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第37話 見果てぬ夢

応接室に行き、何時もの席に座った 一条は康太に抱き着き離れなかった 康太はもう…何も話さなかった 知っているのは瑛太だけで良い… 罪深き弟の罪を知る人間は…瑛太だけで良い… 母はそんな時の康太の気質は知っていて、何も聞かなかった 悠太は…何故…この兄は蕀の道を敢えて通るのか…真意が解らなかった だが、顔面蒼白の緑川一生の姿を見れば、兄がこの男の為に動いているのが解っていた だが瑛太まで引き摺り出さねばならぬ相手とは…想像もつかなかった… 聞いても言わないのは知っている だから悠太は何も言わずにいよう…と、思った 「オレの荷物は?母ちゃん?」 玲香は、応接室に脇に置いてあった荷物を康太に渡した 康太は鞄の中をゴソゴソ、ガサガサ、ボリボリ… そして、土産を取り出した じぃちゃんには、カメハメハ大王の置物 源右衛門は、これをどうせぇって言うんじゃぁ~と叫んだ 母ちゃんには、ハワイの酒 持ってくるの大変だったんだぞれと、康太が呟く 父ちゃんにはアロハ 瑛太にはネクタイピン 蒼太には路上で買った絵 恵太にはアロハなベビー服 悠太には綺麗な石のネックレス を、其々に渡した 「悠太…お前ぇは暴走すっからな、首にそれをぶら下げとくと、しなくなるかんな! それは心休まる石らしいぜ!」 康太はニカッと笑った …何時も暴走してる康兄に言われても…と、悠太が呟いた 「お前ぇは、喧嘩売ってんのかよ!!」 と、康太が悠太に掴みかかり、こそぐった 「やめろよ…康兄…」 康太は悠太を抱き締めた 「オレに土産を寄越しやがれ!悠太」 悠太も沖縄に行っていたのだ 悠太はサイドボードの上に置いておいた土産を…榊原に渡した 榊原は、僕に?と悠太に問い掛けた 康太はオレにはねぇのかよ!と暴れた 不貞腐れる康太を榊原は、膝の上に座らせ、土産を開けた 箱の中は…夫婦茶碗ならぬ、夫婦湯飲みだった 「家で使えば良いよ 伊織君は家族だから、湯飲みがないのは不便だから、康兄とお揃いにした」 榊原が家族に受け入れられた瞬間だった 榊原は、膝の上の康太に腕を回し抱き締めた 悠太の目には何だかんだ…卑猥に写るこの2人… 「康兄…友人の前だし…伊織くんの膝から降りなよ…」 悠太は声をかけると一生が、「心配無用!」と言い切った 「俺等は康太が動かない限り、気にならねぇ! 康太が動けば…俺等は動く だから、心配は無用に願う!」 四悪童の頭脳、緑川一生 特進に入っても上位の知能なのに… 一生は康太と人生さえ共に歩く男なのだ 人生を捧げても良い人間にはまだ出逢ってない… だが、もし出逢ったら…変わるのだろうか… 康太は榊原の膝から降り、不敵に微笑んだ 「じぃちゃん…戸浪宗玄に逢ったぜ」 源右衛門は、懐かしい名前に…記憶を辿った 康太が一生の為にお金を出して牧場を再建すると言った時に… 康太に言った言葉は…自身の体験から学んだ事だった 見返りを求めるな 源右衛門の口癖だった 「懐かしい名前が出て来るもんだ」 源右衛門の豪快に笑った 孫の中で、誰よりも源右衛門に似ているのは…やはり康太だった 「何処で釣った?」 源右衛門は康太に聞いた あの男は用心深く興味がないと、他人に名は明かさないし名も聞かない 康太が名前を聞いたと言うならば、それは相手が名前を名乗っているからだ 「トナミの本社ビルでじぃちゃんの口癖を言ったら…釣れた」 「ならば、アイツは来るな」 源右衛門が、風向きを嗅ぐ 「来るぜ、じぃちゃん! 