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第27話 君が人生の時

4月 康太は高校3年生になった 無事進級出来て康太は大喜びした 四悪童は今日も元気で、こんな時が一生続けば良いのに… と、願う気持ちにさせる…春だった 桜がひらひら散る中、康太が走っていた 「なぁ今日の日替わり定食なんだと想う?」 康太がウキウキ歩いて行く 一条もウキウキ後を着いて行った 四宮は「胃もたれしてるから要りません」 と、眉を顰めた それもその筈、ケーキ食い放題に行ったばかりなのに… 一生は、そんな仲間を眩しそうに眺めてた そんな仲間を見ながら…一生は呟く 「君が我が…人生の時…」 一生が来ないのに気づき、康太が呼んだ 「 一生!どうした?来いよ」 一生は康太の方へ走って行った 緑川一生が、学園から消えた 康太達が、知らない間に部屋を引き払い 学園も退学していた 朝、登校して、一生の机かなくなっていて 「こんなイタズラするのは誰だよ!」 って怒った ホームルームに来た担任から 「緑川一生は昨日付けで自主退学した!」と告げられた 康太は走って学園長室へと飛び込んだ 「一生が退学したって嘘だろ!」 と訴えた だが現実は本当で、学園長は一生が残した【退学届】を康太に見せた 康太達は……一生の自主退学を知った 三人は何も知らされてなかった いなくなる前日まで 一生は変わらなかった 何故… 何故 何も言わずに行った 康太は学園長に 「その退学届は保留にしておいてくれ!」 と頼んだ 学園長は「そう言うと想っていました…」と答えた 「オレ様が小鳥遊に一生の行方を調べる様に頼んだから…康太…ご飯食べるのだ……」 頼むから……康太…… と一条は泣いて訴えていた 一条は、康太の部屋へ来て食堂に誘った 康太は一生が消えた日から…食事を取らなくなった 「榊原…康太が言うこと聞いてくれないのだ……」 シクシク泣きながら、一条がゴロゴロと榊原の膝の上で懐いた 一条にとったら康太は母親で榊原は父親らしい… その事実を最近告げられた 「康太がこのままでは…また病院送りですね」 かなり前に名前の事でで笑ったのを切っ掛けで、康太から離れようとした時…… 康太は食事を取らなくなって、栄養失調で入院したと聞いた このままでは……その時の様に栄養失調になるのは時間の問題だった どっち道、このままでは埒があかない 榊原は立ち上がると康太の前に立った そして……軽く康太の頬を叩いた 部屋にパチーンと鳴り響いた 一条は何故か踏ん張っていた 四宮は頭を抱えた 叩かれた康太は、榊原を見上げた 「しっかりしなさい! 君がこんな風になってたら、一生は探せませんよ!」 「伊織…」 「さぁ一生を探しだす為に捜索を始めます! それにはまず腹ごしらえです そんな空腹では戦えませんよ?」 「すまねぇ伊織……… 隼人の面倒までさせた」 榊原は苦笑した 「さてと、ショックで停止しちまったけど、一生捜索活動に入るか…… その前に飯だな」 康太は気合いを入れて、ベットから立ち上がった もう何時もの康太だった 「伊織は妻を殴ったんだぜ これが世の中で言うDVDだよ」 康太がボヤいた 「康太…それを言うならDVですよ」 四宮は訂正した 康太はそうだっけ…とガハハと笑った 食堂へと出向き、康太は空腹を満たすかのように食べた 「隼人、こぼすな!」 注意は怠らない 「食ったら隼人の部屋に行くとするか!」 沢庵をポリポリ食いながら言った 康太の部屋では消灯が煩い 執行部部長自ら消灯破りは避けたい 三人は早々に食事を済ませ、一条の部屋に移動した 榊原がまずは状況分析から、と鞄の中からノートPCを取り出した 「緑川がいなくなる前兆は?」 「なかった!」 「いなくなる理由は」 「知らない!」 「行き先の予想は?」 「…十中八九、実家だと思うんだが、電話が通じねぇーんだもん」 「通じない?」 「一生の実家の電話番号は知らんもん! 携帯はいつの間にか解約してるかんな…」 「本当に用意周到…… 彼の心中を察すると…胸が痛いですね… 彼は絶対にその場所を出たくはなかった筈です……」 四宮が一生を想い涙ぐむ 「じゃあ実家で問題が発生したんですね」 榊原はさらっと言った 康太と四宮は顔を合わせた 「康太、その続きは小鳥遊が話してくれそうなのだ!通して良いか?」 