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神父見習いと盗賊③
荒い呼吸の合間に、少年が口を開く。
「おまえ、本当になんなんだよ…調子くるうわ。…で、お前の”お願い”とやらはなんなんだよ?」
イライラとした様子で話しを戻され、やっと本題を思い出した。
「あ、そうだそうだ。えっと、僕のお願いはね、それだよ」
「あ?」
腕が使えないので顎をしゃくって指し示すと、少年の顔がゆがむ。
「その左ほほのやけどあと、診させてよ。僕、ちょっとだけ薬草のこともかじってるから、きになるんだ」
「ああ? やだよ、なんで見知らぬ他人にそんなこと」
「…探し物、見つけなくていいの?」
間髪入れずに突っ込むと、悔しげに少年が黙り込む。
短い沈黙が流れる。
やがて、少年が観念したように口を開いた。
「…わかったよ。そのかわり、妙なことをしたら殺すぞ」
「はいはい、わかったわかった」
いいから早くロープを外して。と目で訴えかけると、少年は舌打ちをしてナイフを取り出し、僕の腕を縛るロープに刃をあてがった。
「…まさかこんなにあっさり見つかるなんて」
「これが本の虫の実力ってやつさ!」
あのあと、わずか10分程度で少年の探し物は見つかった。
それは、この教団にしかない古い本だった。
「これは…我がべローザ国王家に関する本だね。どうしてこんなマニアックな本を?」
目の前でナイフを僕に向けているこの少年が、読書好きとは思えない。
…って、ナイフ?
「うわ! なんでそんなもの向けてるんだよ。危ないだろ」
「黙ってその本をよこしな」
こちらをにらみつける彼を見て、僕はとんでもないことに気づいてしまった。
「ま、まさか君は…噂に聞く強盗ってやつか!?」
「今更かよ!」
まじかよこいつ! と少年が叫ぶ。
「最初の数分の時点で気付くだろ普通。お前バカなのか!?
「だって強盗って初めて見たんだもん! すごい、本に書いてあった通りだ!」
感動する僕を尻目に、少年…もとい、強盗くんはがっくりと肩を落とす。
「…もういい。なんかやる気失せたわ。見逃してやるから、その本を渡せ」
「え、ダメだよ! これはとても貴重な本なんだ。それより、さっきの約束は?」
「約束?」
「やけどの治療のことだよ! 本の場所を教えたら、診させてくれるって言っただろ?」
そう言うと、強盗くんは「ああ…」と思い出したように呟いた。
「そんな約束したっけなぁ?」
「卑怯だぞ! 約束を破るのは泥棒の始まりなんだから!」
そのとき、遠くの方から複数の足音が聞こえてきた。
急いでいる様子はないが、確実にこちらに向かってきている。
強盗くんが息をのみ、扉の方を見つめる。
あ、今がチャンスかも。
僕はとっさに、着ていたローブの中に本を隠した。
分厚いが小さな本だ。うまく隠せてるといいんだけど…。
「くそ、流石に気づかれたか。おい、さっさと本を…あれ?」
「約束を破るつもりなら、本は渡せない! いや、守っても渡せないんだけど…と、とにかく、あきらめてそのやけど跡を僕に見せなさい!」
勝ち誇った顔でそう言うと、強盗くんからは盛大な舌打ちが返ってきた。
「ふふふ、本をどこに隠したかわからないだろ? さあ、追っ手が来る前に、早く傷を」
「ったく、めんどくせぇ」
強盗くんはため息をつき、手に持っていたナイフを手放した。
かと思った、次の瞬間。
「うわ!?」
強盗くんが飛びかかってきて、僕は硬い床に押し倒されていた。
したたかに頭を打って悶絶する僕を、驚くほどの腕力で押さえつける強盗くん。
「盗賊を怒らせたらどうなるか、その体に教えてやるよ」
僕の顔を覗き込む盗賊くんの目が、怪しく光る。
呆然と見上げる僕の服の裾から、盗賊くんの手が侵入してくる。
「え? え?」
何が起きているかわからずうろたえる僕を尻目に、その手は体をまさぐるように動き出す。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 何してるの!?」
これはまさか、貞操の危機なのでは!?
「やめ…!? 僕の体は我が神ロザイン様のものなんだ! 純情の誓いを破るワケには!」
喚きながら暴れるが、力の差は歴然でされるがままだった。
盗賊くんの顔がすっと近づいてきて、耳元でささやかれる。
「神の所有物ってやつか。そりゃあ興奮するね」
唇だけで薄く笑われる。
大人びたその表情に、背筋にぞくりとした感覚が走る。
ああ…神よ…バカな僕をどうかお許しください…。
どうしようもなくなった僕が神への祈りを捧げていると、突然強盗くんの体が離れた。
困惑する僕を置いて、立ち上がる。
そこでやっと、誰かが書庫の扉をノックしていることに気づいた。
「リタ、リタ、そこにいるのでしょう? 先ほどの音はなんですか? まさか、また教会の窓を割ったのではないでしょうね?」
神父様の声だ。
「あなたは何度教会の設備を壊せば気がすむのです? 早くここを開けなさい」
扉越しに聞こえる呆れた声に、どうしてすぐに人が駆けつけなかったのかわかった。
きっと神父様たちは「またリタが何か壊した」と思いこみ、まさか盗賊が侵入していたなんて思っていなかったんだ。
「し、神父様! えっと、申し訳ありません、ちょっと今立て込んでて。あ、壊したものは、後でちゃんと片付けておきます」
僕はとっさに、そう返事していた。
扉をにらみつけていた強盗くんが、意外そうな目でこちらを見る。
「まったく…あなたももうじきこのべローザ教団の神父として一人前になるのですから、もっとつつしみを持ちなさい」
「は、はい!」
僕の返事に満足したのか、扉の前の足音は遠ざかっていった。
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