気になるなら会いに来いって言ったし」 康太は豪快に笑った 「じゃ、飯だな!」 源右衛門が言うと「だな!」と、同調した 玲香は、出前を頼むことにした 「待って下さい! 康太が帰ってきたら、父が寿司を持って参ります 父も兄もご一緒なので、宜しければですが…」 飛鳥井玲香は、ぜひお願いしたい位だわ!と、言い歓迎した 榊原が電話をかけると 大量の寿司が届けられ、清四郎と笙と……清四郎の妻の真矢もいた 互いの家族は交流を持ち、近い存在になっていた 玲香は大喜びで、この日は宴会さながらになった 色んな話に花が咲き、飛鳥井家と榊原家は歩みよりを見せる 総ては我が息子の為に… 悠太は…康太の周りに自然と出来る人脈を羨ましく思う 康太は人を呼ぶ 惹き付けられ…次の瞬間には…虜にされる この夜、8時を少し過ぎた頃 戸浪海里は、祖父 宗玄と共に飛鳥井家を尋ねた 応接室には榊清四郎と妻と息子、一条隼人もいて戸浪海里は驚いた 今、日本の芸能界の大御所と一番人気が、そこにいたのだから… だがどう言う関係なのかは見えて来なかった 「若旦那…彼等も部外者じゃねぇ 同席しても良いかな?」 康太が戸浪に尋ねた 「部外者じゃないのは解りますが… 関係が見えて来ないので…」 戸浪は焦った 康太は不敵に嗤うと、戸浪に関係を教えた 「オレの伴侶の名前は、榊原伊織 榊清四郎の次男になる」 康太の言葉に戸浪は驚愕した 伴侶と臆面もなく言い放つ康太の言葉を何処かで、甘く見ていた… 子供騙しの延長線の…言葉遊び程度に受け止めていた この国で、堂々と同性の恋人を伴侶と言ってのけるのは… 何も知らない子供か、現実を知らない奴しか言わない…… まさか…双方の家族も…認めたと言うのか… 双方の両親はそれを認めて…家族ぐるみの友好を築いていると…言うのか… 「そして、これはオレの子供も同然の一条隼人だ 一生は嫌と言う程知ってるみたいだから、省くがな…」 榊原伊織の顔を何処かで見た顔だと思ったが…榊清四郎の息子だったからか…… やっとそこで納得できた 戸浪は榊清四郎の舞台のスポンサーになっていて、最近逢ったばかりだった 「お久し振りです榊さん」 戸浪が頭を下げると、榊も会釈した 必要以上に出る気はない様だ 康太は姿勢を正し戸浪親子に向き直った 「ご用件を承ります! 何しに来られたか述べられよ!」 康太の敬語を…悠太は初めて聞いたかも知れない… それは冷たい…感情の籠ってない言葉で… 自分に向けられたら…何も言えなくなってしまう… 瑛太は見守り、一生は目を反らさず、一条は役者の顔をして戸浪に向き直った 榊原は康太の横で静かに佇んでいた 「今日はお詫びに参りました」 戸浪海里と宗玄は、深々と頭を下げた 「辛い役回りをさせた上に、康太くんに怪我をさせてしまった 本当に不徳の致す所です」 戸波は胸ポケットから、分厚い封筒を差し出した 「これは瑛太さんのスーツ代と、康太くんの制服代の弁償です!お納め下さい!」 康太は封筒の中を覗き、札束にケッと吐き出した 「オレは金も援助も支援も…何も要らないと申した筈だ その上でオレを愚弄しに来られたか?若旦那」 挑発的な康太を、戸浪は一蹴した 「これは、支援でも援助でもない 私共の会社で起きた事に対しての、お詫びです 話は其だけに非ず こちらの誠意を先ずは御見せ致したまでの事!」 戸浪は、お許しを…と、深々と頭を下げた 「オレは詫びられる事はしてねぇよ あの社員は職務を全うした オレは誉めてやるぜ! 会社の為に動く人間は、大切にする!」 