一条の携帯に小鳥遊から電話が入っていた 康太は頷くと、小鳥遊が入ってきた 小鳥遊は調査の結果を一条に渡した 一条は、その報告書を榊原に渡した 康太のショックを考えると、ワンクッション欲しいかも… 榊原が報告書を見る間、一条は榊原の膝でゴロゴロ 最近本当に……懐かれたみたいだった 「隼人は、本当に榊原君が好きみたいですね」 小鳥遊が微笑ましい姿を見て言うと 榊原はドヨーンとなり…… 一条は榊原はパパだから! とサラッと言った 小鳥遊は笑う 榊原は報告書を見て……顔色を変えた 「伊織…言ってくれ! オレ達は事実を聞く必要がある」 康太が言うと、榊原は重い口を開いた 「緑川農園が破産したそうです 天候による作物の出来の悪さに加えて、風評被害にあい…… 借金が膨れ上がったみたいです」 康太は言葉がなかった… 四宮は顔を覆った 一条は、天を仰いだ 「緑川の頭脳ならこの学園にいる事も可能だったのに……だが彼はそうしなかった」 榊原はPCを駆使して、今の緑川農園の状況を調べた 「一生は、奨学金をもらったら、特進に行かないといけない それが嫌だったんだと想います…… …彼は四悪童でいたかったんです…」 四宮は一生の想いを伝えた 榊原はPCから、顔を上げなかった 「緑川農園の借金を返したとしても この経営方法では、同じ事の繰り返しにしかなりませんね」 「救えねぇのか? 助けてやれねぇのか…?」 榊原はPCから、顔を上げた 「緑川農園の経営方法では、まず利益を上げずらいのが現状です …無農薬で、不揃いは捨ててたら、マイナスしか出ないでしょう」 「借金の総額を教えろ」 「5800万円」 康太は言葉を失った 5800円ならあるんだが…… 「そう言えば、あそこの農園に聖が行ってましたね 此処に越させなさい康太」 榊原に指示され、東雲聖に電話をかけた 事情を話すと聖は寮へ向かうと約束してくれた 聖が原付で来ると言うから、四宮に駐車場に向かわせた 暫くすると聖がやって来た 榊原は聖に緑川牧場の事を尋ねた 「聖さん、貴方の緑川農園に行ってましたね?どうでした農園は?」 「あの農園は凄い手間を掛けて、作物や果物を作るんですよ 時間と労力に会わないから、バイトは辞めちゃって今は一人で切り盛りしてましたね」 「一人じゃ手は回らないですね」 「そう……後ネットとか利用して不揃いのを売ったり、ネットで流通とか確率したら良いんだけどね…それもしない」 「そうですか……困りましたね…」 榊原が呟くと、聖は、訝しげに事情を聞いてくる 「あの農園は破産したそうです」 聖は、えっ嘘…と驚愕を隠せない 「さて……どうしましょうか」 学生の身分じゃ金はない… もし金があって、払ったとしても、この経営方法では、また焼け石に水 「緑川の学費位なら、払ってあげようと思えば出来ない額ではないが…… 緑川は嫌がるでしょうね…」 学校を続ける方法はあったのに、いなくなった一生の事を考えれば…そうだろう 学校を続ける方法はあったのに…… いなくなった一生の事を考えれば………誰の手助けも必要としなかったと言う事だ 榊原の発言に四宮は「ですね…」と答えた 「伊織、方法はないのか?」 「ないです…」 重苦しい空気が流れた 自分達は未成年で…… 何の力も持たない子供なのたと突き付けられる…… 「緑川の所へ行きます 明日の朝一番の電車に乗って緑川農園まで行きましょう 此処で本人がいないのに話してても一緒です」 榊原が言うと全員に頷いた 小鳥遊がサラサラっとメモして榊原に渡した 榊原はそれを見て、ニャッと笑った 「隼人」 榊原は、初めて一条の事を隼人と、名前で呼んだ 「はいなのだ!何なのだ?伊織」 嬉しくて一条は立ち上がった 「君は朝から仕事が入ってます 怪我した分の仕事がたまってるらしいです…君はお仕事してらっしゃい」 一条がう~っと唸った 「聖さん、同行お願いしますよ」 聖が頷くと、榊原はノートPCをしまった 「明日は6時の始発に乗ります では、解散!遅刻しない様にお願いします」 榊原はさっさと、部屋から出て行った 康太の手を引き摺って… 自室に戻ると、榊原は康太を抱き締めた 何をする訳でもなく、康太を抱き締める 「伊織…」 愛する男の背中を撫でた 「僕は…君達に知られたくない想いで消えた緑川の事情を、君達に教えた…」 一生の気持ちを思うと、榊原は教えない方が良かったのか悩む 「伊織…お前が悩まなくて良い… 遅かれ早かれオレは知る事になったんだから……」 「緑川は…康太の幸せを誰より願った人でした 康太が幸せをならそれで良いと… 僕達は彼が平然としていたから、彼の異変に気付けなかった… 唯一無二のこの場所を捨てて行った彼の気持ちを考えると…」 「伊織…寝よう 明日の朝、一生に会いに行こう…」 ベットに入った康太は榊原を胸に抱いた 頭を優しく撫で、愛する男の羽根を休ませてやるかのように…優しく撫でた やがて闇に落ちる…その時まで… 朝6時の始発に乗って一生の元へ向かった 走る電車の外を見て、消えてなくなった一生に想いを馳せた あの男はどんな想いで、康太の元を去って行ったのか… 「もし…一生が学園に戻って来なくても… オレ等は変わらねぇ! アイツはオレ等の唯一無二だ」 康太が四宮に言う 四宮は頷き、康太の膝に泣き崩れた 膝の四宮の頭を優しく撫でた 「聡一郎、そんな顔で一生に逢ったら、アイツ気になって生きて行けなくなっちまうぜ?」 