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第16話 溶解

康太の怪我は大したことなかった 一週間位痣になり……跡が消える頃には、お盆も近付いていた この日康太は、一条の撮影現場に来ていた 年末時代劇スペシャルの撮影が京都であって、一条は康太達を付き人として、撮影所の中に入らさせて貰っていた 榊原の親に挨拶に行くって言ってた康太は嬉しそうだった 康太を冷やかしに行ったら…… 康太は頬に湿布をして寝さかされてた 一条と一生、四宮は誰に殴られたのか…大体の察しを付けて……聞く事はなかった 少し落ち込んだ康太を、京都の撮影所まで連れて来たのは、三人の配慮だった 「すげぇな」 セットの凄さに目を輝かせて康太が言う 撮影所ばかり見て、康太が一条を見ないから、一条は拗ねた 時代劇好きの康太に一番に見て欲しかった 似合ってるよ!っ言って欲しかったのに…! 一条は焦れて切り出した 「康太…てめぇオレ様の武将姿には何も謂う事はないのかよ! 時代劇好きな康太! さぁオレ様の武将姿を褒め称えるのだ!」 誉めれ!誉めれ!と尻尾を全開に振る 康太が一条に目を向けると、戦国時代にワープした姿の一条がいた 凄く似合ってて、一条はこんな役も出来るようになったんだ…と、歓喜する 「すげぇ似合ってるよ隼人! その鎧、重いんか?」 康太が聞くと嬉しそうに、得意気な顔をする 「結構重いのだ! でも当時の鎧はこれの何百倍も重いから、軽く仕上げてあるのだ!」 「すげぇな! 一度で良いが着てみてぇと思うよな一生、聡一郎ぉ」 …いいえ……着たくなんかないんだけど… 重そうだし…… 夏には着るもんじゃないし…… 一生と四宮は答えなかった 「あーぁ…お前らはそう言う奴だよ」 一条は座る四宮の背中に体重を掛けた 「ぅわっ!止めろぉ隼人…潰れるってば」 四宮が暴れるのを見て満足な一条は、ターゲットを一生に切り替えた 「ゃめ!隼人格好良いから…止め…てば」 一条が暴れる一生の背中に乗り掛かった やれ!やれ! と康太が捲し立てた 「康太てめぇ助けやがれ! 康太ぁ~康太様……助けろよ!」 そんな光景を撮影所の皆は微笑ましげに見ていた だだ、その撮影所には…… 時代劇の重鎮 榊清四郎が既に撮影所に入っていた その重鎮が榊原伊織の父親だとは、三人は知る筈もなかったのだが… 榊清四郎は一条の君主役で撮影所入りしていた 撮影所の中に元気な声が聞こえる 何気なく振り向くと…飛鳥井康太が笑って、一条隼人と話していた 何で此処に?………清四郎は戸惑う 謝らなければ… でも私の顔なんか見たくないだろうし… 清四郎は瞠目した 意を決して康太に近づくと、一条隼人が、康太を隠し、横の二人も康太の壁になった あぁこの子は産まれながらに、君主の才が有るのだな 康太の為に身を呈して護る まさに一条隼人の役どころだった 「煩くしてしまいましたか? すいませんでした! 以後気を付けますんで、どうか、ご容赦を」 一条隼人が深々と頭を下げる 撮影所に緊張が走る 大御所を怒らせたら大変だ… だけど、一条隼人が、主演でなければ視聴率が取れない…悩んで出れないでいた 「あっこんにちは」 康太は当たり前の様に挨拶をする まるで何もなかったかのように、笑顔で手を振る 「やっぱ希代の君主は 榊清四郎に限るな! 母ちゃんに言ったら羨ましがられるぞ! 自慢してやろ」 康太は人壁の奥から顔を出して、手を振っていた 「康太君…その……先日は…」 言い澱む… そんな清四郎に、康太は最上級の賛辞を述べる 「得したな! 榊清四郎の太刀姿を間近で見れるなんて… 感激です!頑張って下さい」 観衆の面前で謝ってなど欲しくはないのだ 主君姿の榊清四郎に、頭など下げられたくはないのだ 「康太君…撮影が終わったら、少し時間をくれないか?話したい事があるんだ……」 「解りました! じゃあオレ此処にいるんで、終わったら声かけて下さい」 了承して立ち去る背中に 「頑張って下さい! 最高の演技、ここで見てます」 と、投げ掛けた 清四郎は、手は抜けんな…と気持ちを引き締めた 清四郎が立ち去った後、康太は質問攻めにあう 「どうして、康太が榊清四郎を知ってんだよ」 一条がボヤく 榊清四郎と共演と聞いた時、肝が縮み上がった 芸能界の大御所を怒らせたら…考えるだけで怖い そんな御方が康太の知り合いだなんて… 「知り合いって訳じゃない…けど」 康太は誤魔化した…… が、三人は誤魔化されないぞ!