「私もあの社員は処分してはおりません ですが怪我を負わせたのは、私の会社の社員ですので、頭としてお詫びに伺いました」 康太は豪快にニカッと笑った 「じゃあ瑛兄、もらっときなよ 使い物にならねぇスーツ代だそうだ オレの服は、母ちゃんが用意してくれっから、母ちゃんに渡して 残りは伝票着けて、返してくれや!」 必要以上の金は受け取らない その姿勢に、戸波は微笑んだ この家庭なら… この家なら… この家で育てられた康太なら… 確信が真実に変わる 「我がトナミ海運は、今後飛鳥井建設を全面サポート致します 支援でも援助でもない 全面サポートです! 業務提携でもない! 飛鳥井建設に火の粉がかかろうものなれば、わが社は直ぐに駆けつけ火の粉を払う約束を致します 全面サポートと謂う約束を、飛鳥井建設と結ばさせて戴きます」 瑛太は何ゆえに!と問うた 戸浪宗玄は、飛鳥井源右衛門の前に行くと、深々と頭を下げた 「幾く久しゅう御座いますな…源右衛門殿」 源右衛門は、ニカッと笑って手を差し出した 「半世紀振りの我が友よ! 元気で何よりだ」 固く握られた握手には、積年の信頼が伺えれた 「君が…あの日救ってくれた命は、日本一になった そろそろ君に逢いに行こうと思っていたら、君を継ぐ者が現れた これは運命だ 君に頂いた恩は惜しみ無く返す それが、戸浪の家督の決めた判断 私は家督を孫に譲りました 息子が早くに亡くなり、君に逢いに行くのが遅れました」 源右衛門は、首をふった 「我は見返りは求めない 見返りを求めたら、欲が出る 欲が出たら…そこから、友情は成り立たない わしは孫にもそう教えた」 源右衛門がいて、飛鳥井康太が受け継ぐ者なのだと戸浪は納得した 「康太くん、私は企業家として会社を大きくする事は考えて来ました 社員の事は考えてはいませんでした 今日、会社で社員が君に敬意を表した時、私は社員を誇りに思いました 敬う人間を見極めれる社員は我が社の宝 君が教えてくれました」 戸浪は、康太の前に行くと土下座をした 「私は君を軽く見てました 君に与えた傷は…許されはしない 許してくれたまえ」 体を1つ、一生に差し出した事への謝罪なのだろう… 「若旦那、頭を上げてくれよ…」 康太は戸浪を起こした 「オレは自分の選んだ事に後悔はしねぇ 納得してやってんだから、謝られたら…… 惨めになる あんたが覚えておいてくれれば良い…」 「緑川くん! 君を傷付けてすまなかった だが…あぁするしか、術がなかった」 一生は、何も言わなかった 康太が総てを引き受けてくれた瞬間、総ては終わったのだ 「戸浪海里個人として…… 康太くん…僕は君の果てを見る人間になりたい 産まれる子供の成長を…影から見届けたい…」 康太は太陽の様な笑顔で笑った 「若旦那、目を反らすなよ 反らしたら…オレはもう、そこにはいねぇ」 「あぁ…反らさないと誓います」 戸浪海里は、姿勢を正すと 「トナミ海運は、飛鳥井源右衛門に受けた恩を忘れは致しません! 戸浪海里は飛鳥井康太に受けた恩を、生涯忘れは致しません! 飛鳥井建設、飛鳥井家に、何かあれば、我々は一番に駆け付け火の粉を払う! 全面サポートをお約束致します!」 戸浪海里は宣言した 「そして…康太くん 妹の子供が産まれたら、君に戸浪の血を引く子供を託します 君の育てる子供は…きっと器がデカイんでしょうね…」 戸波海里は見果てぬ夢に想いを馳せる 共にあろう… 君に指針を置いて 見果てぬ夢を見ていこう 戸浪海里は、産まれて初めて 人の声を聞いたのかも知れない 彼は唯我独尊 誰の声も聞こえない 孤独な冷たい独裁者になる所だった 飛鳥井瑛太は、康太が拾ってくる大きな運命に、また飛鳥井は飲まれる瞬間を目にしていた 悠太は…言葉もなく見ているしかなかった 太刀打ちしょうなんて思う事事態、無理な話なのだ 「若旦那、良い風が吹いているぜ! 