四宮は涙を拭った 緑川農園のある駅で下り、そこからは交通の手段がないから、困っていると…… 聖がレンタカーを借りてくると、行って走って行った 数分後、彼はレンタカーを借りて戻って来た 少し怖いが、全員乗車 聖は、今年20歳になるから…免許があって当然か 聖は、馴れた手付きハンドルを操作した 聖は、今年志望大学に入学した 一年間バイトして貯めたお金を入学資金に宛てた…と、電話で聞いたのはつい最近だ 車は緑川農園へ走っていく 緑川農園の敷地に入ると、見慣れた人間が車を凝視していた 車から康太が降りると、一生は康太へと飛び付いた 抱き着く体が震えていた 「おめぇはよぉー、別れる時はバイバイだって教えたろうが!」 一生の背中を優しく撫でた 「そして、バイバイした後にはコンニチワだろうが! オレ等はそうして来たんじゃねぇのか?一生」 康太の服を、白くなる程握り締め 一生はゴメン…ゴメン…と、謝った 康太は一生が落ち着くまで、ずっと抱き締めていた 少しして落ち着くと一生は顔を上げた もう何時もの一生だった 彼も自分で選択したにしろ、悲しみの中にいた 断ち切れぬ想いもあった 「やっぱ康太はすげぇな………」 康太は一生の頭をパシッと叩いた 「これは隼人の分だかんな!」 そういえば、隼人はいなかった 「アイツは仕事だ」 納得し、一生は皆を緑川農園中の自宅へ案内した 座敷に通され、座布団の上で胡座をかく 榊原と聖は、机の上にノートPCを出し…再びポチポチ始めた そうか聖も執行部だったっけ… 「緑川、良いか?」 榊原が、一生に声をかけた 「あぁ何だ?」 「お前、家庭の内情をどれ位把握してる?」 榊原がそう言うと、一生もノートPCを取り出しポチポチ… 「これ位かな…」 ノートPCを榊原に向けると、榊原と聖はPCを覗いた 「そうか…この農園の致命的な経営方法も解るな?」 「あぁ…」 「再建するなら、せめてこうしないと厳しいな」 榊原がノートPCを見せた 「えっ…旦那……」 一生が驚いた 「緑川、経営してくならこうしないと厳しいよ」 聖も一生にノートPCを見せた 「聖さん…」 康太にはさっぱり解らん事で、部屋から出て外に行った 外には一生の母の綾香がいた 綾香は康太に気付くと頭を下げた 「一生に逢いに来た」 康太は言った 見れば解るのに、敢えて康太は言った 「ご免なさいね」 謝る姿は小さかった 「なぁ綾香、この農園は命だったよな? 慎吾が愛して育った場所だ、なくしたくねぇよな?」 綾香は何も言わなかった 「無くしたくない想いと、食ってく現実は違う 利益を上げねぇと破綻する 解ってて何故それをやったかオレには理解出来ねぇ」 「康ちゃん、私は必死にあの人が残した農園を守ろうとした あの人と同じ学園に一生を入れ、あの人が残してくれたものを守ろうとした やはり無理だったのね…」 手放す事になる農園を一人眺めていたのたのだ、この人は… 「なぁ、手放したくねぇんだろ? だったら、手立てを考えろよ。遣り方を変えるとか、ネットを利用するとか…って聖が言ってたぜ」 「そうね…もっと早くに気が付けば良かったわ…」 「なぁ綾香……もしもだけど… もしもこの農園が生き残る方法があったとしたら、それに賭けるか? 遣り方を変えて必死でやるか? 諦めるのはそれからで良いんじゃねぇか? どっち道、無農薬は、ネット専門で、縮小して、ネットが根付いたら出してく遣り方で、取り合えず売れるもんを作らねぇとな 今までの遣り方じゃあ、バイトも来ねぇ 人手も足りねぇ悪循環だ 断ち切る意思はあんのかよ?」 図星を刺してくる 康太の目は何時も図星を見ている 「抜け出して一生を、貴方の元へ返したいと思ってる」 「じゃあ今すぐ母屋に行けよ 桜林の頭脳が知恵を絞ってる アイツ等の頭は農園の再生を画いてる アイツ等の頭脳はすげぇぜ!行けよ オレはここら辺うろついてくんからよー」 綾香は、康太に頭を下げ母屋に走って行った 康太はこの農園で一番好きな場所に行く 緑川の父、緑川慎吾が生きていた頃、この農園を何時かは牧場にしたいと悲願があった 農園には人手もあった だが、今…手の入らない場所には雑草が生えていた 前なら考えられない…それが今の牧場の現状 牧場の奥には、厩舎がある 康太は、厩舎へ足を向けた 厩舎に行くと偉く身なりの良い男が馬を触っていた 「オレの馬に触るな!」 康太は馬を触る男に声をかけた 男はゆっくり振り向いた すこぶる良い男だ 「君の馬?」 男は聞いてくる 康太は、そうだ!と答えた 「じゃあ君はこの農園の子?」 と、聞くと、違う!と答えた 男は悩む 馬は自分のだが、この農園の子ではないなら、この子はどこの子なんだろ…と 「良い馬だね 」 と、聞かれると、康太は不敵に嗤い 「当たり前だ! チャンピオンの血を引く馬だかんな」 と言い切った 「チャンピオン?」 