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第9話
「それで正吾兄さんは何をしにきたんですか。私を憐れみに?」
「そんな言い方…」
痩せた月次郎は更に儚く消え入りそうだ。
おそらく月次郎はもう絵師を諦めているのだろう。
正吾のことも諦めて。
そうすればもうここにも居なくなるだろう。
正吾はもう月次郎に逢えなくなる。
(嫌だ)
突然、立ち上がって正吾は目の前の月次郎を抱き寄せた。
「月次郎、オレと一緒に描こう。オレがお前の右腕になってやらあ。お前の頭の中の描きたいモノをオレが絵にするんだ 。そしたら、お前は絵師をやめなくていい」
抱きしめられたことと、正吾の言葉に月次郎は驚く。
「何を、馬鹿な…そもそも私はヨシさんの弟子になってるんだ。あなたは違うでしょう?師匠を裏切らない」
「違う!オレらは2人の弟子だ!ヨシさんも豊師匠も両方ともオレらの師匠だ」
月次郎の身体から力が抜けていき、ポロポロと涙を流しながら、嗚咽が響く。
「私は…オレは、ヨシさんの荒々しい絵と豊師匠の繊細な絵が好きだったんだ…二人のいいとこを盗んでオレの絵にしたかった…それを…正吾兄さんは手伝ってくれるの」
「おうさ。オレはずっとお前の横で、お前の描きたいものを描いてやらあ」
だから泣くなと正吾は言う。
子供の様に泣く月次郎をあやす様に、ゆっくり優しく正吾は頭を撫でる。
あまり感情を出さない月次郎はかなり気持ちをためていたのだろう。長いこと正吾にしがみつき泣いていた。
これからも描ける、喜び。
正吾の優しさに月次郎は長く泣いていた。
ようやく泣き止んだ頃、ふと月次郎が正吾を見つめながらおずおずと聞いてくる。
「正吾兄さん…一緒にいたら、気持ち抑えられなくなっちまう。それでも居てくれるのかい?」
縋るような目で月次郎は聞く。
正吾は目を瞑って軽く頷く。
「春画の後のアレ、何人か厠に行っちまう奴がいて実際お前みたいに抜いてやった奴もいるんだけどよ…自分のも触って欲しいなんて思ったのはお前だけなんだ」
自分の頭を掻いて、更に呟く。
「あの時、お前に欲情したんだ。それに…今日分かっちまった」
ゆっくり目を開ける。黒と茶色の月次郎の瞳が射るように正吾を見つめる。
「オレの知らないとこに行くな。オレの側にいてくれよ」
「正吾兄さん…」
月次郎が正吾に抱きついて顔にそっと触れた。
そして口を重ねた。
「これが夢じゃないと、証明して」
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