36 / 84

第36話 ケジメ

朝9時までに支度をして空港へ行き、修学館桜林学園の集団に合流した 帰りの飛行機では康太は何も喋らなかった 唯…瞳は決意を宿し、顔を上げて風を切って歩く康太だった… 午後4時過ぎには日本に到着した 飛行機が日本に到着すると、税関を通り 荷物検査を済ませ、到着ロビーへと出ると迎えに来た家族が集まっていた その中で一際目立つ人間が… 榊清四郎と笙親子と、飛鳥井瑛太が目に入った 康太は瑛太の方へ歩いていった 「伊織…隼人と一生を頼めるか? お前んちに連れてってくれ」 「解っています」 榊原の言葉を聞くと、清四郎と笙に頭を下げ康太は歩き出した 清四郎は…康太に声もかけられなかった… 何かを決意した康太は近寄り難い 康太の後に瑛太も続く 瑛太は愛する弟の防波堤になる為に、後に続く… 「伊織…康太を行かせて良いのか…」 笙が、榊原に声をかけた 「康太が動く時…それはもう…誰も止められはしない…止められないんですよ兄さん」 笙は何も言えなかった 榊原の横には珍しく同級生と…一条隼人がへばりついていた 「伊織…彼は…」 感じが違うから…笙は言葉を濁す 弟にへばりついている一条隼人は、幼く見えた 「緑川一生くんと一条隼人くんです 一生、隼人、僕の父と兄です」 そう言うと一生は頭を下げ、一条は 「2人とも共演したのだ…」と言い榊原の服を掴んだ 榊原は一条の頭を撫でて、康太なら大丈夫ですよ…と囁いた 「伊織…彼は感じが随分違うんだな…気が付かなかったよ」 笙の呟きに…榊原は…彼はシャイなんですよ…と苦笑した 「今日は康太から一生と隼人を託されたので、一緒に帰ります… 一生も今日は僕と帰って下さい 隼人は、今日は添い寝してあげますからね」 何も写さなかった一条隼人と仕事をした事があった… 今目の前の彼はもう人形じゃない… 「さぁ一生と隼人 今日はお寿司にしましょう 美味しい所に連れていきますよ」 清四朗が言うと一条は喜び、一生は…すまねぇなと詫びた 康太は約束通り空港の到着ロビーに迎えに来てくれた瑛太の側に走った 「瑛兄…すまねぇ…世話をかけた」 そう言う康太を無言で促した 瑛太は駐車場まで行くと、ベンツの助手席に康太を座らせた 「お前の罪は…私も背負おう ……話なさい康太」 「瑛兄…トナミから降りかかる火の粉があったら…オレを切り捨ててくれ」 瑛太は弟の頭を引き寄せ…強く抱いた 康太は、瑛太に総てを話した 戸浪に一ヶ月前呼び出された日から…一生の愛した女性の話し そして康太は……本気で彼女を待っている一生に死刑宣告を言い渡し… 一生を守るために…寝た事を…話した 弟の背負う荷物は何時も重い わざわざ…苦労を背負う 康太は…戸浪の妹の…子供をもらうことを…瑛太に告げた 「康太…お前は…信じた道を行けば良い」 康太は…瑛太を見上げた… その瞳からは涙が流れた 「お前は…私が身を呈して守ろう 戸浪に逆らった位で飛鳥井の母体は揺るぎはしない… もし潰れたって、お前位食わせてやれるさ」 瑛太は康太を抱き上げ、膝に乗せ抱き締めた 「お前が躓いたら、私が手を差しのべよう お前が道を違えたら、私はその道を正して…お前を育てた… お前は…間違ってはいない だから…胸を張って歩け」 「瑛兄…」 康太は、目を瞑った 目を開けた時…康太は、決意していた 「瑛兄…行こうか」 「あぁ…お前の行く所…地獄でもお供しょう」 瑛太は康太を座席に戻すと、エンジンをかけた この日、トナミ海運の本社ビルに会長の戸浪宗玄が、孫娘亜沙美の不祥事の為に出向いていた 子供が産まれたら里子に出すのは聞いていた 現、戸浪総代 戸波海里が決めた事だ… 口出しはしないつもりだった 父親を早くに亡くし、戸波宗玄が2人を育てた そして、家督を譲った 口は出すつもりではないが… 気は確かかと思った… 里子に出す相手は18歳の少年に託すと言うのだから… 考えを変えるように、本社ビルの社長室に現れたのだ 康太は、トナミ海運の本社ビルの前にいた 午後5時の就業までは、会社にいると踏んで会社を尋ねることにした 瑛太は車を駐車場に停めてくるから、待ってなさい! と、正面玄関に康太を下ろし車を駐車場に向けた 待ってなさい! …と言われて待つ康太ではなかった 康太は堂々とトナミ海運の本社ビルに入ると、入り口近くにある受付に向かった 康太は臆する事なくビルの中を歩いた それを見ていた受付嬢は…… 何故…こんな子供が当然の顔して入ってくるの!