「そう!タイトル総嘗めして引退した馬の血を引いてんだよ」 「名は…?」 「アスカイテイオウ! コイツはその子供の一頭だ」 男は考える 馬の名前がアスカイテイオウなら、馬主は限定される… こんな子供の持てる馬ではない 「君の名は…?」 礼儀知らずな男は、自分は名乗らず康太に名を問い掛けた 康太はムッとした顔をして男を睨んだ 「人の名前を尋ねるなら、まずは自分が名乗るのが先だって教わらなかった? 戸浪海里サン」 男は驚いた顔で康太を見る 「何故名を?」 康太は男と対峙していた 一歩も引かぬ視線を向けた 中々帰って来ない康太を心配して、一生に連れられて来た榊原は、この光景を目撃した 出て行こうとすると、一生に手を掴まれた 「康太は動いてねぇ、まだ出たらダメだ」 榊原と一生は、その光景を固唾を飲んで見るしかなかった 「馬主の世界は劇的に顔触れが変わる訳じゃねぇ あんたは有名で知らない人がいねぇ」 康太がそう言うと、戸浪海里と呼ばれた男は康太に頭を下げた 「無礼をお許し下さい 私はトナミ海運の社長をしている、戸浪海里です……君は?」 「飛鳥井康太だ!」 戸浪は成る程…と、納得する 飛鳥井の持ち馬の一頭を、持っていても不思議ではないが…… 此処までの馬なら話は別だ 「騎手の、藍崎一樹が馬を探してる…って話は本当だったんだな 彼は貴方の持ちもんだ」 康太がごちると 戸浪の顔色が変わった 康太はお構いなしで話を進める 「この馬はな、アスカイテイオウの子供で、もうデビューしててもおかしくない馬なんだよ パドックに入れれば走り出すぜ?」 「だったら何故出さないんです?」 「この馬は、調教師だった緑川慎吾に預けた馬だ コイツのデビューを前にして、緑川慎吾は亡くなっちまった 時期を外してしまったんだよ!」 「デビューはもう……… させる気はないのですか?」 「欲しいか?この馬? 藍崎騎手が乗るんだろ ちょうど良いかもな でも彼には致命的な欠点があるかんなー …それを克服しなければ、彼はトップには躍り出れねぇぜ」 何故…それが解ると、戸浪は驚いた 「君は藍崎の欠点が解るんですか?」 「おう!真似してやんよ」 康太は馬に乗ると走り出た 騎手になっても良い程の姿勢で馬を動かす 「見てろよ! 二回しかやんねぇー 一回目が前の藍崎 二回目にやるのが、今の藍崎 じゃあやるかんな」 康太はスタート位置に着くと走り出した 一周して戻って来ると、再び走り出す 元に戻ると康太は馬から降りた 「解ったか?違いが?」 「確かに…」 「あれを克服して、この馬に乗るんなら、この馬は売っても良い だが、オレの望む金額でだ それ以外は受け付けねぇ」 「デビュー出来てない馬なのに?」 「コイツは、少し調教してパドックに入れれば、オレの吹っ掛けた金額以上の走りはする! あんたは損はしない でも騎手にオレの指摘した箇所を改善させねぇと、連敗は免れねぇ」 「吹っ掛ける、おつもりなんですね」 戸浪は苦笑した 「おう!でもオレの目は確かだ! オレはじいちゃんの後を引き継ぐ人間だかんな 馬も調教師も騎手も見抜く力は、あんたに負けねぇよ」 「君は?何者何ですか?」 「オレは飛鳥井源右衛門の跡を継ぐもの!」 その言葉で、彼の目の確かさを知る 飛鳥井源右衛門は馬主界では有名だった 彼の馬と人を見る目を受け継ぐと……言い切るなら、確かだ…と納得する 「お幾らなら?」 「8500万円以上 これ以下なら受けねぇ これ以上なら受け付ける 馬主証は飛鳥井の家にある だから、契約は飛鳥井家でお願いする だが馬主はオレだ 信じるか信じないかは、貴方に任せる」 「承りました! 1億!これで手を打って下さい!」 「ありがてぇ! これでこの牧場を助けられるな 一生出て来いよ!伊織も!」 後ろで見守っている人間は知っていた 戸浪は、「誰ですか?」と聞いた 「オレの伴侶と、オレの果てを見届ける親友だ!伊織来い!」 榊原は康太の横に行った 「オレの伴侶の榊原伊織と、そしてこの牧場の持ち主の息子の緑川一生だ」 臆面もなく、自分の伴侶だと同じ性を持つ男性を紹介した 飛鳥井康太に興味がわく 「…彼も男ですが…この先もそう言うおつもりですか?」 戸浪の質問に康太は笑い飛ばした 「笑止…オレは隠さなきゃならねぇ伴侶は持っちゃぁいねぇよ!」 戸浪は、「失礼しました」と、頭を下げた 「ひょっとして貴方は、この牧場を救う為に、この馬を売るおつもりなんですか?」 「おう!オレの財産はこれっきゃねぇかんな!」 「飛鳥井康太さん 私も君の果てを見届ける一人に参加させて下さいませんか? 貴方が馬主に着かれたら、私は馬主は降り、貴方の後援会に着きます 真贋の持ち主を引き立てたい!」 