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選択の先 最終章・柒年の哀⑦

「太宰さん、此れを」  芥川の異能【羅生門】は外套の裾から形を変え、飼い馴らされた愛玩動物が如く主人の命に従い太宰へと近寄る。【羅生門】が口に咥えていたのは善く見慣れた趣味の悪い帽子。【羅生門】は帽子を太宰の手許に落とすと再び主人の元へと戻る。 「オイ芥川俺の帽子――」  芥川の背後から声と共に姿を現したのは頭部に手を当て、【羅生門】を追って来た中也だった。  敦と芥川の計略通り、此の日此の時間、此の場所で二人を邂逅させる事に成功した。余計な御世話かもしれない、太宰と中也が其れを望んでいないかもと頭に過ぎらなかった訳でも無い。  ――其れでも、愛して仕舞ったから。  心が割れそうな程深く愛して仕舞ったから、太宰が本当は誰を愛して居るのか判って仕舞った。其れは敦でも芥川でも、国木田でも無い。  太宰の倖せは中也以外に存在しないと気付いて仕舞ったからには、自分達に出来る一番の償いは太宰と中也の二人が心から向き合う時間を生み出す事だった。其の結果二人が別離を選ぶとしても、其れが二人の出した結論ならば二度と悔いは残らないだろう。  あの海での一件から一度も顔を合わせずに出て仕舞った結論、尊敬する師でありながらも其の頑固さや素直でなさは筋金入りである。  其れでも今は、如何か自らが納得の行く【選択】をして欲しいと願わずには居られない。  仮令自分が選ばれなかった事実が其処にあれど、愛している人には倖せでいて欲しいと願う事は間違って居ない。  太宰にとっての倖せは中也にこそ存在する。 「太宰さん、」  気付けば期待に満ちた眼で太宰を見る芥川の姿が目前に在った。中也を連れて来たのは自分の手柄であるからと、褒美を期待する表情を向ける芥川の襟首を敦は無造作に掴む。 「あ、あの太宰さん、僕用事が出来て仕舞ったので」 「此れは回収して行きますね」  大凡人を騙す演技は向いて居ないなと敦の態とらしい様子に苦笑を漏らす太宰だったが、敦が芥川と云い合い乍らも其の場を後にすると残されたのは太宰と中也の二人となった。中也の方は太宰の姿を確認した途端、其の場に縫い付けられたかの様に一歩も動かずに居た。

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