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選択の先 最終章・柒年の哀⑤
「ゲッ、芥川」
江戸川乱歩に頼まれた御使いの帰路、中島敦は探偵社の建造物前で待ち受ける芥川に遭遇する。
芥川は敦を確認すると直ぐに言葉一つ発しない儘目線で指示を出し、建造物の路地へと消えて行く。其れが「着いて来い」の合図であると察した敦は辺りを確認した上で芥川の入っていった路地へと駆けて行く。
用件は解っていた。太宰の事以外何も無い。太宰はあの日の入水で中也を喪った。献身的に支え続けた国木田独歩は敢えて中也が蘇生した事を太宰には伝えなかったが、結果的に太宰は残りの人生を国木田と共に過ごす事に決めた――自分では無く。
仕出かした事を考えれば当然の選択で、寧ろ今も未だ探偵社に自分の居場所が有る事が不思議でならなかった。
「久しいな、人虎」
「……噫、あの河川敷以来だ」
芥川が太宰に何をしたか其の後敦は国木田から訊き及んだ。然し芥川を責める謂われも無い程敦も同等の罪を自覚していた。
「……太宰さん、は……」
「貴様の眼は節穴か」
太宰は以前と変わらぬ迄に回復した、と告げようとした。然し其の思惑を見抜いたかの様な芥川の科白に敦は息を呑んで眼を見開く。
知らず知らずの内に見て見ぬ振りをしようとしていた。「太宰はもう大丈夫なのだ」と。
大丈夫な筈が無かった。一見して献身的な国木田の助力で取り戻されたかに見えた日常ではあったが、其れが正しい選択の結果で無い事は確かだった。そんな事は敦も芥川も疾うに解りきっていた。
狭い路地裏に風が吹き込む。敦が太宰を外で求めたのも此の場所だった。何と愚かな事をしたのだろうと今では思う。
――今、僕に出来る事は。
反目し合う二人であっても其の思いは同じだった。
其の日敦は決意を定めて国木田に声を掛けた。
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