康太は、物好きだな…と、笑い飛ばした 戸浪は一生に向き直ると 「うちの会社の経営アナリストを差し向けましょう 経営再建の手助けをします!」 と言った 一生は、背筋に冷や汗が流れるのを感じていた 「貴方にメリットがないのに、何故?」 と一生は問う 「捨て身で友人を救う人間がいるなんて… 彼の手助けをして差し上げるから、私の手助けも康太さんにして戴きたいのです 私は経済アナリストを差し向けましょう それで私の手助けをして戴けませんか?」 「オレに出来ることなら!」 出来ない事はする気はないと、言わんばかりに…康太は言った 「藍崎に、逢って下さいませんか?」 「スランプだもんな 貴方の持ちもんだけど、オレは腹が立ったら蹴る それで良いなら!」 一生は、あちゃぁ…と顔を覆い 榊原は、苦笑した 仕方ないから、一生が口を開いた 「コイツは、本当に蹴りあげますよ 一条隼人の椅子を蹴りあげ、榊清四郎のお尻も蹴りあげた… 大切な方なら、康太には逢わせない方が賢明かと…」 「おやおや……意外な場所で意外な名前を聞きますね それでも、藍崎に逢って下さい この馬を藍崎が乗るのを見届けて下さい」 「なら了解してやんよ」 「契約は明日 現金でお渡しします それで良いですか?」 「おう!助かる」 「では、明日 午後7時に飛鳥井家に伺います!では」 戸浪を見送り、康太は「オレ一旦帰るわ」と言った 一生は康太へかける言葉が見つからなかった 彼は、潰れるしかない農園の為に、自分の馬を売ると言う 康太があの馬をどれだけ大切にして来たか… 「康太…」 「一生、お金はお前が管理しろ 経営アナリストと相談して改善出来たら、学校に戻って来い もう勝手にいなくなんなよ…」 一生は康太に抱き着いて泣いた 「もう何処へも行くな!」 一生は何度も頷いた 「あの金は一生に先行投資だ だから牧場を潰すなよ」 康太は敢えて牧場と言った 最終目的は牧場なのは、一生の父親の意思だから… 「オレは何時もの場所で待ってる だからお前は帰って来い」 一生は康太の言葉を胸に刻み絶対に還ると心に誓った 康太と榊原は、飛鳥井の家に向かって電車に飛び乗った 考え込む康太の手を、榊原は優しく握った 「康太は、馬主だったんですね」 「飛鳥井の家の総代は瑛兄が 飛鳥井建設の金庫番は蒼兄が 飛鳥井建設の設計は、恵兄が オレはじいちゃんの総てを引き継ぎ者として生まれた 悠太は飛鳥井の母親の仕事を引き継ぐ 生まれる前から決められた事だ!」 榊原は言葉を失った……… 生まれる前から決められた事…? 「ガキの頃から修行や馬の事ばかり 馬を見る事から始まり、調教師も騎手も、見抜く目を養わされた 馬だけじゃねぇ‥‥総てを視る真贋を引き継がされた… オレはじいちゃんの後を継ぐものなんだよ馬は金がかかるから、金持ちしか持たねぇ 馬を持てるって事は会社のステータスみたいな所があんだよ」 「康太…もう何も言わなくて良いですよ…」 「………オレは飛鳥井源右衛門を継ぐ者として育てられた…… 次代の真贋は……オレがなるんだよ……」 榊原にとって【真贋】と言うのは、どんなモノかは知らない…… だが……生まれる前から……決められた事なれば…… 責任重大な事なのだと想った 「………何も言わなくて良いです…」 榊原は康太を引き寄せた 康太は榊原の肩にもたれ掛かり……深く目を閉じた 電車の中で康太は、飛鳥井の家に電話を入れた 飛鳥井の家に着くと、康太は源右衛門の前に土下座した 「あの馬を売るのを許可して欲しい…」 ………と。 飛鳥井源右衛門は、何も言わず腕を組んで目を閉じていた 「誰に売るつもりじゃ…」 「戸浪海里…」 飛鳥井源右衛門は、目を開けた 「幾らでだ」 「1億…」 飛鳥井の家族は、言葉をなくした 「あの馬はお前のだ 売っても文句はいわん! だが……パドックに入り遅れた馬を破格値過ぎる! 戸浪の若旦那は何故それだけ出すと?」 「じいちゃん、あの馬はずっと走ってたよ 直ぐにでもパドックに入れる位、毛艶は上々だ 1億かけても、元は直ぐ取れる!」 「それがお前の真贋か?」 「あぁ!」 「で、その金を何処へ使う?」 「一生が、学園から姿を消した…… 何も言わず、アイツは消えた 調べたら緑川農園は破産していた オレは緑川農園を再建するつもりだ! …8500万円の負債を払って再建する 第一抵当権は銀行が持ってる オレは一生に先行投資する この1億で、緑川牧場を再建する」 「契約は何時だ? 戸浪の若旦那と、何時契約なんだ」 「明日!午後7時 若旦那は飛鳥井家に来てくれると約束した」 源右衛門は、黙って聞いていた 「その金は帰って来ないかも知れない それでもか? 人に金を貸す時は戻って来ないと思えと教えたが? それでもお前はそれに先行投資するのか?」 