮膚が引き攣り激しく痛む。食欲は全くわかなかったが、セルテスは息を切らしながら麺麭を小片に砕き、スープに浸して飲み込んだ。胃がせりあがって吐き戻しそうになるのを、水で無理矢理に流し込む――食べられなければ体力が続かず、死ぬだろう。だが今死ぬわけにはいかない。ロークがあの彫り師の男の家族を解放するまで――死ぬのならば――その後だ。 三日間に及んだ責め苦を耐え凌ぎ――ようやく頭巾の男が言った。 「すべて――終わりました」 ロークが頷く。 「そうか――。おい、待て」 やっとの事で息を継いでいるセルテスの――下帯を指し示して言う。 「その下がまだだ」 寝台から離れようとしていた頭巾の男は、低い声で呟いた。 「通常は――施しませんが。苦痛が大きすぎるので」 「それなら尚更必要だ――やれ」 ロークに逆らえるはずも無く、男は再びセルテスの前に戻った。下帯が解かれる。耐えられるだろうか――？セルテスは目を閉じた。次の瞬間、局部を襲った激しい痛みに――思わずセルテスは目を見開き、仰け反って叫び声を上げた。 「あ！？――あ！あ！あ、ぐ……」 縛められた手足を痙攣させて、堪えきれずセルテスは失禁して意識を失い――この時は気付け薬も効かなかった。 意識が戻ったとき――塔の部屋は薄暗かった。ロークも、あの灰色の男もおらず――縄も解かれている。微かに身じろぎすると、寝台の脇に控えていたらしいロークの従者が立ち上がり、無言のまま居室から出て行った。 起き上がろうと思ったが身体中の皮膚が痛み――とても無理だ。一体、あれからどうなったのだろう――時間がどれ位経ったのかもわからない。力なく横たわっていたセルテスの前に、やがてロークが現れた。 「死ななかったな」 彼は言い、寝台に歩み寄ると、掛けられている布をどけ、セルテスの腕を掴んだ。 「あ――！」 掴まれた場所の皮膚が焼け付くように痛む。 「見ろ」 ロークは腕を持ち上げ、セルテスの視界に入れた。ロークが掴んでいる部分の周囲――セルテスの白い肌に――絡みつく蔓植物のような紋様が鮮やかに浮かび上がっていた。 ロークが腕を離す。布の上に落とされた腕に――紋様は残っていない。 「不思議なものだろう？こうして刺激を与えられた部分だけに浮かび上がるのだ――今は術が落ち着いていないせいで、触れただけでどこでも模様が現れるが、時間が経てばそれは肌の奥深くに沈み、そうなると悦びを与えられた部分にだけ反応が出るのだそうだ――その意味がわかるか？」 セルテスは答えられなかった。 「これはお前の肌に蔓延(はびこ)る淫らな植物だ。これを植えつけられたお前はこれから――男に喘がされる度――その肌に、淫猥な悦びを得た証となる花を咲かせるのだ――」