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第76話 視える果て
なぁ…お前のその瞳には…
本当に…果てが…
映っているのか…?
午後5時を過ぎると、康太と榊原は支度を始めた
シャワーを浴び、身を清め真新しいYシャツに袖を通した
榊原は素早く釦を止めると…ズボンを履かせた
そしてネクタイを結び、上着を着せた
今日のスーツは黒のベルサーチのスーツ
榊原からのプレゼントだった
オーダーでさえ康太の体を触らせたくなくて…採寸を伝えて作らせた御揃いのスーツだった
康太の支度を済ませると榊原は自分の支度を始めた
全裸の体に服を纏う
下着を着けた姿にYシャツを着る
ズボンを履いてネクタイを絞める
その体にストイックに着る様を、康太は眺めていた
スーツの上着に手を通すと、榊原はROLEXの腕時計を着けた
「さぁ康太、応接間で待ってましょうか?」
榊原は、康太へ向けて、手を差し出した
康太はその手を満面の笑顔で…取った
支度を終えると応接間で戸浪を待った
午後6時30分頃、戸浪は飛鳥井の家にやって来た
戸浪は正装をした康太と榊原を目にして
「今日も素敵なスーツですね。御揃いですか?」
とそれ程までに格式が在る場所へ向かうのかと生を引き締めた
康太は戸浪からの賛辞を「ありがとう」と、嬉しそう言い笑った
そして戸浪は榊原の腕時計に目を止めた
「良い腕時計をしてますね
ROLEXの限定デザインですか?素晴らしい…」
見たこともない紅い石を嵌め込んだ榊原の腕時計は…一際目立っていた
榊原は、腕時計を見せ
「この紅い石は、康太の血で出来た結晶です。
飛鳥井の伴侶の証なんです」と、戸浪に答えた
「康太君の…血…ですか…」
康太の榊原への凄い執着を垣間見る…
そこへ一生がお茶を持って悠太とやって来た
戸浪は一生の耳のピアスを見て、微笑んだ
「若旦那、兵藤貴史は一癖も二癖もある奴だから…何を吹っ掛けて来るか…解らない…
決して慌てないで下さい…慌てたら…奴の思惑に乗る事になる…」
戸浪は、弁えております…と答えた
「彼の祖父である、兵藤丈一郎氏に私は逢っております。あの方も凄かった…」
戸浪は苦笑した
暫くすると、悠太が応接間にやって来て
「兵藤からの車が到着しました」と、呼びに来た
玄関で靴を履くと外に出る
飛鳥井の家の前には、どう見ても無理があるだろう‥‥と謂う大きさの黒塗りのリムジンが停まっていた
康太と榊原と戸浪はお迎えの車に乗り込んだ
車にに乗り込んで暫くすると康太の携帯が鳴り響いた
『どうよ?リムジンの乗り心地は?』
「まぁこんなもんだろ?」
康太から感動の言葉は受けられなかった兵藤は苦笑した
『もう少し感激してくれても良くねぇ?』
「源右衛門のお迎えの車が、これに良くにたヤツだったかんな‥今更だ貴史」
『ちぇっ‥お前はそう言うヤツだよ
それより本題に入る
俺が良いって言うまで自己紹介はすんなよ!
それだけだ」
兵藤はそう言い電話を切った
「貴史が良いと言うまで自己紹介はするな…と言う電話だった…」
と、康太は愉快に笑った
車は神楽坂の高級料亭の前で停まった
良く議院とかが使うのをテレビで見る…料亭だ
車が停まると、料亭から人が出て来て、ドアを開けた
「お連れ様の所までご案内状させて戴きます…さぁどうぞ」
美人な女将が自ら…案内して…兵藤のいる部屋まで…連れていった
一般人はこの料亭に足を踏み入れる事さえ無理な高級感の在る料亭は、都内に在って広大な日本庭園が一望出来る中庭があり、料亭でも一番見晴らしが良い部屋へ案内した
「お連れいたしました」
と、女将が敷居に座り、襖を開けた
襖の向こうには…兵藤貴史と……
厳格な面持ちの男が座っていた
「どうぞ。お座りになって下さい」
と、女将が座に着く様に促す
一番奥に戸浪が座って
真ん中に榊原が座って
その横に康太は座った
秘書の力哉は部屋の隅の方で座た
