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選択の先 最終章・柒年の哀⑥

「太宰さん、今日は佳い天気ですね!」  明くる日、敦は太宰と共に海に近い公園に居た。  本来、太宰と行動を共にするのは相棒である国木田の役目ではあるが、遠方へと出張する社長福沢諭吉の共につき出掛けて仕舞ったので、其の代わりとして敦が太宰と行動を共にする事となった。元々福沢の出張に同行する事が決まっていたのは乱歩であったが、其れが直前に国木田に変わった事に不審を抱かない程太宰は鈍感な人間では無かった。  心地好い潮風を肌に感じ眼を細めた太宰は露骨な迄にはしゃぐ素振りを見せる敦の背中を眺め、海を臨む白い共同椅子に腰を下ろす。  敦はちらりと飲料の移動販売店に視線を向けると太宰を振り返った。 「喉渇きませんか? 僕彼処で何か購って来ます」 「噫、任せるよ」  気を使っている事は訊かずとも判る。今日になって福沢の随行者が乱歩から国木田に代わったのも、此の状況を作り出す為のものだろう。  一見すると何の変哲も無い移動販売店がポートマフィアの傘下である事に太宰は気付いていた。其処に敦が自ら歩みを寄せたのは偶然か必然か。  涼しげな秋風と雲一つ無い青空。紙杯に入った飲料を持った敦が戻って来ると地面に淡い影を作る。 「どうぞ」 「有り難う」  手渡しの紙杯を受け取る刹那、僅かに触れ合った指先から伝わる緊張。 「――あのっ、太宰さん」  向き合わずに遣り過ごせるのならば其れで構わなかった。謝罪の言葉は自己満足の為のもので、心から過ちを反省しているのならば今後の行動で示して貰えれば善かった。  内心謝罪の言葉で再び思い起こされる事が厭だった。もう自分の中で蓋をした。其の蓋が少しでも開こうものならば其れでも自分を保ち続ける事が出来るのか、今の太宰にはそんな自信は無かった。 「気にして居ないよ」  だから、言葉で牽制をした。其れ以上掘り起こして呉れるなと。出来得る限り違和感の無い笑みで。  そして読み通りならば、と太宰は背後から忍び寄る気配を察して横目を向ける。爽やかな日中には大凡似つかわしく無い、真っ黒な外套。遠い昔に太宰が与えた外套の裾を靡かせ芥川が立っていた。 「やァ君も、久し振りだねえ」 「太宰さん……」  敦が気付かなかった太宰の小さな表情の変化に芥川は眉を寄せる。  空間内に痛い程の静寂が走った。何も変わらない、普段通りの公園の筈なのに人の気配が微塵も感じられないかの様な静寂だった。  【選択】の結果――  其れは敦が禁忌の匣を覗いたあの瞬間から始まった。

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