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第18話

◆ベセルキア トプフの町を出、スクアードはベセルキアへの旅路を急いだ。彼の翼は以前より数段強く逞しくなり、一度の羽ばたきで身体を進められる距離も、前の旅の時に比べずっと長くなっている。スクアードは自分自身の変化に驚いていた。 別れる時、兄のジェセが話していた――ジェセの身体も突然雄々しく立派になった。伴侶を得ると、有翼種の雄の身体は目覚しい発達を遂げる。元来戦闘種族だった彼らは、雌雄ともに縄張りを護るため戦い、狩をする。だが子育て中の一定期間、雌は戦えず、狩りも出来なくなる。その分雄が、家族皆の分の食料を得、巣にいる妻子を護るために、筋が大きく育ち力強くなるのだという。 スクアードは伴侶を得たというわけでは無い。なのに、この力。旅の途中、空腹を癒す狩りを行うたび、腕力が強くなった事も感じていた。大きな山猪も一撃で倒す――きっとこれは――ベセルキアへ帰るための力だ。 そうだ、とスクアードは思った。今の自分の力、この身体にある武器は――セルテスを護るために得たものなのだ。 方向にも迷いは無い。スクアードは一直線にベセルキアを目指した。 ―――――――――― ひたすら西へと飛ぶスクアードの眼前に、森に囲まれたベセルキアの町が見えてきた――もうすぐだ。もうすぐ、セルテスに会える。スクアードは喜び勇んで羽ばたきを強め、北の塔を目指した。 塔が見えたと思ったその時、いきなりスクアードの左翼の先を何かが掠めた。はっとなって下を見る。そこには異様な色形の甲冑を身につけた兵士が二人、弓に矢をつがえて立っていた。 なんなんだ?スクアードは思った。今まで塔の見張りに見つかって矢を射られた事などなかった。彼はいつものんびりとさぼっていて、空には全く注意していなかったから―― もう一本矢が放たれた。スクアードは慌てて避けたが、うなりをあげて飛んできたそれは、ベセルキアの民が通常小動物を狩るために使う木製の物ではなく――それだとそもそもここまでは届かない――殺傷能力のはるかに高そうな真っ黒い鉄の矢だった。完全に戦闘用のものだ。 「そこの有翼種!ここはローク王の専有地だぞ!」 兵士の一人が叫んだ。 「すぐに退去しろ!許可なく飛行する事はできない!」 ローク王?聞いた事のない名前だ。一体どういうことなのか。スクアードは混乱したまま、塔に近づく事を一旦あきらめ、ベセルキアの町へと飛んだ。 町へ降り立ったスクアードが見たもの――其処此処に掲げられた、不気味な髑髏の紋章、町を闊歩する、奇妙な姿の人々。有翼種も何人かいたが、彼らは胡散臭そうにスクアードを一瞥しただけで声もかけず去っていった。 よく葡萄酒を飲みに通った食堂へ行ってみた――昼間だというのに、派手に化粧した女が客の間をまわって酌をしている。以前はなかったことだ。 そこはどうやら兵士達の溜まり場になっているようだった――ある者は食卓の上で、獣の骨を削った奇妙な道具を使って葡萄酒を賭け、勝った負けたで殴り合っている。またある者は、給仕をする女の尻に手を伸ばし、横面を引っぱたかれている。男娼らしい美しい若者が、男の膝に腰掛けて甘えている――そして最も驚いたのは――以前は一つしかなかった人の種類が、いくつにも増えていることだった。ある者は黒髪、ある者は白い肌、ある者は――セルテスのような青い目を持っていた。 スクアードは眩暈がしてきた。ここは本当に――ベセルキアなのか? 入り口に突っ立っていたスクアードを、いきなり後ろから押し退ける者がいた。 「おい貴様!ここは俺達ローク王の兵隊専用だぞ!うかうか入るな!」 男は店に入りながら、大声で呼ばわった。 「近衛師団のお出ましだ!席を空けろ!」 店の中にいた男たちは、慌てて各々の飲み物や皿を手に取り、隅の方の席へと移って行く。それを唖然と戸口の脇から見ていたスクアードの前に、鉄靴を鳴らして男達の一団が現れた。腰には長剣、重そうな装備に長く真っ黒い外套――そこには町で見た紋章と同じ髑髏が染め抜かれている。 と――彼らのほぼ中央にいる長身の若い男の顔を見て――スクアードは思わず叫び声を上げた。 「ヨアン!?ヨアンじゃないか!」 駆け寄ろうとしたスクアードの前に、他の兵士が立ち塞がった。 