「叔父貴、飛鳥井康太はどれか、解るか?」
兵藤は、叔父である田邊政親に声をかけた
「真ん中の彼は飛鳥井瑛太に酷似している…が、彼ではないな…
そして一番奥の彼はトナミ海運の戸浪海里さんだ
すると彼しかいない…違うか?」
田邊が言うと兵藤はビンゴと指を鳴らした
「飛鳥井家真贋、飛鳥井康太君…始めまして
兵藤貴史の叔父の田邊政親です
お見知り置きを…。
戸浪さん、一度君にもお逢いしたかった。そして榊原伊織君、宜しくお願い致します」
現総理大臣 田邊政親 彼は政界トップの人間だった
こんな一般の高校生に恐れれと逢える人間ではない
康太は、田邊政親に慇懃無礼に
「オレを呼んだ理由は何なんだ?」と問い掛けた
「このアタッシュケースに1億入っております。
足りないなら、もっと持って越させましょう。」
田邊はアタッシュケースの蓋を開けた
その中には…1万円札が束で並べてあった
「この金で、君を抱かせて下さい……と、言ったら君はどう答えますか?」
田邊は康太の顔を伺い見る
康太の顔は動揺する事なく田邊を射抜いていた
「断る…」
康太は札束に目を向ける事なく断った
「断れば、飛鳥井を潰す…それでもか?」
その言葉に康太は不敵に笑った
「それで潰れるならそれまでだ…潰せ
オレは伴侶以外は抱かれはしない
無理矢理手にすればオレは命を断つ
そうしたら生きていけぬ人間が出て来る
放っておいても飛鳥井は潰れる…」
「お前が体を差し出せば、それは回避出来てもか?」
「あぁ。オレは1億でも500億でも1兆積まれても…断る。」
田邊は康太の意思の強さに…高笑いをした
「本当に…貴史の言う通り…金では動かぬな」
田邊が兵藤に、言った
兵藤は当たり前…と言う顔をした
「貴史、これの何処が貸しを返す事になるのか教えろ?」
「見えてんだろ?」
兵藤は、見えてなきゃこの場に来ない事を知っていた
「オレは万能じゃねぇぞ貴史。
神でもないのに四六時中見えてる訳じゃねぇ…
オレは馬を見る目は有るが、人生相談を聞くつもは更々ねぇんだよ」
「お前の目には…何が映る?」
康太は兵藤に視線を向けた
「聞きたいか?」
「あぁ…」
「田邊は今、崖の上にいる。
どっちに堕ちてもおかしくない状況だ。
田邊が倒れたら…お前の親父は身が立たんぞ
そして、何時か国政に出るお前の道もなくなるな…」
と、康太は兵藤の置かれた立場を口にした
田邊政親は顔色を変えて康太を見た
康太はそう言い、帰る…と言った
「貴史、オレを担ぎ出して何がしたかった?
こんなんではオレの貸しは返せないぞ」
康太は立ち上がった
田邊政親は、康太に土下座した
「飛鳥井家真贋、飛鳥井康太…君にお願いが有ります。
この1億はその依頼料。引き受け下さい」
「オレは蠱毒で人は殺さねぇぞ…
誰かを失脚させてくれ…と、言うのも御免だ
百年唱えられなかった転生の義を唱えたと言っても…それはやりたくねぇ」
「そんな事では御座いません」
「解ってる。言っただけだ。」
康太は笑った…そして…
「オレは借りを返してもらいに来た
金を貰いに来た訳じゃねぇ」
辛辣な言葉を投げ掛けた
兵藤貴史は真摯な瞳で康太を見た
「お前の瞳には…まだ俺が日本を変える議員として映っているか‥‥」
「貴史…飛鳥井真贋に聞いているなら、タダでは見んぞ。
飛鳥井康太に聞いているのか?どっちだ?」
「どちらも同じ飛鳥井康太。
俺は愛するお前に聞いている。
お前が見ていてくれるなら…俺は議員になる
見ていてくれないのなら…俺は議員にならない」
康太は一歩も引かぬ兵藤の姿に…ため息をついた
「兵藤貴史、お前の議員としての未来は消えかかっている…
仕方がない…お前に3つの貸しな。
お前とオレの腐れ縁…断ち切るには惜しい
その1億は手付けだ。」
康太は田邊政親の前に行くと
「総ては、お前のその疑心暗鬼な性格にある」
……と、噛み付いた
「お前は信じなきゃならぬ人間を疑い…目の前から消した
総ての間違いはそこから始まっている!