と、驚愕した顔をして構えた 康太は受付カウンターに立つと 「戸浪海里さんに逢いに来た! 飛鳥井康太が来たと伝えて下さい」 と、堂々と告げた それがまた恐怖を感じる …………社長の名前を気安く言った 社員だって社長には、滅多と逢えはしない 受付嬢は気は確か…と、思った 高校の制服をだらしなく着て、品行方正には見えない子供を受付嬢は通す気はなかった 受付嬢は「お待ち下さい!」と言って警備室に連絡を入れた 「勘違いした子供が社長に逢わせろと言って来ているから、排除して下さい!」…と! 暫くして警備員か康太を取り囲んだ 無理矢理社外に出そうと、康太の肩を掴もうとするが、康太は… 「オレに触るんじゃねぇ!」と、その手を振り払った 激しく抵抗すると… 羽交い締めにされ、ガシッと床に押し付けられた 押し付けられた瞬間… 康太は犬歯で唇を掻き切った 「…っぅ…」 口に鉄の味が広がり、床には夥しい血が流れた… 車を停めて玄関のドアを入って… 瑛太はその光景を目にした 慌てて駆けつけ 「今直ぐ、その子から離れなさい!」 と言い放った 康太を取り押さえている警備員は、唖然として動きを止めた すると瑛太は「離せと聞こえませんでしたか?」 と魂まで凍りつきそうな声で威嚇した 「今直ぐその子から離れなさい! 君を傷害罪で訴える事も辞さない! 今すぐ離れなさい!」 飛鳥井瑛太の怒りに警備員は…… 康太を離した 受付嬢は目の前に……プレジデントの雑誌の表紙を飾っていた…… 飛鳥井瑛太が現れ…慌てて戸浪社長に連絡を入れた 連絡をもらった戸浪は社長室を飛び出した 滅多と慌てない、孫の姿に宗玄も後を追った 警備員が離した康太を、瑛太は起こして抱き締めた 瑛太の背広が…康太の血で染まる… 「康太…待ってなさいと言ったのに…」 康太の血は止まらず…… 康太の血を瑛太の背広が吸い取っていた 瑛太の瞳に怒りの焔が灯る 「瑛兄のスーツが汚れる……」 だから離れようとする弟を抱きしめた 「気にしなくて良い」 瑛太は康太を抱き上げた 社員は顔色をなくしていた 目の前で静かに怒りを露にしている人物は 最近経済誌プレジデントの雑誌を飾った、飛鳥井瑛太だと…その時になって全員が気が付いた… 仕立ての良いヴェルサーチのスーツが血で染まるのを躊躇わす少年を抱き上げた 踵を返して帰ろうとした時、戸浪海里が現れた 「康太くん!」 戸浪海里が康太を呼んだ 駆け足で近寄り…戸浪は唖然となった 床には…かなりの血溜まりが出来ていた 目の前の………飛鳥井瑛太のスーツが血で染まっていた 戸浪は受付嬢に事の詳細を求めた 受付嬢は詳細を戸浪に話した 戸波は受付嬢と警備員に詰め寄った 「その人達は職務を全うしただけだ! 処分に値せず!」 と、康太は叫んだ 瑛太の腕から下り自分の足で立っていた 口からは血を滴らせ、康太は戸浪を睨んだ 「会社は、人の上に立つ! 支える人間がいなくなったら会社は成り立たない! 優秀な人材が沢山要れば会社は栄える! 企業は働く人間に支えられてるのを忘れるな!」 壮絶な姿だった 戸浪宗玄は、康太の前に立った 昔、会社が倒産しそうになった時 桜林の親友に、立て直す資金をもらった その時、親友はその言葉を宗玄に贈ってくれた その人がいなかったら…今の戸浪はない まさか…今、此処でその言葉を聞こうとは… 「お名前を伺って宜しいですか? 私は戸浪宗玄と申します!君は?」 「飛鳥井康太だ!」 