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おつかい俊介くん
その客は「ちょっと違う」と思わせる客だった。
スーツを着てはいるが、サラリーマンという感じは余りしなかった。と言って、ホストでも強面のお兄さんでもない。とにかく、良くも悪くも目立つ客だった。
もっともその一番の原因は、彼が美形だったことだろう。男っぽいと言うより甘く整った顔立ちだ。色も白い。でも明らかに女顔ではない。りりしいと言いたくなる顔立ちなのだ。
世間知らずのお坊ちゃまが見学に来たかのような場違いさだった。
そんな人物が真面目な顔で熱心にアダルトグッズを選んでいたとしたら、見ずにはいられないだろう。
俺も棚の商品を並べる振りをしながら、彼が何を見ているのかを観察してしまった。
あまりにじろじろ見ていたせいか、彼が俺の方を振り向き、ほっとしたような顔で見つめてきた。
「お店の方ですか?」
落ち着いた声は彼にふさわしかった。まともに向けられたきれいな顔に、何だか焦る。
「は、はい。何でしょう」
「これとこれと、どこが違うんですか?」
彼が指で指し示したのはバイブだった。どぎついピンクと肌色のそれ。俺は事務的に説明した。
「材質ですね。こっちはシリコンで、こっちはゲルトーマだったかな」
「材質が違うのはなぜ?」
「より本物に近い感触を追究すると、こういう新しい素材になってくんですよね」
「すごいですねぇ」
間抜けな相づちだ。ふだんなら失笑したかもしれない。しかし、この浮世離れした雰囲気の男なら、こんな反応こそ自然だった。
興味が抑えられなくなった。
「贈り物か何かで?」
俺が訊くと、彼は目を丸くした。頬が何だか赤くなっている。
「贈り物になるんですか?」
「彼女へのプレゼント、なんて方も多いですよ」
彼が大きくうなずいた。顔は相変わらず赤い。
「なるほど。私はただ、買ってくるよう申しつかったので」
「バイブをですか?」
思わず問い返してしまったせいか、いくぶん彼は口ごもった。
「いえ。あの、それだけではなくて、いろいろと」
いろいろという言葉に俺は首をひねった。が、そのまま彼の買い物につき合って、本当にいろいろであることを思い知らされた。
手錠などの拘束具、バイブ、ローター、ディルドはもとより、アナル用のバイブや浣腸器なども選んだのだ。
恥ずかしそうに「主からの命なので」と小さな声で言ったのが、ものすごく初々しかった。
もしかしたら。
邪な想像をしてしまった。
これらの道具を使われるのは、この男自身なのではないだろうか。
主というのはいわゆる「ご主人様」なのでは。
こんなきれいな男を奴隷にしたら、確かにたまらないだろう。
万の単位の支払いを受けて、俺は紙袋を彼に渡した。
「ご相談に乗っていただいて助かりました。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げられて、俺は自分がまっ赤になるのを感じた。
「あ、いえ。また何かご入用のものがあったら……」
「はい。失礼いたします」
彼はにっこりと笑って俺に会釈をすると、背筋を伸ばして店を出て行った。
彼とすれ違う者は思わず道をあけ、呆然と彼を見送る。彼は他の人から見ても、やはり場違いなタイプなのだ。
そして俺はといえば、しばらくの間最後に彼が見せた晴れ晴れとした笑顔が目の前にちらついて仕方なかった。
――了――
20030120
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