お前の為に進言した人間を、惑わされお前の失脚を願ってる…なんて嘘の言葉を信じて切った…。
だからお前は、目くらになってしまったのだ…お前の政治生命は、お前の一番近くにいた人間が握っていた…生命線をみすみす切った…愚かだな」
康太は一刀両断に切り捨てた
「伯父貴が愚かなのは今の立場を見れば誰でも解る
何か打開策を授けてくれねぇか?」
兵藤は愚かな叔父の為‥‥引いては父親の為に口にした
「助かるキーを握っているのは、この3名」
康太は胸ポケットから名刺を出し、田邊に放った
「若旦那、すまねぇ仲介に入ってくれ」
そう言ってもう一枚名刺を出した
その名刺には戸浪海里の知り合いの議員の名前が書かれていた
「田邊政親、その3人を味方に引き入れた後、若旦那に入ってもらってこの人間と秘密利に逢え。
それで解散まで漕ぎ着け、乗りきれ。
そしたらお前は傷つく事なく元総理の名前を守れる。」
田邊政親に指示を出し、康太は榊原に手を出し書類を要求した
榊原は、鞄から書類を出すと康太へ渡した
康太はその書類を兵藤に渡した
「此処に総て書いておいた。
オレの指示通りに軌道を辿れば…道は見えてくる。
1つでも違うことをすると…ご破算だ。
それを貴史…お前がやれ。
自分の手で掴み獲れ」
兵藤は了承し頷いた
「飛鳥井家真贋、この金は表に出ぬ金
足も着かぬねば、税金の心配は要りません
御受け取り下さい」
田邊政親がそう言い康太に渡すと、康太はアタッシュケースを受け取り力哉に渡した
「さてと、話は終わった。
若旦那すまなかったな。半分持っていくか?」
「私は要りません。
中々お目にかかれぬ総理と一献になれれば、収穫はありました。」
「田邊政親は、まだ死なぬ。
死なせは出来ぬ。
貴史の礎を築いてこそお前の役目は終わる
それまでは走り続けろ
そして貴史、お前が手綱を握れ
お前は秘書に変わり仕事をしてケツを叩け」
兵藤は、ニカッと笑った
康太は立ち上がり…窓を開けた
星を詠んで…勝機を掴む…
康太は空に目当ての星を見付けると…手を上げ…勝機を詠んだ…
すると無風な窓に…一陣の風が吹き込んで…
テーブルの料理を巻き上げて行った
「貴史…此より動け…お前の貸しを倍に返して貰える日が来るのをオレは楽しみにしているぞ」
兵藤は「愛するお前の瞳に映る姿と違わぬ兵藤貴史をお前に見せる!待ってろ」と、言い切った
康太は頷き、用は終わったとばかりに榊原の膝の上に乗って甘えていた
「さぁ伊織、帰るもんよー」
一瞬にして子供の様な顔になった康太に…
田邊政親は驚愕の瞳を向けた
何も知らぬ無垢な天使の様な姿に騙されそうだが…
彼は飛鳥井家真贋…その力は現世をも変える驚異なり…と謂われる稀少の真贋なのだ
力をこの目で見せ付けられた
彼はこの場に呼ばれた趣旨を昨夜のうちに見て用意していたのだ…
敵にすると…怖い
榊原の膝に乗って甘える瞳が…田邊政親を射抜く…
そして唇の端を吊り上げ笑った
総て…お見通しなのだ…
「オレはもう直ぐ眠りに入ってしまう…
オレは帰る…若旦那はどうする?」
戸浪は「私も帰ります。車を飛鳥井の家に置いてきてます。
田邊政親さん、詳しい話は明日で宜しいですか?」
田邊政親は頷いた
今、戸浪を引き留めても…3人の議員を引き入れてもいない…
総ては…これから…
「ありがとうございました」
田邊政親は深々とお辞儀をした
榊原は康太を一旦膝から下ろすと立ち上がり抱き上げた
もう眠いのか榊原に擦り寄った
「では。」
榊原は、康太を抱き上げたまま軽く会釈した
力哉は、榊原の荷物を持つと、立ち上がってその後に着いた
外へ出ると、乗って来たリムジンが待っていた
康太達の姿を見ると、運転手は車から下り、ドアを開いた
6人ゆったり乗れる座席に榊原は康太と乗って
戸浪と力哉がその前に乗った
康太は車に乗るなり榊原の膝の上で丸くなって眠りに落ちた
戸浪は…「眠りに落ちたみたいだね…」と、康太を見た
榊原は「果てを見ると疲れて眠りに堕ちてしまいます…」と康太の髪を撫でた
そして戸浪に「昨夜…康太は言ってました。戸浪海里と、田邊政親の出逢いは必然であり決め事だと…。
強い結び付きが貴方に星が導いていると…言ってました」と告げた
リムジンが飛鳥井の家に着くと、運転手がドアを開けた
榊原は先に降り、康太を抱き上げた
力哉が荷物を持ち、戸浪も車から降りると、リムジンは走り去って行った
戸浪は榊原に頭を下げ、「今夜はこれで失礼するよ」と車に乗り込み…走り去った
榊原は康太を抱き上げたまま、力哉に飛鳥井の玄関のドアを開けてもらい、康太のローファーを脱がせた
そして康太の自室まで向かうと、ドアを開け部屋にアタッシュケースと榊原の荷物を運び込んだ
そして一礼してお休みなさい…と部屋に帰って行った
康太をベットの上に寝かせると、榊原は康太のスーツを脱がせて、ハンガーにかけた
そして自分のスーツも脱ぐと、ハンガーにかけた
服を着るのも億劫で、榊原はベットに寝そべり康太を抱き締めた
康太の腕が榊原を抱く…
すーすー…と寝息を立てる康太に誘われて…榊原も眠りに堕ちていった
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