飛鳥井‥‥‥康太…… あぁ…巡り合わせってあるのだ… と宗玄は思った 「君は…飛鳥井源右衛門の……」 孫なのですか? と聞こうとしたその時 「オレは飛鳥井源右衛門を受け継ぐ者!」と、康太は答えた 秘書が事態を回収するために戸浪に近寄った 「社長、社長室に医者を呼びました! 飛鳥井康太さんを社長室にお連れして下さい!」 会社の玄関で繰り広げる事ではなかった 正気に戻った戸浪は瑛太に頭を下げた 「どうか…手当てをさせて下さい 医者を呼びました……どうぞ」……と 「社員を処分するな! 処分するなら飛鳥井がもらう 会社の為に動く人間は会社の宝だ!」 戸波は御意…と、頭を下げた 社長室には医者が来ていた 医者は康太の血だらけの顔を拭いて、傷口を縫った 手際よく処置がされた 「口だから血が沢山出たが、縫っといたからもう大丈夫だ 2、3日は、傷んで飯は食えないかも知れないが… オレ様の腕は確かだ!安心しろ」 江田和正とネームの着いた医者は一条ばりのオレ様で、康太の唇を簡単に縫った 瑛太は眉をひそめ 「江田…お前の腕は信頼出来るのか?」 と、問い掛けた 「瑛太…お前ぇの口を縫ってやろうか?」 医者と瑛太は知り合いだった 「何でお前が呼ばれた?」 「田代に呼ばれたんだよ まさかお前の溺愛四男坊の唇を縫わされるとは…思わなんだがな」 田代と言うのは…戸波の秘書の名前だった 戸浪は唖然となった… 「ひょっとして、3人はお知り合いなんですか?」 と問い掛けた程だった 3人は戸浪の前に立ち 「我等は桜林学園の級友!心の友!」と、答えた 戸浪の祖父は桜林学園へ行けと五月蝿かった こんな繋がりが…あの学校には存在するのかと……羨ましく思えた 戸浪は康太に向き直ると、本題に入った 「康太くん、答えを聞かせに来て下さったのですね?」 康太は頷いた 「緑川一生は総てを了承してくれた その旨を伝えてくれと言われたので来た」 「悩ませましたね…緑川くんは…納得してくれたのですね…」 戸浪は胸を撫で下ろした 「一生は、死ぬ気だった… オレの言葉はアイツにとっては… 死刑宣告しかなかった…」 戸浪は言葉を失った 「アイツを、死なせない為にオレはこの身を差し出した それで一生には堪えてもらった…」 身を差し出した… 康太は…緑川一生の為に、身を投げ出した…と、言った 戸浪には信じられなかった… 他人の為に…その身を投げ出すなんて事を… 「貴方に辛い役回りをさせましたね 君にどんな支援でも約束しましょう…」 戸浪は…可哀想な人間なのかも知れない 康太はそう思った 「要らねぇよ! どんな支援も何も要らねぇ! オレは見返りを求めてするのは嫌いだ だから要らねぇ! キッチリ緑川一生は引いた あの牧場に手を出すな!約束しろ」 康太の真摯な瞳に、戸浪は心打たれた 「約束します!絶対にあの牧場には手は出しません」 「なら、オレが体をはった甲斐があるな」 康太は立ち上がった もう用はないとばかりに立ち上がった 「待ってくだされ!」 康太を呼び止めたのは、戸浪宗玄だった 「海里……今のトナミがあるのは…… 昔、窮地を救ってくれたお金を出してくれた友がいたから…と教えたな?覚えておるか?」 戸浪宗玄は、戸浪に問い掛けた 戸浪は「はい!覚えております」と、頭を下げた 「私を何の見返りもなく、救ってくれたのは…飛鳥井源右衛門だ」 戸浪は言葉を失った 祖父は何時も恩返ししなきゃいけない方がいる…… と言っていた その恩人は…馬の交渉の時に飛鳥井にいた老人……だったのか… 戸浪は…飛鳥井との運命を感じていた 「源右衛門は元気ですかな?」 康太に尋ねた 「人に聞くなら自分で確めろ! 逢いたいなら、逢いに行けよ! 気になるなら、見て確かめろよ 行かなきゃ後悔しか残らねぇ」 康太は言い捨てた そして瑛太の横に立つと 「帰ろう!瑛兄」と声をかけ 戸浪に背中を向けた 「康太くん! 