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第7話
それから1年後。
「おい、正吾。ちょっと頼まれてくれないか」
仲間からに買い出しを頼まれ、正吾は腰をあげる。
長い間下を向いて作業していたので気分転換にはうってつけだ。
「お安いご用よ」
金子を受け取り、仕事場を出て大通りへと向かう。
季節は秋になっていた。
(そういえばそろそろ中秋の名月か)
団子屋の団子を見ながら、正吾はふとそんな事を思い出した。
今宵は仲間たちと団子でいっぱいやるか、と思いつつ、ふと絵双紙屋の軒先に吊るされた錦絵を覗き込んだ。
今どのような絵が売れているのか、絵師として気になるところだ。
ずらりと並ぶ役者絵や風景画。
一番目につきやすいところにおいてある絵は豊師匠と、ヨシのものだった。
あの騒動から、ヨシはすっかり人気絵師として地位を確立していた。
実際正吾が見ても、ヨシの独創的な画風は魅力を感じる。
師匠とて、ヨシを嫌って仲違いしたわけではない。
(二人が合作でもしたら最強なのになあ)
騒動前ののんびりしていた頃が懐かしい。
「郁さん、この絵よ。今評判なんだから」
背後から女性の嬉しそうな声がして振り向いた。
郁さんと呼ばれた男性は一枚の絵を見ながら顎をさすっていた。
二人は夫婦だろうか。仲良く笑いあっている。
「おお、こいつあ評判になるわ。色っぺえ」
「でしょ。女の私でも惚れちまうよ。顔を見せずにこんなに艶やかさが出るなんて」
絵を見ながら絶賛し合っている。
そんなに評判のいい絵なら、見てみたい。
「ちょいとお聞きしやすが、どんな絵なんで?お二人がえらく褒めてらっしゃるんで気になって」
思わず二人に話しかけると、手にしていた絵を正吾へ見せてくれた。
薄墨の空に朧月夜。
ぼかした蒼い海に月光が浮かんでいる。
そんな月夜を一人の女が障子を開けて眺めていた。
後頭部から描かれているため、顔は全く描かれて居らず、白く長い首筋が儚さを感じさせる。
漆黒の帯と紅絹の八掛。
見るものを惹き込む海の蒼と月光。
(こりゃあ…)
「良いでしょう?なんでもこの絵師さん、誰か分からないらしいのよ」
「噂じゃ、絵師はこの女に惚れてたが、女には他の奴が居てそれを分かって居ながら描いたとか。相当、横恋慕してたんだろうなァ。『人待ち月夜』てえ名前らしいぜ」
泣けるわあ、この絵が手に入ってよかったあと女は笑う。
この繊細で何処と無く頼りない雰囲気に、この色遣い。そして月を使った構図。
(…月次郎だ)
女を描けるようになったのか。
そしてその女に横恋慕して居たというのか。
話を聞きながら、再度じっと絵に見入る。
ふと白く長い首筋に黒い点があることに気づいた。
点は、3つ。
「この首筋の黒子がまたたまんねえなあ」
「あら、お兄さんもおんなじとこに黒子があるのねえ」
黒子を指さされ、正吾は目を見開く。
『ここに居ても描きたい絵はみつからない。欲しいものは…手に入らない。ならここに居る必要は無いんです』
あの日、月次郎が呟いた言葉を思い出す。
(まさか)
絵を見せてくれた二人に深々と礼を言い、正吾はそのまま摺師の勘七の所へ駆けていった。
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