「あぁ、オレをバカだと罵ってくれて構わない 実際バカだと思う だが、戸浪の若旦那はオレの吹っ掛けた金額を飲んでくれた そしてオレが馬主になった時は、あの人は馬主を引退してオレの後援会になると、言ってくれた こんなバカに出してくれる金を捨てたりはしねぇ」 「解った! 明日までに契約書を作成させとく 明日7時に、戸浪の若旦那は来るんだな 瑛太、トナミ海運は知り合っていて損はない会社だ 書類を作っておいてやれ」 康太は床に頭を擦り付けた 「康太、顔を上げなさい」 瑛太が康太に声をかけた 康太は顔を上げた 瑛太は康太をひょいと抱えると、榊原の横に座らせた 「まったくお前は…やる事が半端ない 戸浪海里に馬まで売るなんて……」 瑛太がボヤくと蒼太もボヤいた 「今の日本の海の流通を一手に手掛けているのは戸波海運なんだよ 若旦那は手厳しく人嫌い…だと言うのに…」 「偉い男前だった そんでもって紳士だった」 康太はさらっと言った 「康太…」 榊原はショックを隠せなかった 「明日はよろしくお願いいたします」 康太は頭を深々と下げた 「康太、伊織、今日は泊まって行きなさい」 瑛太が泊まれと言うのに、断る理由はない その夜、部屋に行って二人は驚いた 康太の部屋のベットは…いつの間にかダブルベットに変わっていた 榊原は康太をベッドに寝させた 「寝なさい……疲れた顔じゃ契約は出来ませんよ?」 康太の唇にキスを落とした 疲れた体を休める為に……榊原は康太を眠らせた 優しく撫でられ、康太は眠りに落ちた… 少しして部屋のドアがノックされた ドアを開けると、瑛太が立っていた 「少し良いかな?」 榊原は、ドアから退き瑛太を迎え入れた ベットにはイビキと寝相が凄い康太が……大の字で寝ていた 「一生君の件だけど見えて来ないから、伺った ドアが開かなかったら諦めようとしたら、開くから驚いた」 瑛太は苦笑した 榊原は鞄からノートPCを取りだし瑛太に見せた 「これは君が?」 榊原は頷いた ノートPCの中には緑川農園の現状と、原因、再建計画、改善点がびっしり出してあった 康太と一緒だから勘違いしがちだが、榊原伊織と、言う人間はデキる男なのだ 桜林の生徒会執行部部長の名は伊達では出来ない 桜林出の瑛太には身をもって解っていた 「康太は緑川が消えて…食事も取らなくなった… だから、緑川を探そうって言って、何とか立ち直りましたが…… 眠らないし食べない日が続いてて、限界を超えてました…」 「一生君は、断腸の想いであの場所を去ったんだね… 康太は、だから探した… 見ている君はもっと辛かったですね… ご苦労でしたね…」 榊原は何も言わず微笑んだ 寡黙な男は、命懸けで愛する者を守って い 「飛鳥井の手は要るかな?」 瑛太が聞くと、榊原は首をふった 「そうか、ではおやすみ 明日は夜まで家にいて休むと良い」 瑛太はそう言って部屋を出た 榊原は、康太の横に体を忍ばせると康太を抱き眠った 朝早く、康太と共に食卓台に着くと、康太の弟の悠太が食事をしていた 榊原の顔を見ると、悠太はあからさまに嫌な顔をした 康太が気付き、どうしたんだよ?と、聞くと悠太は鬼…と口に出して慌てて 「伊織君は、康兄には優しいのに、中等部の俺には滅茶苦茶厳しいからさ…つい…」 「伊織が?」 「高等部、執行部部長が!」 悠太は敢えて、高等部執行部部長の、肩書きを言った。 「中等部執行部部長、飛鳥井悠太」 榊原に、フルネームで肩書きまで言われて、背筋を正した 「最近の中等部は弛んでますね 報告書は明日、高等部まで持ってきて下さいね」 と、笑って言った 暗に今日は休みと言っている 悠太は膨れて、ずる休み…と、言った 榊原は不敵に笑って、悠太のおでこをデコピンした 康太はそんなやり取りを見て、悠太って賢いんだなぁ…と呑気に考えていた 「悠太が生徒会執行部部長かぁー」 「人材不足は否めない」 榊原はさらっと言った 悠太は、ひでぇ…と文句を言う 「君達は仲良し倶楽部で執行部じゃない」 あくまでも榊原は、厳しい 「じゃあさ、伊織君は康兄が違反したら取り締まるのですか?」 「康太が、相手でも取り締まります 見逃した事はない しかも彼は四悪童 尚更厳しく取り締まる義務があります それが執行部を名乗る人間の宿命なのです 康太だって例外ではない 情け容赦は無用 そうしないと統制が取れず暴動か起きますならね! 中等部には、ガス抜き出来るような四悪童はいない 小さい暴動は何時か大きな流れになる…解っていますね?」 