私を恨んでくれ…君に辛い役回りをさせた 許してくれ…」 「アンタは、完璧な起業家かも知れないが…人を駒の様にしか思わない姿はヘドが出る位…嫌いだ 人は駒じゃない 馬も然り! 支援をちらつかせば、靡く人間ばかりじゃない!帰る」 康太は部屋から出て行った 部屋を出て戸浪は追いかけて廊下に出た 最上階のフロアから、下を見ると… 飛鳥井康太の行く道には…人の列が出来ていた 社員は帰る康太に贖罪の意味を込めて頭を下げた 「あれは生まれ持った帝王の気質 人は彼に敬意を払う 太刀打ち出来る相手ではないな」 戸浪宗玄は呟いた 飛鳥井康太が通ると、社員の頭が次々に下げた その壮絶な光景に、戸浪と波宗玄は息を飲んで見ていた 「飛鳥井に手は出すな…恩を仇で返すのは、わしが許さん!」 と戸浪宗玄が言った 戸浪は「あんな最強の子には手は出せません …あの子に…亜沙美の子供を託します!」と告げた 宗玄は、去り行く康太を見届け 「あの子に…か……」と呟いた 託して…その果てを見届けたくなる子だから… 「今晩、飛鳥井に行きます お祖父様も行きますか?」 「たまにはお前と出掛けるのも良いな…」 宗玄は孫に程よい変化を齎しているのを感じていた 瑛太は康太を飛鳥井の家に連れて帰った 帰宅した瑛太を家族が待ち受けた だが…玄関を開け入ってきた瑛太の姿に……忽然となった 「瑛太…おぬし…人でも殺して来たんじゃないわよな?」 飛鳥井玲香が、思わず聞く 「母さん…私がこの弟を捨てて……殺ると思いますか?」 思わない! 思わない…が、その姿は… 「康太の血…かい?」 玲香は、横にいる康太に手を伸ばした すると…制服を血で染め、唇を痛々しく縫った康太の姿を目にした 玲香は康太を抱き締めた 桜林の白い制服が血で染まっている 「伊織くんが来てるよ どうしても家には帰れない…って 隼人も一生もいるんだよ」 「伊織が…」 こんな姿を見たら…あの男は心配するのに… 「母さん、康太を伊織くんに… 私は着替えて来ますから」 瑛太は榊原がいるなら大丈夫…と、着替えに向かった 玲香は、康太を応接室に連れて行った ドアを開け入ってきた康太は… 血に染まり 怪我をしていた 榊原は立ち上がり康太へ駆け寄り抱き締めようとすると、康太の体が逃げた 「康太…」 「伊織…服が汚れる……」 「僕は構いません」 腕に康太を抱き締めると…血の臭いがした 一生は、顔面蒼白だった 自分のした代償を噛み締める 「一生…もう終わった ……お前は何も気にするな」 康太の唇は縫われていた そんな姿をした康太を見て気にするな… なんて無理に決まっている 「康太…着替えましょう…」 榊原は、腕の中の康太に話しかける 康太は頷き、榊原の腕を握り締めた 康太を連れて、康太の自室に向かった 部屋に入ると、康太は大きな溜め息をついた 「こんな姿…お前にみせたくなかった……」 「僕は知らないでいる方が…嫌だよ?」 康太に優しく口吻けた 「僕はどんな康太でも知っていたいです」 服を脱がせ、康太をバスルームに連れて行った 「軽く洗っても大丈夫かな?」 「シャワーならって言ってた」 「なら、軽く洗ってあげます このままじゃ…嫌でしょ?」 康太は頷いた 康太の体を優しく洗う 頭も軽く洗って、康太をバスタオルで包み込んだ 体躯を拭くと髪をドライヤーで乾かし服を着せた 全てが榊原任せで…康太は何だか、榊原がいなきゃそのうち何も出来なくなりそうだな…と苦笑した 「どうしたの?康太」 「伊織はオレに甘過ぎる そのうちオレは伊織がいなきゃ何も出来なくなりそうだ」 「出来なくなりなさい 僕がいなきゃ何も出来なくなれば良い…」 榊原の執着は凄い 康太は笑って…唇の痛みに顔を顰めた 「っ…」 「当分、食事が辛そうですね」 「伊織を食べれば満腹になるから、構わない」 榊原は康太を抱き締めた 「誘うのが上手くなって…僕は康太に翻弄されまくりです」 康太は笑った 「さてと、行こうか伊織 多分…向こうは出て来るぜ」 康太は、向こう…と言い、誰とは言わなかった

ともだちにシェアしよう!