と、康太を見た 「伊織の父ちゃんなんだよ……あの人は…」 ………… …………… 「はぃぃ??今、何て仰いました?」 都合が悪くなると聞こえないフリをしやがる 「だから、榊原伊織の父ちゃんなんだよ! あの人は!」 「えっ、嘘」 一条が信じられないって顔をした 「榊清四郎ってプライベートは完全極秘でヴェールにかかっていましたね…確か? 妻が北城真矢だと謂う以外は家族の事は全くと謂って情報はない筈です」 四宮が、頭のデーターを振る回転させる そんな中、一生は悠長に観察していた 「言われて見れば、榊原は父親似かもな」 そんな一生の言葉に康太は 「その台詞…榊原には絶対に言うなよ!」 と釘を刺した ハハハッと一生は笑い飛ばした 「一条隼人さん 出番お願いします」 スタッフが呼びに来て一条は撮影に行った その日の撮影が終わると、榊清四郎は私服に着替え、康太を迎えに来た 清四郎に連れられて、向かう康太の背中に、旅館の名前を告げ、解らなかったら自分達を呼べ…と念を押し、三人は康太を見送った 康太が連れて来られたのは、京都で有名なお茶屋で、一元さんは入れない高級茶屋だった 康太は清四郎の向かいの席に座り食べきれない料理を前に… 食って良いんかなぁ… 茶屋のマナーとかあったら、怒られないかなぁ…と戸惑っていた 清四郎は今一番美味しい物を…と、良い、食事だけを所望した 「嫌いなのでもあったのかね…? 取り替えさせようか?」 中々箸を着けない康太に気遣った 「あっ…嫌いなのはないけど、茶屋って来た事ねぇからマナーとかあったら…… オレ…そう言うの知らないから…」 康太がそう言うと 「マナーなんて気にしなくて良いから、好きなように食べなさい」 自分から足を崩し胡座をかいた 康太も足を崩し、目の前の料理に箸を着けた ガツガツ食べる康太を、清四郎は目を細めて見ていた 食べ終わり、清四郎は食後の珈琲を、康太はプリンを食べていた時、康太は清四郎に頭を下げられた 「本当にすまなかった…… 傷にならなくて本当に良かった」 清四郎は康太の頬を触り言った 康太の頬にはもう跡はなかった 「気にしなくて良 いです オレは貴方の息子を誑かした悪い奴と取られても仕方がない存在なんですから…」 康太の悲しくなる言葉に清四郎は否定した 「違う!違うんだ!君は悪くない…… 伊織の恋人を否定するつもりはない… 君を否定などしてはいない だだ…仕事に行き詰まっていて、イラついていた…すまない 本当にすまなかった 親御さんにも謝りに行くつもりだ…」 深々と頭を下げる清四郎に康太は謝らないで下さい!と告げた 「謝らなくて良いです オレは傷ついてなんかないから」 「康太くんは強いんだね」 「強くなんかない! だけど、自分の大切な人を護れる自分でいたいと…思っています」 「私の事を許してくれるかい?」 「許すもなにも、最初から怒ってなんかいません」 はははっと清四郎は笑った 「話を聞いてくれるかね? 役者馬鹿の懺悔の話を…」 康太は頷いた 清四郎は重い口を開いた 「私の頭の中には役の事しかなかった 妻の誕生日も、子供の誕生日も…… 授業参観も、X'masも正月も… 自分にある時間は全て役に役者として過ごした 台詞の覚えの邪魔になるからと…子供と接する事はなく…… 煩いときは黙らせろ!と当たり散らした 365日、頭の中には仕事の事ばかりで、妻や子供の入る余地はなかった…」 苦しげに話し、清四郎は珈琲を少し飲む 「ある日…気が付いたら、妻や子供は私から距離を取っていて… 歩み寄ろうとしても…距離は広がるばかりだった ショックだったのが、伊織は中学になると寮に入り家には寄り付こうとはしなかった事と‥‥ 笙は役者になったが、私との関係は隠している事だ 私はそれを見ているしかできなかった…」 康太は黙って聞いていて 「貴方は身勝手で我が儘だ…」 と一蹴した 「貴方が家族の中で孤立したのは貴方自身が招いた身勝手じゃないですか! 貴方は役者としては素晴らしい だけど家庭では暴君だ でもそんな身勝手な貴方でも奥さんは着いてきているじゃないですか!」 