もう悠太は一言も言うことが出来なかった やっぱ、榊原伊織は凄い 康太が初めて榊原伊織を連れて来た時、康太は遊ばれているんだと思った でも違った 家族に囲まれ、蒼太に辛辣な言葉を投げ掛けられても、毅然とした姿で康太を恋人と言った 優しい瞳で康太を見る 本気なんだって知った でも高等部から来る執行部部長は…… 鬼と呼ばれる噂と違わぬ厳しさと情け容赦のない…… 辛辣な言葉を投げ掛けた 偉大過ぎるのだ高等部の執行部部長は… 悠太は慌ただしく朝食を済ますと、家を飛び出した あの時代には飛鳥井康太率いる四悪童に 執行部部長の榊原伊織 生徒会副会長の清家静流 その頂点には生徒会長の兵藤貴史がいる 生徒は彼等を奇跡の世代と呼び、伝説の目撃者として生まれた事を喜びを感じている 兄弟は、桜林で伝説を作って来ている 瑛兄を知ってる教師は、瑛兄の… 蒼兄を知ってる教師は、蒼兄の… 恵兄を知ってる教師は、恵兄を… 康兄を知ってる教師は全員で…康太の伝説を口にする 末っ子は損だ 悠太は少し不貞腐れて、学園に登校した 午後7時、5分前に戸浪海里が、秘書と行政書士を伴いやって来た 「戸波海里に御座います 以後お見知りおきを! 飛鳥井さんとは、長い付き合いになりそうですので、宜しくお願いします 私は康太君が馬主を引き継がれたら、馬主からは手を引きます こんな真贋の持ち主とは競えませんからね」 戸浪海里はさらっと述べ笑顔を振り撒いた 戸浪海里の視界の隅に、康太が伴侶だと言った青年もいる… 家族公認なのかと笑みを浮かべた 飛鳥井源右衛門は戸波海里に問う 「何故あの馬なのですか?」 「あの馬を知ったのは、あの緑川農園を買い取ってトナミ海運の倉庫を作る計画が出た時でした 下見に行った農園で、あの馬を見た… あの馬は癖もなく何故こんな潰れかかった農園にいるのか…不思議でした 下見に行った時に康太君と、出逢った 彼はこう言った、少しの調教でパドックに出れる馬なんだと 彼は調教師顔負けの乗馬で乗ってくれた それを見て、買おうと決めました」 「康太の言葉を信じなさったんですな」 飛鳥井源右衛門が納得する 「信じるに足りる人間です 私はあんなに臆面もなく自分の伴侶を言ってのける人間は知りませんでした 私は彼の果てを見届ける人間の一人に加わりました その先行投資で1億用意しました これで彼は緑川農園を買い取る 私は少しの手助けをする それだけです」 「これがあの馬の権利書じゃ! そしてこれが、あの馬の譲渡書 鑑札と届け出 全て御用意致しました!」 飛鳥井瑛太が、戸浪海里の前に書類を置いた 戸浪海里が秘書に合図すると、秘書と行政書士の用意した契約書が渡され 双方でサインをして、契約は成立した 戸浪海里の秘書が、アタッシュケースに入った現金1億を康太に渡した 「康太君、明日馬を運び出します 三日後、戸浪のオーナー厩舎まで来てくれないか? 午後1時にオーナー厩舎で待ってます!」 戸浪海里は、頭を下げて帰って行った 戸浪海里が帰った後、1億の現金を康太は窮していた 見かねた瑛太が、明日持って行こう…と言ってくれた お金は瑛太に頼んで、康太は寮に帰って行った 三日後、康太は一人で戸浪のオーナー厩舎にやって来た 目の前には、藍崎一樹が三日前に運び込まれた馬と体面していた 厩舎の隅に、見慣れない顔を見付けるが…… オーナーである、戸浪海里が連れて来た子なら文句は言えなかった 無心に馬に触る そんな風景をほくそ笑みながら、康太は見ていた 早速、乗って走ってみる 康太は目に焼き付ける様にその姿を見ていた 藍崎は神経質になり、かなりの速さで走り出した あぁ…あれではダメだ…… 乗馬の基本がなってない どうしても左肘が曲がる… 走る藍崎に康太は然り気無く「姿勢を正せ」と、声をかけた 藍崎は聞かない 「それじゃあ次のタイトルは獲れないし 戸浪の期待にも応えられない」 と康太が言うと、藍崎は馬から降りた 康太の方へ、怒って歩いてくて来た 「ガキの癖に偉そうに言うな! じゃあお前が乗って見ろよ!」 「乗ってやっても良いけど、オレの方が上手いぜ」 不敵に笑う少年に藍崎は、敵意を剥き出しにした 「ガキは言うんだよな 出来ない事も偉そうに言いたがる」 藍崎は皮肉に嗤う 「じゃあオレが上手かったら、お前はこの馬を諦めるのか?」 「………!!……」 藍崎は言葉を失った 康太は馬に近寄ると、耳許で何か囁き、馬に騎乗した ピンとした姿勢、綺麗なフォームに藍崎は息を飲む 走り出した姿に、敗けを認めざるを得なかった… 康太は一週すると、馬から降りた 「藍崎さん、馬に乗れよ」 康太は声をかけた 藍崎は、えっ?と驚いた顔で康太を見た 「早く、乗れ!」 藍崎を馬に乗せると、その後ろに康太は乗った 「体の軸が走ってる時に歪む癖を直せ」 藍崎は康太の声を聞きながら、馬を走らせた 「左肘が曲がる これは騎手しては致命的だ!解るな?」 藍崎は、肘を正す様に気を付け走った 「もう少し楽に! この馬はオレの馬だったんだよ」 康太が言うと、藍崎は、えっ…?と、言う顔をした 「藍崎さん、馬は道具じゃねぇ! 愛してやれば、その愛に報いようと走る あんたの最近の走りは余裕もなければ愛もない 馬に乗る時に雑念を持ち込むな!」 まさに……その通りだった 図星を指されて…藍崎は、走るのを止めた 康太はスルッと馬から降りた 「君は戸浪の何なんだ?」 