乗り遅れたら、終っちまうぜ」 康太は戸浪海里を見詰め言った 「勝機を詠むこった」 康太の真贋の果てに見える…先を共に目指そう 戸浪は康太の言葉を胸に刻んだ 戸浪の秘書の田代は、瑛太と話をしていた 何時も折り目正しい男が、悪ガキの様な顔をして友と話をしていた 知らない事が沢山あって、自分は見ていなかったのだと…痛感する この出会いこそが、人生の勝機だと… 戸浪海里は思う 君に見果てぬ夢を 見届ける人になろう… 戸浪海里はこの運命は必然的なのだと感じた この夜、戸浪宗玄は旧友との出逢いを乾杯して祝った 料理を追加して…飲めや食えやの宴会に雪崩れ込んだ 戸浪海里は、案外…瑛太と気が合い 秘書を交えて楽しく会話した 榊清四郎とも、スポンサー以上の会話をして改めて榊清四郎の役者を知った 清四郎の息子の笙とも、一条隼人とも話をした そして緑川一生とも… 彼をもっと早く知れば良かったのかも知れないが… 妹は生涯…企業に生きねばならない… 「緑川くん…私を恨んで…」 言いかけた時、一生は戸浪を止めた 「俺はもう…何も言えないんです 康太が身を呈して引き受けたから…何も言ってはいけないんです…」 絶対の信頼と友情と…何があれば…こんなに強固な絆を築けるのか… 「緑川牧場は形を成すまで、私の秘書を時々向けよう!あれは優秀な男だ」 戸浪の言葉に一生は驚愕の瞳を向けた 唇が…何故…と描くが言葉にはなってはいなかった 「君は飛鳥井康太の唯一無二 戸浪は飛鳥井家を全面サポートする 君はそれに値する 妹はやれない あれは戸浪の経営母体を担う人間 生まれた時から歯車に組み込まれた存在、外には出せない存在だ 君の唯一無二にはなれない……」 戸浪は一生に頭を下げた 「謝らないで下さい 謝ったら総てを引き受けてくれた康太の思いが無駄になる」 一生は、戸浪を見た 戸浪その瞳に…苦しみと絶望の果てを見た… 「緑川一生くん 君と話せて良かった 妹は、君の幸せだけを願っている…と言っていた やっと伝えられた…誰よりも幸せになって下さい 私も心から願います」 戸浪の言葉に一生の瞳から涙が零れた 「あの人に…あなたも幸せになって下さい…と伝えて下さい 誰よりも‥‥誰よりも‥‥幸せになって下さい‥‥と。」 戸浪は「承知しました!必ずや伝えます!」と言い、その場を離れた その光景を康太は何時ものソファーに座って見てた 「若旦那の瞳の色が変わった… やっぱ良い男だな…」 康太の呟きに伊織がショックを受けた 「康太…僕も良い男になります!」 榊原は張り合って断言した 「伊織は、何時も良い男だ 愛する男だ 伊織の良い男と、若旦那の良い男の意味が違う」 康太の目にはあの男はどんな風に映っているのだろうか… 「伊織、子供をもらう そんなオレを許してくれるか?」 榊原は康太の手を取り、重なる手に口付けた 「康太が決めたなら、僕は受け入れます その子は僕の子でもあります 二人で育てましょう」 康太と榊原の会話に、一条は割り込む 「康太…オレ様の子供は…もう要らないのか?…」 うるうる康太をみる 「隼人がオレに託すなら、オレはもらうぜ」 だから…焦るな…と、康太は宥めた その夜は…日付が変わっても、飛鳥井家は賑やかだった 「さっ…寝ようぜ」 康太の部屋へゾロゾロ向かい、四人は重なりなって…寝た

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