まさか康太に辛辣な言葉を投げ掛けられるとは思っていなかった だけど、まさに心髄を突き刺す言葉に清四郎は何も反論は出来なかった 「貴方の口は台詞を喋る為だけにしか使われなかった 家族だって人間なんですよ? 日々の会話や労りの言葉だって欲しい 誉めて欲しい 他愛ない会話だってしたい 家族ってそんなもんだからな…… でも貴方は奥さんに離婚を突き付けられてないし、笙さんは、貴方がプロフィールを極秘にしてるからだと思うよ もっと気楽に家族に歩み寄ったらどうなんですか? 気負いすぎて距離を詰められないから、余計に遠く感じてしまっているんじゃいんですか?」 「気楽にと言われても‥‥」 「あぁ…何で気を使うか解んねぇよオレ」 「私にレクチャーしてくれないか…頼む康太君! 私には解らないんだ……頼む!」 必死に懇願されると断れない…康太の弱い部分だった 「レクチャーなんて出来ないけど、オレで良かったら…」 「ありかとう…… 康太君、私は何が足らないと思う?」 そりゃあ貴方…「言葉」でしょうが! 「貴方の口は何の為に着いてるんですか?」 「えっ?」 「言葉は口に出して言わなきゃ伝わんないよ? 思っていても、言わなきゃ伝わんない 貴方は全く家族に言葉を投げ掛けてないんだ!」 「例えば…」 「朝、顔を会わせたら『おはよう』から始まる! うちの母ちゃんなんか、『おはよう』の言い方1つで体調の良し悪しが解るって言ってた」 「成る程!それは奥が深い」 「貴方、ちゃんと『おはよう』言ってた?」 「ぅっ…言ってない…」 「もう朝からダメじゃん! ちゃんと朝顔を会わせたら『おはよう』を言うんだよ」 清四郎はうんうん!と頷いた 「次行くよ 奥さんの誕生日にプレゼントは?」 清四郎は首を振る 「奥さんに『愛してるよ』とか、『今日は綺麗だね』とか髪を切ったら、『髪型変えた?』とか日々の言葉を投げ掛けた?」 またまた清四郎は首を振る 「笙さんが役者になって誉めてあげた?」 「まだ…」 康太はこれ以上言っても埒があかないと、戦略を変える事にした 「じゃあまずは明日の朝から『おはよう』を言おうよ」 「わっ、…解った」 「それから、笙さんを自分の息子をだって公表してあげて もうプロフィール隠す必要なんてないと思う 榊清四郎の家族だって新しく家族写真撮って公表しちまえば良いよ」 榊清四郎はそれは良い考えだとほくそ笑む 康太を入れて新しく家族写真撮って公表しょう!と企んだ 伊織の執着心は自分の血を受け継いでいる筈だ 物凄い執着心は榊原の血筋と言えた あの子は私には似ている 同じ職業に着かれるのが恐怖だったのかも知れない… 笙が、役者になって伊織を敬遠していた態度を取っていたのかも知れない 少しだけ自分が見えてきた だったら、伊織は康太を手離さない 確信だった この夜、時間が許す限り話をした 清四郎は会話に餓えていたかの様に喋った 家族とも…こんな風に話をして笑って時間を過ごせば良かった 今からでも遅くはないと、少年は言った 彼は17年しか生きてないのに、私以上の知識を持っているな…と清四郎は感心した 康太からしたら、家族で過ごす…当たり前の事だった 当たり前の事を当たり前に言う 清四郎は康太の事を師匠と呼んで良いか…と問い掛けた 康太は止めてぇ……と、抵抗するが、清四郎は康太を心の師匠と決め師事をお願いする事にした こう言う強引なとこそっくり 榊清四郎はその日の出来事を毎日報告すると決めた 康太に家族の再生の見届け人になって欲しいと言われた 携帯の番号とアドレスを交換したが メールなんて打った事ないと言う清四郎に、メールの打ち方から教えなければならなかった 家族に打ってやれば? と、康太が言うから、猛練習する事にした 清四郎は、この日を境に康太に密に連絡をするようになった だが、それは榊原の家族は誰も知らない まさか愛する康太がたまに父親と食事をしてるなんて… 想像すら出来なかっただろう 雪が溶ける様に…榊清四郎の態度が家族に軟化して じっくり じっくり 家族に馴染んで 家族の時間 を増やして行けば 何時か揺るぎない家族になれる

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