「なんだお前は!?師団長殿に何の用だ!?」 「し、師団長!?」 驚いたスクアードの腕に、もう一人の兵が手をかけ、後ろへと捻じりあげようとする。 「薄汚い有翼種の分際で、我が近衛師団長のお名前を気安く呼ぶな!」 「薄汚……なんだって!?」 思わず頭に血が上った。どういうことだ。ヨアンは以前、スクアードを羽根野郎呼ばわりしてはいたが、だからといって有翼種を蔑んでいたわけでは無い。それが――いきなりこんな事を言う連中の――長だって? スクアードは殆ど反射的に、腕を掴んでいた相手を振り飛ばした。男がもんどり打って地面に倒れる。周囲の兵がどよめいた。 スクアードはずかずかと、武装した兵をかき分けヨアンの眼の前に立った。以前スクアードよりはやや低かった彼の背丈が、同じ位になっている――ヨアンは間近でスクアードの顔を見ても、眉一つ動かさなかった。 「これは一体どういうことだヨアン!?ローク王の近衛師団だと!?セルテスはどうしたんだ!?」 ヨアンの肩を掴んだスクアードの腕を、彼は右手でゆっくりと払いのけた。その甲に――べったりと髑髏の紋章が入れ墨されているのを見て、スクアードはぎょっとした。見れば周囲の兵達の、手の甲すべてにその印が入れられている―― 「貴様ァ!こちらを向け!」 背後から声がした。振り返ると、先ほど突き倒した兵士だった。唇を切ったらしく、口元から血が垂れている。 「こっちにきて俺の相手をしろ!師団長殿に構うな!」 剣の(つか)に手をかけて彼は喚いた。 「よせ」 ヨアンが口を開いた。 「こんな目立つ場所でたかが有翼種相手に本気になるんじゃない――近衛師団の名折れになる」 なんだと!?スクアードは怒りにかられてヨアンを睨みつけた。 「しかし、師団長殿――」 ヨアンは相変わらず無表情のまま言った。 「こいつとは少々因縁があるんだ……静かな場所でケリをつけてくるから、お前たちは先に入って飲んでいろ……」 ヨアンは兵たちに向かい、 「その辺の野次馬どもが、ついて来ないよう見張っておけ」 と言いつけ、髑髏柄の長い外套をはためかせて歩き出した。スクアードは、腹の底が沸き立つような怒りを覚えながら、ヨアンについて兵達の輪の中から出て後を追った。 ヨアンは足早に歩き、町の中心からどんどん遠ざかっていく。スクアードはその背に向かって怒鳴りつけた。 「おい!どこまで行く気だ!何か知らんが決着をつけるというならここらでいいだろう!」 「誰も居ない所まで付き合え――俺は見世物になるのはごめんなのだ」 「――気取りやがって」 スクアードは呟くと、ヨアンの後に続いた。 ヨアンは石垣に囲まれた町を離れ、森に入ってしまう。一体――どこまで行く気なのか。スクアードが訝しんでいると、前を行くヨアンがふいに立ち止まった。 スクアードははっとし、身構えた。と、ヨアンはスクアードに向き直ったかと思うと――いきなり抱き締めた。 「ヨッ……ヨアン!?なに――」 「スクアード……!まさかお前が戻ってきてくれるとは――!願いが通じたかのようだ!」 言いながら、彼はますますスクアードを抱き締める腕に力を込める。 「なっ……何なんだ?どういうことだヨアン、説明してくれ!」 ヨアンはスクアードから身体を離すと、用心深く辺りを見回し 「見せたいものがある。来てくれ」 とスクアードに囁いた。 ヨアンに案内されたのは、森の中にある暗い洞窟だった。ヨアンが先に入って行く。ほどなくして小さな灯りがともった――ランプが備えてあるようだ。 「スクアード」 ヨアンの呼ぶ声がする。スクアードは警戒しながら洞窟に入った。 中は案外広い。中央に、布を被せた何か大きな物がある――灯りを掲げたヨアンが歩み寄ってその布をどけた。 「これは――?」 それは初めて見る物だった。木と布と金属で組み立てられ――鳥のような――虫のような――なんとも不思議な形状をしている。 「飛行装置だ」 ヨアンが答えた。 「飛行――装置?」 なんだろう? 「人を乗せて空を飛ぶ機械だ」 ヨアンが灯りを差し上げ、その不思議なものを照らし出す。 「空を――――飛ぶ?人を、乗せて―― 「ヨアン、これ――」 「そうだ」 ヨアンが頷く。 「これで――セルテス様を連れて、この国を出る」

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