藍崎は……問い掛けた 悔しいが……康太が相手なら… 自分は敗けを認めざるを得ない…… 「オレか? オレはその馬の元の持ち主だ!」 「違う!僕の聞きたいのは…… そんな事じゃない……」 藍崎も、馬から降りた 「オレは戸浪の若旦那とは、何も関係ない そもそもオレには伴侶がいる!」 藍崎は、康太の言う意味が解らなかった 「オレにはもう、人生の果てまで共にする男がいる! 愛する男だ! オレが伴侶に選んだ男だ そいつとオレは人生の果てまで共にする!だから戸浪の若旦那とは、何も関係ない」 「でも戸浪は関係者以外の此処へ、君を入れた」 「藍崎さん、その馬に戸浪の若旦那は1億払ってんだよ オレが吹っ掛けた その金を払って若旦那は、馬を買った この馬を1億以上の名馬にするのも、駄馬にするのも、あんた次第だって言うから オレは藍崎一樹の欠点を直せば、売ると言った オレはこいつを種付けから手掛けて育てた、帝王の馬だ! 駄馬にはしたくねぇんだよ!」 種付けから手掛けた… そんな事が出来る人間は限られている 馬主か調教師か、サラブレッドに関係する人間のみ とても目の前の少年に出来るとは思わなかった しかも少年は伴侶がいると、言った…… 愛しい人生の果てまで共にする男がいると… 自分には言えない台詞だった… 「僕の名は藍崎一樹です 君の名を尋ねても宜しいですか?」 「オレの名は飛鳥井康太」 飛鳥井…あぁ……あの家なら解る 「オレの馬だったこいつを愛してやってくれ こいつは耳の此処を乗る前に摩ってやってくれ こいつはあんたの期待に絶対に応える馬だ オレの注意した点は必ず守れ! 守って乗れ! 乗ってる時も忘れるな 自分の体の軸がどこにあるのか…肘はどうなってるのか… 気を付ければ、あんたはタイトルを逃す事はねぇ」 康太は笑った 誰をも魅了する笑顔で笑った 「こいつのデビューの日オレは伴侶と見に来る! こいつの晴れ舞台、見させてくれ」 「康太くん、また来てくれるかな?」 「もうオレは此処へは来ねぇ その馬はあんたんだ オレの出る幕はもうねぇ!」 「康太くん、時々で良いんだ 時々話を聞いて欲しい……」 「オレは友達以外と会う気はねぇんだよ」 「友達になって…君の友達に僕はなれないないかな…」 「なれない筈はねぇ じゃぁオレは藍崎の、果てを見届ける人間になってやんよ あんたが、コースを誤ったら蹴りに行ってやんよ!」 「康太くん…僕には友達はいない 話を聞いてくれる友達が欲しい……」 康太は手を差し出した 「こいつと共に戦場へ身を投げ出してやってくれ そしてこいつの花道を名声で飾ってやってくれ それが出来るのは藍崎一樹、お前だけだ」 康太の差し出した手を藍崎は握った 「戸浪の若旦那!出て来いよ オレは帰んぜ! これがあんたの望みなんだろ」 こっそり見てるのを知られてて、戸浪は苦笑した 「オレは帰る オレの携帯の番号もアドレスも、あんたの唯一からもらえ!じゃあな」 康太はあっさり帰った 何もかもお見通しか…真贋の彼に小細工は通用しない だったら何も言わずに逢わせるしかない… 康太の齎した効果は絶大だった 藍崎の瞳が変わった 「戸浪、僕はこの馬を最高の栄冠を被せるまで走らせなきゃいけなくなりました 僕にこの馬を与えて下さってありがとうございました」 藍崎はこの馬と共にありたいと…願った 後に飛鳥井康太がどう言う人間か、戸浪に聞く事となる 親友の為に、この馬を手放した康太の気持ちに添いたいと思った 今時、友の為に全てを投げうる人間がいるとは… 彼と関わりになっていたかった 飛鳥井康太が、藍崎一樹の果てを見届ける人間になってくれるなら… 飛鳥井康太の果てを見届ける人間になりたいと思った 風を切って歩く、彼の果てを… 緑川農園の残務処理は、戸浪海里が遣わしてくれたアナリストが総て処理をしてくれた 戸浪海運のアナリストは、戸浪海里の実の妹の戸浪亜沙美と謂う女性だった 緑川農園の倒産を免れてた だが免れただけであって、まだ0なのは変わらない 四宮と聖は、ずっと側にいて、手伝ってくれていた 康太は来なかった 康太が言いたい理由は解る 『オレは何時もの場所で待ってる!』 康太はそう言った 康太のいる場所…… あの場所に還れるように 今は頑張れる 還る場所があるから そこへ行きたいと願う気持ちがある限り 一生は頑張れると想った 康太…待っててくれ! 必ずそこへ戻るから… お前のいない場所では やはり生きて行くのはしんどい 大切な者を全て置き去りにして 出て来て、初めて思い知った あの場所にいた自分の大切さを 君こそが… 我が 人生の時 君のいない場所では 刻めない 心の振り子 君こそが…我が人生の時 そこへ還ろう 君がいるから還ろう…

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