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危険な再会①
どうやら、最近の僕は疲れているらしい。
我がべローザ国の王都から、さほど離れていない賑やかな街並みの中。
陸上の貿易の中心地として栄える街なだけあり、行き交う人の中には異国人らしきものたちも混ざっていた。
整備されていない道にたくさんの人が行き交うものだから、視界がぼんやりと煙るほどに土けむりが舞っている。
疲れ目でないなら、このうっとうしい土けむりに視界がはばまれているんだ。
そうでなければ、ここに書かれているこの値段は絶対におかしい。
『ケムケム草 最低価格8万ルピー』
それともアレかな。
夏の暑さにやられて、これを書いた人が間違えて0を一つ余分につけちゃったのかな?
そうだ、そうに決まっってる。
でなきゃあ、こんなバカみたいな値段なんてありえないよ。
「ちょっとあんた、さっきからずっとその葉っぱを見ているけど、競売に参加するのかい?」
「あ、ああ、うん。買いたいんだけど、これの値段って、8千ルピー…」
「8万だよ」
僕の言葉を遮って、見張り番らしいおばちゃ…もとい、マダムが吐き捨てた。
念のため、僕はローブの中に隠していた巾着を取り出し、中をのぞいてみる。
だめだ、何回数えてもメダルの数が7枚足りない。
がっくりと肩を落とす僕の様子に全てを察したらしいマダムが、虫けらを払うように手を振った。
「もうすぐ競売が始まるんだから、文無しはどっか行っちまいな!」
ああ…せっかく教団を抜け出してここまで来たのに無駄足だったなんて。
ケムケム草はべローザから遥か北へと進んだ地方にしか生息しない薬草で、ここらでは滅多にお目にかかることができない。
伝聞屋から、今日この町の中央広場で行われる競売にケムケム草が出品されるって聞いて、わざわざ来たって言うのに…。
僕が一人肩を落としているうちに、競売の前に展示されていた品々が係りの人間により回収されていく。
どうやら、もうすぐ本番が始まるようだ。
撤収されていく品々の中に、ふと、とあるものが目についた。
「…”黒血病”のマスク…。王都の近くにあるこの街にまで、あんなものが出回っているのか…」
ネズミの鼻のように先端がとがった独特の形のマスク。
黒血病の感染をふせぐ効果のある薬草が仕込まれているらしいが、僕からみたらうさんくささしか感じなかった。
とにかく、正式に競売に参加できないとなると…さてどうしよう。
ふと、僕の頭に突然ナイスなアイデアが降りて来た。
「そうだ! 出品主に直接相談すればいいんだ! 欲しい理由を話せば、少しは分けてもらえるかも!」
なんなら、僕の全財産(なけなしの1万ルピーだ。こんな時のために神父様のお手伝いをして稼いでいた)を差し出したっていい。
出品主がどこにいるかはわからないので、とりあえず競売にかけられる品を運んでいった倉庫の方に行ってみよう。
うん、我ながらいい考えだ!
…と、思っていたのだが…。
「くっ…入口の警備があんなに厳重だったなんて! 出品者に会わせてくださいって言っただけなのに、つまみ出されたよ」
文字通り門前払いされた僕は、「パパとママのとこに帰んな、坊や」と言う言葉とともに、なぜか渡された飴玉を口の中で転がしながら、さまよい歩いていた。
この機会を逃せば、次いつケムケム草にお目にかかれるかわからない。
さて、どうしたものか…。
「どうかしたのかい、坊や」
突然声をかけられ振り向くと、妙に派手派手しい格好をしたおじさんが立っていた。
こちらに歩み寄りながら笑ったその口元には、ぎらりと金歯が光る。
「さっきから見ていたが、ずっとこのあたりをうろうろしていたね? 何かを探しているのかい?」
どうしたものかと言葉を選んでいると、そのおじさんはおもむろに、ごつい宝石つきの指輪をはめた手で、僕の手を握った。
「こんなに可愛い子が一人で歩き回っているなんて…。パパとママはどうしたのかな?」
なぜか僕の手を撫でながら聞いてくるおじさん。
一気に色々聞かれて混乱したので、とりあえずいちばん最後の質問に答えてみる。
「えっと…親はいなくて…」
「おや、もしかして迷子かな?」
「あ、いや、そうじゃなくて、小さい頃からいないんです」
僕がそう答えると、おじさんは「なるほど」とうなずいた。
「そうかそうか、君は孤児なんだね。今はどこに住んでいるのかな?」
なんかすごいグイグイくるおじさんだな。
なんでかずっと手をさすってくるし。
「今は教…」
言いかけて、ハッと口をつむぐ。
教団から抜け出してきたことがバレたら、きっとおどろかせるに違いない。
下手したら警吏(けいり)に通報されて、連れ戻されるかも…。
まだケムケム草を手に入れていないし、脱走に対するお叱りを受けるのはこりごりだ。
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